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蝶が舞う、その瞬間まで  作者: こばかい
4/6

四手目「とりあえず」

 将棋界は実力の世界とはいえ、平均すればスポーツ選手に比べれば寿命は長い。

 30代過ぎたら中堅、40半ば過ぎたらベテランとされるのが平均だろうか。

 師匠とは将棋界の親であり、後進の育成というのは棋士として自分がされたように誰もが考える未来ではある。

 しかし、棋士は皆、自分も他者としのぎを削る現役ファイターでもあるのだ。

 将棋の勉強は特に現代はAIの成長により、最新の流行を知っているか否かで、簡単にとって喰われる時代を迎えている。

 言ってしまえばそれは自分の将棋に割けるリソースを減らすという事で、もちろん師弟を迎えながら順位戦最高位であるA級在籍者もいるが、およそ皆が40代前後だ。

 つまり、将来的には考えたことはあれど、25の自分が誰かの師匠になるなんていうのは、どうしたって想像できない。

 まさに鳩に豆鉄砲、という表情をきっと自分はしていただろう。


「俺が君の師匠?」


 弟子と師匠をまとめて何々門下と呼ぶ、俺なら中村門下の宮国君になる。

 いやいや、ダメだろ。こんな天才が燻っている俺の元で得られるものなんて――ないだろ。

 言い方は悪いが弟子なんかとったら自分が将棋の世界でのし上がる事を諦めたようにすら周りには見えてしまうだろう。俺の将棋は終わっていない、絶対に勝ち進める、そう強がりでも思っているから、到底弟子なんて…そんな余裕はない。


「お願い…します」

「ちょっいいよ、頭上げなって」

 指を重ね、頭を畳に下ろす姿に一瞬気遅れてしまう。情けないが、かっこよくて将棋も強い彼という存在に苛立ちよりも見惚れてしまった。

 苛立ちが思い浮かぶ時点でだいぶ捻くれているわけだが。

 正座を崩さず、手を畳に置いたまま、彼の大きな瞳が俺の姿を映している。


 ――昔、初めての公式戦で当たったベテランとの対局の記憶がふとよぎった。


 なんでもない序盤から緊張とプロの存在感に指が震えていた自分に対して、こほん、という一息によってまるで落ち着けと言われた気がして、冷静さを取り戻せた。あの時の記憶。

 いきなりの言葉に動転した自分の思考が彼の眼差しによって少し冷えた。


 さて、とはいえどうしようか。


 彼の才能と自分の現状を鑑みても両者にとってプラスにはなるとは思えない。

 もちろん彼が自分を師匠にしたいと思ってくれた事はとても嬉しい事ではあるのだけど、それでも俺の頭はどう断るかで悩んでいた。

 はぁ…と天井に重いため息を吐き出して、俺は彼の横から盤の向かいへと座り直す。

「とりあえず、一局指そうか」

「ええっとこれは勝たなきゃダメって事ですか?」

 入門の試練と彼は捉えたようだが、俺の意図としては彼の実力が肌身を持って知れていれば先輩方を紹介できるという算段だった。

「いや、勝ち負けは関係ないよ、ただ指してみたいと思ったんだ」

「そう…ですか…」

 彼は少し肩を落としながらも、初期位置へと並べ直し始めた。


「駒落とす?」

「平手でお願いできますか」

「いいよ、じゃあ先手は宮国君で。持ち時間は1時間の30秒、では…」


「「――お願いします」」

 

 お互いに頭を下げる。歳上だろうと歳下であろうと盤を挟めば同じ対局者だ、奨励会や研修会では将棋の実力もだが、こういう部分も重要視される。

 先輩として、変な姿は見せられない。


「ふう…」

 小さく一息吐いて、彼は初手で飛車先を歩を一つ伸ばした。

 俺はそれを受けて角道を開き、彼も開いた。

 ▲2六歩、△3四歩、▲7六歩。


 さて、ここが一つの岐路だ。

 俺は奨励会から現在まで『居飛車』を公式戦では指したことがない、『振り飛車』党だ。

 4四歩と角道を閉じるか、5四歩とゴキゲン中飛車か。

 角道止めたら、中飛車、四間飛車、三間飛車、向かい飛車など、飛車をどこに振り、そこから派生する藤井システムなどあるが…相手のデータの無い対局は久しぶりなので一度手を止めた。

 結局ノーマル四間飛車を採用すると決め、角道を閉じる。

 片美濃囲いと船囲いで相手の手番。

(9筋をお互いに突きあっているから穴熊は薄いか。)


 お互いに集中し始めた頃、ゆっくりと襖が開き、話は終わったかな?と言いたそうな顔の師匠がやってきた。

 しかし、体を揺らし盤面だけを見る彼は師匠が隣に来ても気づいていない様子で、俺は指を口に当て、しーっと合図するとお茶と菓子を置いて『また後で来る』と口パクをして出て行く。

「――」

(6八銀…急戦かな)


 パチ、パチ、パチリ。

 庭の木々が風に揺れる音が心地よく聞こえるくらい静かな部屋で、小気味好い駒音だけが鳴る。

 時折、庭をむけば青空に溶ける緑が美しく輝いていた。

 さながらタイトル戦のようだ――なんて、なんとなく思ったら少しずつ楽しくなっていく。

 持ち時間は短いながらも、手を読んで――読んで――読んで。

 確かな実力が目の前に少年の中にはあると手が進めばすぐにわかる。

 なんのしがらみも不安もなく、ただただ盤面の模様だけを見るのがただただ楽しくて、仕方がなかった。


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