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その日、城が落ち、革命が成ったのです。
どこの誰が起したものかは分りませんが、王家の男は根絶やしにされるでしょう。
女は、特に第一王女である私は、筆舌し難い未来が待っているはず。
王家は憎しみの対象であり、この国には女の尊厳など無いのですから。
だから私は響き渡る喧騒の中、静かにその時を待ちます。
この国の名はスロップノット王国。
半島の先端側に位置し、海運と海洋資源が国の主な産業だが、近年は海洋資源の陰りが目立つようになっていた。
理由は明白で、半島の付け根に位置する大国ネプロが、その莫大な資金と人員を投じ、根こそぎ獲りつくしてしまいそうな勢いで乱獲しているからだ。
王国としては、この暴挙を辞めさせるべく外交に尽力を注いできたが、条約の度重なる反故に至ってふたつの手段を講じることになった。
ひとつ目は、アンリローズ第一王女がネプロの後宮に輿入れすることで、ふたつ目は唯一の隣国であるラグラプルへの侵攻だった。
ラグラプルは立憲君主制で、その王家の血を遡ればスロップノット王家に繋がっている。
千年ほど前、第一王子が王を弑して王の座についた事が有った。即位した新王は、身分制度の廃止を進めようとしていた先王の政策は白紙に戻し、次王と目されていた第二王子をも亡き者としようとした。
しかし、民衆の絶対的な支持を持つ第二王子は軍を掌握して対抗、貴族連合の私兵と国を二分する戦となった。そして第二王子が興したのがラグラプルとなったのだ。
ラグラプルの軍事力はそれほど大きくはない。
近年では国境の小競り合いが続く程度で、大きな戦を経験している者はほとんど居ないのだ。それに引き替えスロップノットは、大国ネプロをも寄せ付けない海軍を有しており、近年でも大きな海戦を経験している。
スロップノットの現王ハリルトは、軍事力を背景に短期決戦でラグラプルを落せると踏んで仕掛けることにした訳だ。
開戦の狼煙は、軍艦からの砲撃と海上封鎖で始まるはずだった。
「国王陛下よりの勅命である。全艦は二日後の早朝に出撃し、ラグラプルの主要三軍港をその総力をもって速やかに攻撃し、破壊の限りを尽くせ。半島統一の機は熟したのだ。ロドニアル侯爵よ、奮戦に期待しておるぞ」
それがアナフラム公爵の口から海軍に下された命令であり、ロドニアル総司令官とコープ第三艦隊司令のみが拝命した。
現在、第二艦隊は哨戒任務中で、第一艦隊は休暇中であるため、各指令はこの場にいない。もっとも、いたとしたら総司令のみで拝命を受けていたであろう。
王都からの使者が退出すると、二人は意地の悪い顔を見合わせる。
「公爵自ら使者をするとは、よっぽど極秘裏に行いたいらしい」
「反体制派も少なからず居るわけですから、王宮も警戒もするでしょう」
「機は熟したそうだぞ、ライル。子爵位の貴様には、勝利の要を任す第三艦隊司令は荷が重いか?」
「そうお思いでしたら、デレンビッツ第一艦隊司令官と同じ侯爵位である総司令が半分持ってくださいよ。遠慮なく後ろから追い立てて差し上げたらいかがですか」
「それが俺の役目だろうな。第二艦隊共々、せいぜい踊ってもらおうではないか。ところで、ラグラプルの動きはどうなっている?」
「首都に動きは無いようですよ。それと、『坊主なら既に動いているぞ』とラサル・コーレル辺境伯閣下より言伝が」
「なら、我々も気兼ねなく参戦しようではないか。本当に機は熟したのだから」
そうして二人は、艦隊の展開などを遅くまで綿密に打ち合わせていった。
そのころ王宮では、アンリローズ王女の輿入れ準備が着々と進んでいたが、それを喜んで受け入れている者など王家に連なる者しか居やしなかった。
彼女は妹であるイライザ王女とは違い、メイドや下女に対しても感謝を忘れない優しい性格で、城で働く者が一番に、いや唯一慕う王族だったからだ。
そんな一七歳になったばかりの姫を、五十を超えた男の後宮に輿入れさせる事など、彼女を慕うものの誰が望むと言うのだろうか。
王女である私にも王位継承権はありません。
継承権を持っているのは末の弟である八歳のダラス王子と、叔父にあたるアナフラム公爵様、従弟にあたるジェレニーム様のみ。
そんな国だからこそ私は、幼い頃より国のために全てを捧げるのだと聞かされて育ち、故に今回の輿入れも素直に受け入れることにしたのです。
思うところが無い訳ではありません。
隣国ラグラプルは女性の地位も男性と同じだと、幼い日にラサル様に聞いた事が有りました。彼の地では王族だろうと自由に恋愛する事ができると知って、とても羨ましく思ったものです。
全てを諦めたはずなのに、私は幼き日の夢をよく見るようになっていました。
彼に強く抱きしめられ、キスを捧げたあの時のことを。