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(六) 空の向こうと道の先『後編』

第五話前編からの続きです。ゴミ箱さんのお話もクライマックス。よろしくお願いします。

 




「はぁ…はぁ…」

 緩やかな坂道を登ってくる人影が二人、息を切らしながら急ぐようにやって来た。バス停があった跡地、覚えてる人は数少ないかもしれない。錆びと朽ち果てた小さな屋根が大樹に覆われる形で鎮座している。周りは雑草が膝をゆうにこえる長さに成長し足元が見えないほどだ。朝露と昨晩の雨後でぬかるみに足をとられながらも躊躇(ためら)うことなくそこへ分け入っていく。


「マジで探すのかよ!」

「えぇ探すわよ!見つけたいの、見つけてあげたいのよ。」

「そんなに大事なものなのになんで…」

「彼女には色々あったのよ。旦那さんを亡くして、この道の先にその人のお墓があるんだけど、ずっと通ってたみたい。」

「結構前の話だろ?看護士だからってここまでするか?」

「私が探したいの!彼女には時間がない。きっとここにある…。別にいいわよ付き合わなくったって。」

「そういうわけじゃないけどさ。」


 看護師の里美はある患者と出会った。その人は痩せていて表情もどこか遠くを見ているようで、いつも現に心をうつしていなかった。彼女は一目で長くないことが分かった。それでも里美は明るく話し掛けていた。その患者を見舞いに来る者はなく、唯一の話し相手が里美だけだった。次第に会話も増えお互いに寄り添うような繋がりも見え始めた頃、彼女が夜の寂しさに負け吐露した事があった。

 彼女には最愛の人がいたが、自分のせいで亡くなってしまったこと、そのせいで彼の身内に責められたこと、そして墓参りができずにただ行ったり来たりを繰り返していたこと。事故は端からみると彼女のせいではなかったが彼女はずっと自分を責めていた。少しのわがままが元で喧嘩してしまい、彼は彼女の願いを聞くために無理をした。そして事故にあった。喪失は重く負い目と共に彼女は押し潰されていた。


「私は彼に甘えるのが下手でね…、でも誕生日に少し我が儘を言ってみたの。私を迎えに来てって…。彼も仕事で疲れていたのに私はその日じゃないと嫌だって。明日まで待たなかった。」


 二人の明日は来なかった。


「彼を試して、彼が来ないのを怒って、責めて、愚痴を言ってる間に…彼は苦しんで死んだわ。最低な女でしょ?」


 時が解決するわけがない。彼女は一生背負う覚悟をしていたから。直接行くなんて烏滸(おこ)がましいわと墓参りの手前で祈り、ひっそりと独りで生きていた。

 そんなとき彼女は末期の癌に侵された。墓参りを果たすこともできず、彼女はただ死を待ち、日々を無気力に過ごしていた。看護師の里美ができるのは、なるべく不自由のない闘病生活をお手伝いすることだけ。話し相手になるのは唯一できる慰めだった。


「あの人はもう治療しないで死を迎えるつもりでいるの。でも寂しそうに左手を擦る仕草をするから、どうしたんですか?って聞いたら、失くしたものがあるっていって…」

「ここに落としたって?」

「うん、多分そうだろうって。」


 そう言って二人の男女はカサカサと草むらに分け入りくまなく探し回った。


「確か花を生けてた場所があるっていってたのよねぇ。そこが分かれば近くに落ちてるはずなんだけど。」

「そんじゃ枯れた花があるところとか?」

「うーん…」


 早朝からやって来たもののなかなか見つからず、初夏の日差しが降り注ぎ、汗ばむ肌をチリチリと焦がす。


「あー腹減った。腰痛てぇ。」

「いいわよもう帰って。」

「帰りたいなんて言ってないよ。俺何か飲み物買ってくるよ!」

「そうね…じゃお願い。」


 そう言って里美の友人は道のある方へと足を向けた。が、うぎゃーっと叫びドテンと転んだ。


「ちょっと何やってるのよ!」

「痛てて…、嫌だってなんか小っちゃいドラム缶みたいなのに足が引っ掛かってさぁ…あーびっくりした。草に隠れてて見えなかったよ。」

「なんだ転んだだけか。」

「なんだじゃねーよ。大丈夫?怪我は?って(いたわ)ってくれよ。」

「なにヘタレてんのよっ。いっそのこと蛇でも見つけて縁起担いで欲しかったわ。成人男性の見事な転びっぷりを写真におさめられなくて残念。」

「冷たいのね…って、ん?もしかして花入れてたのってこの缶じゃねーか?」


 転んだ原因の物を指した。


「あっ!そうかも!」


 里美も小さな缶の近くに寄り、花の残滓が散らばる周辺を探す。先ほどの飲み物の話は忘れられ二人で地べたにしゃがんで必死に目を凝らし続けた。

 その時目の端でキラリと何かが光った。それは横倒しになった小さな鉄缶の中から放たれていて、片手で持ち上げた瞬間カランっと音がした。


「!?」


 顔を見合わせた二人が中を覗くと…


「あったー!」

「おーっ!すげーよく見つけたな!」


 指先に摘まむように引き上げたそれは、小さなダイヤがついた指輪だった。


「多分…蓮池さん、花束を入れた時に誤って落としちゃったんだろうね。日に日に痩せて指がもしかしたら細くなっていたのかもしれないし。心ここにあらずで、落ちたのも気付かなかったのかなぁ。」

