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陸路を侵攻する混合軍は、さしたる抵抗も受けないまま前線を押し上げて行く。ラグラプルの部隊には混乱は見受けられないものの、その被害を最小に維持し、民を保護しながら急速に後退の一途をたどった。
混合軍の中からは、こんな声が聞かれ始める。
「ラグラプルなど恐れるに足りず」
「辺境軍の腰抜け度合いも知れたと言うもの」
「統一の暁には搾取し放題だ」
そして侵攻から三日目、混合軍は壊滅しているはずの第一軍港ジュネブに到達する。
しかし、そこは予想していた状況とは全く違っていた。
煙を上げているはずの施設は健在で、港にも軍艦が繋がれている。ただ、人影が一切ないのだ。
状況が呑み込めない混合軍は、手分けして放置されているはずの物資を確認して回るが、倉庫はもぬけの殻である。
そして、彼らに悲劇が襲う。
沖合に第一艦隊の艦船が姿を見せ、港に集まった混合軍に向けて砲撃を開始する。
砲撃は苛烈を究め、軍艦や施設と共に多くの味方兵をなぎ倒していく。
「港から離れろ!」
「いや、第一艦隊に船を出せ!」
「森へ逃げ込め!」
混乱を極めた混合軍に指揮系統などあったものではない。バラバラな命令に秩序なく逃げ惑う。
そして森に逃げ込んだ兵を待ち受けていたのは、ライル・コレール率いる辺境騎士団だった。
彼らは、混合軍を根絶やしにするかの如く剣を振り、森の入り口には屍の山が築き上げられていく。そして数刻の後、そこに動く者は居なくなっていた。
生き残れたのは、無人と化した軍港脇の町に逃げ込めたものだけであった。
その数およそ二千。部隊の五割以上を失った計算になる。
第一艦隊は、総司令の命令通りの航路でジュネブを目指した。
出港から五日目を迎え、哨戒艇からの連絡では付近に艦船らしき影も見えず、快晴で波も穏やかと絶好の砲撃状況が整っていた。
「各艦に通達。これより半島統一の口火を切って落とす。射程に入り次第、軍港およびその施設を壊滅せよ。アリの如く動き回る敵兵を蹴散らしてやれ」
展開しつつの砲撃は、目に見える目標のことごとくを破壊しつくして終わりを告げる。
艦隊司令のデルビッツは、その光景を終始楽しそうに眺めていた。
そこにいるのが自国の軍であるとは露ほども知らずに。
「これから掃討戦に入る。上陸の後に防衛線を貼り、森に逃げ込んだ敵兵を根絶やしにしろ。その後は街を襲って食料の確保だ。女は好きにしろ、早い者勝ちだぞ、国王軍に先を越されるなよ」
砲撃が止むのを確認し、新たな命令を伝達させる。
これで次期総司令の座は私のものだと思うと、はやる気持ちを抑えきれない。
ロドニアルの命令を聞かないで済むうえに、アナフラム公爵に次ぐ力を持つことになるのだ。今回の功績如何では第二王女を下賜いただき、王家の血に連なる息子を得る事も可能である。
そう思いを馳せているのに甲板が騒がしくなり、勢いよく艦長が駆け込んでくる。
「なんだ騒々しい! 早く掃討戦を開始して、見目の良い女を連れてまいれ!」
「それどころではございません! 上陸させた者たちからの連絡では、敵軍港には味方の死体しか見当たらなかったと! その中には国軍の大半が含まれ、味方殺しだと切り付けられた者もおります!」
「は?」
こいつは何を言っているのだ?
ここに味方が来るのは早くても明後日のはず。同士討ちなどあるはずが無いではないか。
その時、海上に声が響き渡る。
停泊し混乱する第一艦隊の背後を、ここに居るはずのない第三艦隊の一部が砲身を向けて迫っていた。
「第一艦隊に即時降伏を勧告する。貴官らには反逆の嫌疑がかかっている。命令に反して同胞を嗜虐し、国に多大な損害を与えたことは明白である」
第三艦隊から聞こえて来る声は、ロドニアル総司令のものだった。
第一艦隊を包んだ静寂を破ったのはデレンビッツ。
「貴様が何故ここに! 命令違反とはどういう事だ!」
「貴君らに言い渡した命令は制圧だ。闇雲に攻撃を行うものではない。さらには確認を怠り、味方に多大な損害を与えた。投降すればよし、さもなくば反乱軍として殲滅するまで」
そうして第一艦隊は降伏を受け入れて、艦隊司令以下の主要メンバーは拘束される事となった。
一方、王都では革命の狼煙が上がった。
八年前のランサム・コーレル暗殺事件は、表向きはラグラプルによるものとされていたが、貴族の間では国王によるものとの見方が大半を占めていた。
国王一派は、恐怖をもって反乱を抑えようとしたのだが、それは表面上の安寧を見せるだけであったのだ。
今回の大規模な遠征を好機ととらえた下級貴族が、王都へと私兵を進めて革命を高らかに叫ぶ。
国軍の大半は遠征に出向いており、王都を守るのは国軍の予備兵力と王都の警備兵のみ。それでも、王都に迫った兵と互角以上に渡り合ったのは流石だと言える。
しかし王家への反逆の狼煙は、王都に住む平民にも波及した。
手に武器を携えた群民が王城へと押し寄せ、城門を突破して近衛兵を蹴散らしていったのだ。中には手練れが幾人も交じっていて、その速度は早い。
高らかに革命を支持する声が、王城の三階にある私の部屋まで聞こえてきます。
国が亡ぶ瞬間に居合わせたことを、神に感謝しなければならないでしょう。あと一月遅ければネプロで悲報を聞き、あの方との約束を守る事ができなかったのですから。
「あなた達もお逃げなさい。王族に組していると見られれば、何をされるか分りませんから」
部屋にいた二人の侍女に声を掛けると、頷き合って部屋を出て行きます。
静かになった部屋でその瞬間を待つのは、とても長い時間が掛かりましたが、廊下で言い争う声が聞こえ始め、覚悟を決めました。
床にひれ伏し、その時を待ちます。