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 運命の瞬間は、突然開かれた扉から聞こえる声とともに訪れました。

「姫様。国王ハリルトは自害しました」

 扉が開き聞こえてきたラサル様の声に、思わず顔を上げそうになって動けなくなってしまいました。なぜならその声に悲しみは無く、数日前に感じた優しさも無かったからです。

「ダラス王子は行方知れず。おそらく、アナフラムが連れ出したのでしょう。やっとです、ランサムの無念をやっと腫らす事ができた。八年間待ち望んだ瞬間をやっと掴む事ができる」

 そう淡々と語る声に、若い声が割り込みます。

「怯えているじゃないか。それより、皆を下がらせてはくれないかな? 二人だけで話がしたい」

「失礼いたした、マクレーン・ラグラプル殿下。外に一名侍女を残しますので、何かありましたら申し付け下され」


 全ての合点がいきました。

 ランサム様の無念を晴らすため、ラサル様はラグラプルに下っていたのです。

 そして、私を差し出す事で併合を進めようとしている事に、今更ながらに気付いてしまったのです。先日の言葉はその布石だったのでしょう。

 扉が閉じた音で我に返りましたが、揺れる気持ちを抑える事ができませんでした。

「アンリローズと申します。なにとぞ、我が国民にご慈悲を。ラグラプルと同様の統治をお約束ください。見合うものではありませんが、私の身も心もささげさせていただきます。ただ……、どの様な恥辱も辞さない覚悟ですが、願わくば唇だけはお許しいただけないでしょうか」

「なぜかな?」

 思いのほか優しげな声に、縋るように心を曝け出します。

「唇以外は無垢でございますが、唇だけはあるお方に捧げてしまいました。その一度きりの口づけを糧に生きてきたのです。その思いが有れば、どのような辱めも耐えられますので、なにとぞ……」


「その男をここに連れて来れば、全てを捧げてもらえるだろうか?」

 その言葉に、背筋が凍るような思いをしました。ラサル様ならマック様を知っているのですから、探し出す事も出来るでしょう。

 ですが、それはあの方を危険にさらすことに他なりません。そんな事は望みません。望むのは唯一あの方の幸せなのですから。

「申し訳ございませんでした。全てを捧げさせていただきますので、どうかあのお方に危害を加える事はお許しください」

 抑えられなかった涙が床を濡らしてしまいました。声も震えていたでしょう。最後の最後で気丈には振舞えなかった愚かな私に、マクレーン様がそっと手を差し伸べてくださいました。

「落ち着いて、まずは顔を上げてもらえないだろうか。八年前の約束を守りに来たのだから、顔を見せておくれ」

 はっとして上げた視線の先には、マック様の面影を色濃く残す精悍な顔があります。


「八年かかってしまった。あの約束が貴女を苦しめたのかと思うと心苦しいが、そこまで大切にしていただけたと思うと、嬉しさが勝ってしまう」

 そう微笑まれた表情は、八年前に向けられたものと相違ありませんでした。

 震える両手で、差し出された手に縋ってしまいます。

「ほんとうに、マック様?」

「そうだよ、アンリ。あのキスの時に、そう呼ぶことを許してくれたよね」

「あぁ……」

 嬉しさのあまり、私は不覚にも気を失ってしまいました。抱きとめられる暖かさを感じながら。


 実のところマクレーンは、アンリローズの部屋にすんなりと辿り着けたわけでは無かった。

 事前にサウスより部屋の位置は聞いていて、城に入ると真っ直ぐに向かったのだが、アンリローズの部屋までの廊下は城仕えの者で埋め尽くされていた。

 サウス達は手分けして、国王と王子、公爵などを捉えに向かっていて、マクレーンは単身での行動だったことも災いした。

 城勤めの者にいくら説明しても、アンリローズを守ろうとする者たちから見れば、剣を提げた見知らぬ者は敵でしかなく、サウスが来るまでは通る事が叶わなかったのだ。

 サウスがやって来ると、アンリローズ付の侍女頭がサウスに詰め寄り王女の保護を求め、マクレーンの身分と目的が皆に伝わったのだった。


 マクレーンは、気を失ってしまったアンリローズを続き間のベッドに横たえると、部屋の外に控えていた侍女と警護兵に後を任せ、謁見の間へと移動する。

 謁見の間にはサウスをはじめとする、今回の反乱に参加した主だった貴族が集まっていて、自害してまで王座を穢して座り続ける骸を取り囲んでいた。

「マクレーン殿、姫様は?」

「気が緩んでしまった様で、ベッドに寝かしてきた。サウス殿には申し訳ないが、国王の骸は棺に納めて礼拝堂へ安置してもらえないだろうか」

「晒すではなく、弔うと?」

「禍根は残したくない。国王もまた、誤った風習の中で育てられてしまった被害者でもあるのだから」

 こうして国王の骸は礼拝堂に移され、捉えられていた王妃とイライザ王女も礼拝堂に連れて行かれる事となった。


 目が覚めるとベッドの上でした。そばには見知った侍女が控えていて、城内は静まり返っていたのです。

 また夢を見てしまったのでしょうか?

 幸せすぎる夢のおかげで、ネプロに嫁ぐ覚悟が揺らいでしまいました。

「姫様。お目覚めでしょうか?」

 侍女がためらいがちに声を掛けてきます。

「えぇ、お水を一杯持ってきてもらえる?」

「直ぐにお持ちします」

 侍女は一度部屋の外に声を掛け、水の入ったグラスを持ってきてくれました。

「姫様! いかがなさいました!」

 グラスを差し出そうとした侍女は、私の顔を見るなりハンカチを頬に当ててきました。どうやら涙を流していたようです。


「だいじょうぶよ。幸せな夢を見てしまったからかしら、ネプロへの出立が少し寂しくてね」

「姫様、それは……」

 つい本音をさらしてしまって、心配をかけてしまったことに反省します。

 王家からの貢物として、己を殺して毅然としなくてはならないのですから。

 思いを断ち切ってベッドから抜け出すと、乱れた髪を整えてもらい部屋を移ってソファーに座りましたが、溜息をひとつ吐いて窓の外へ目をやってしまいました。

 なぜか侍女はスッと扉の前に立ち、軽くノックして廊下に合図を送ります。そういえば、お水をもらう際にも何やら廊下に声を掛けていましたが、どなたかと会う予定でもあったでしょうか。

 ほどなくして、来客を告げる声が廊下から聞こえます。

 振返って黙って頷くと、侍女が扉を開いて来客者を招き入れました。




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