ショートショート
学校で父の訃報を受けた時、初めは何を言われたのか全く理解ができなかった事を覚えている。すぐに病院まで送っていこうかと言う学年担任からの申し出を空返事で受け流し、気がついたら自宅のリビングにいた。
「姉ちゃん、学生やし服はこれで大丈夫やろか」
「うん」
「父さん、今隣町の市民病院にいるんやってさ」
「うん」
「迎えにいってあげたいけど、僕も姉ちゃんも車の運転ができんから、困った」
母はとうに亡くなっており、高校に上がったばかりの弟のケンちゃんと2人、すっかりと広くなってしまった家でそんな話をしていた。
先生か、はたまた父の勤め先から連絡がいったのであろう、先程からひっきりなしに親族からの電話が鳴り響いている。最初の数件こそなんとかケンちゃんと2人で応対することができたものの、電話口に立つ度に父が死んでしまったのだという現実が合わせてやってきて、私達の中の父という存在を殺そうとしているように感じてしまい、ついには受話器を取ることができなくなってしまった。
それならばといっそのこと電話線かコンセントを抜いてしまいたかったものの、少なからず善意から持ってしてかかってくる電話にそんな事をすることもできず、ただやかましく呼び出し音が家の中を抜けていく。「悲しむ時間すらくれないのか」とはケンちゃんの言葉か、それとも私が呟いたのか。
「僕達、これからどうすればいいんやろか」
ケンちゃんの言葉に答えようとしたが、あいにく私の中でもどうすればいいのか見当もつかなかった。それでも、私はケンちゃんよりも年上なのだから考えなければならなかった。耳障りな音の鳴るこの空間から、逃げ出したかった。
「ケンちゃん、今いくら持ってる?」
「ん、多分3千円と少し」
「私は5千円くらい。じゃあ、駅まで自転車で行って、そこから電車に乗って、タクシーでも捕まえて病院まで行こう」
私の言葉にケンちゃんは頷いたのであった。
「今日はえらく暑い日やね」
未だ6月だというのに、梅雨はとっくに終わったのだとばかりに暑い。立ち漕ぎにならない程度に自転車を漕ぐ。日も傾き始めているのに、一体どこからこの暑さがやってくるのか。
「風が全然吹いとらんし、雲もない。ここからは西日に向かってかないかんし、なんともならんわ」
だらだらと汗を流しながら車の通りの少ない道を走る。先程のつぶやきに対して、ケンちゃんは私の前を走っているからか、大きな声でそう返すと、
「ほんと、なんともならん」と小さな声でまた呟いた。
やっとの事でついた駅の自転車置き場に駐輪し、隣町までの切符を買っているとケンちゃんはよく冷えたスポーツドリンクを買ってきてくれていた。電車を待っている間に喉を潤す。その味は、いつもよりもしょっぱく感じた。
電車に揺られること十数分。車掌によるアナウンスが降りるべき駅の名を告げる。
「ほら、降りんと」
ぼーっとしていたように見えたのだろうか、ケンちゃんからポンと肩を叩かれる。はいはい、と二度返事をしながら一緒に降りる。
「いつも車でいっとったから遠く感じんかったけど、別の手段やとわりと遠いもんやね」
「なー。タクシー乗り場とか、今まで使ったことなかった」
沈黙。
話題を、探す。いつも通りなら、弟だからと対して気を遣わない相手なのに。
今この時は、父がいた時はどう話していたかすら、遠い出来事のように感じた。