「その患者、蓮池さんはこの道とこのバス停跡地を何度も来てたってことだよな。旦那さんの月命日に…寂しいな。」

「それでも彼女は何かしたかったのよ。墓参りしたら本当に死んだのを納得してしまいそうで怖かったのかも。墓石の目の前に立つことができなくて、ずっとここで立ち止まってた。このバス停は亡くなった旦那さんとの思い出の場所だったって言ってたから。」

「でもあるのはボロボロの屋根と草むらだけだったなんて。これゴミ箱だよな?すごい汚いし、こんなところに花束入れてたのかよ。」

「ふふっそんなこと言わないの。彼女にはゴミ箱じゃなくて、立派な『花瓶』だったのよ。」

「あぁ…そうだな。でも見つかって良かったな。」

「うん、手伝ってくれてありがとう。」

 一陣の風が吹き二人の間を通りすぎた。



 ━━━ 連れてって ━━━



「ん?」

「おいどうした?」

「なんか呼ばれた気がして…」

「おいおいこんなところでやめてくれよー。」

「え?なに怖いの?男の癖にビビりだなぁ。」

「そこは男女関係ないだろっ、てか怖くないけどね。」

「強がっちゃって。」

「ほら早く持ってくんだろ。」

「うん、そんだね。風も強くなってきたし行こうか。」





 誰もいないバス停跡地。野分吹き荒ぶせいで木々がザワザワと騒がしい。相まって先ほどの騒がしい二人組が来たおかげで、眠りと目覚めを繰り返していた私はハッキリと目を覚ました。今はどの季節だ?刻を忘れてしまったな。人の月日でどのくらいたったのだろうか。


 あの光る石と私は何が違う?


 伝わるわけがないのに思わず声を掛けてしまったよ。あの石はきっと元いた場所に帰るのだろう。そのとき『お帰りなさい』と人は言うのだ。

 空の向こう側は人々の暮らす町の上へと繋がっている。人の当たり前が私にはいつも新しい発見だった。暗くなれば暖かな灯に照らされた家に入り日常が繰り返される。その中でも人にはそれぞれ悩みがあって、泣きながらも前を行くものもいたり。その背中を押してくれるのは、家族や友人や恋人。

 一人でも強い者もいる。

 大勢の中にあっての一人と、元から一つであった一つ、その二つの強さは異なる強さ。私は選択したつもりはないが、腐蓄と衰退という運命を受け入れている。私はこの土地と共に消えていきたい。




 ガサガサーー

 ん?また珍しく誰か来たのか?風の音にしてはハッキリとしている。地を踏みしめる音と共に振動が近づいてくるが、闇夜も迫り人の数も分かりづらい。湿った風が我が身をなぞる。

 カチカチと鳴った先に光が灯った。確かあれを利用して煙草を吸っていた者がいたな。ライターというものか。それを使ってなにやら若者達が騒ぎだした。パチパチと細長い筒から赤青緑と散っている。シューッパッっと光が空に向かったと思ったらパンッと弾け飛んだ。丸く広がり辺りを一瞬だけ明るくした。そこには上を見上げる四人の姿。笑っていた。光は数度瞬き彼等の顔を映す。

 あの光る石もそうやって人々を笑顔にしているんだろうなぁ。見ているだけの私にはできないことだ。


「あっいいのがあった!」


 そう言って若い女がいつの間にか側に来て私を両手で掴みかかげた。彼等は光を失った棒切れや紐や筒のようなものを次々と私に入れる。ほぅこんなにボロボロになってもちゃんと分かったのだな。ゴミ箱はゴミ箱としてまた私は再利用されたわけだ。あの探し物をしていた女が言っていたカビンが何をさすかは分からないが、私にはやはりこの仕事がお似合いだ。

 彼等は一時楽しんだ後帰っていった。あの暖かな光が集う場所へ。



 また静かになったな。久方ぶりに仕事をしたが、このゴミたちを回収する人はいないのにどうしたものか…


 チリチリ


 彼等が去ったというのに音がする。それは徐々に大きくなってくる。

 おいおいどうした?置いていかれた気持ちは分かるが怒っても身を焦がすだけだぞ?周りを巻き込むな。昔聞いた話だが、夫婦の家が火事で全焼して全てを失くしたと言っていた。それはとても悲しいことだ。失うことをみんな恐れていた。

 あぁ駄目だ、そっちに行っては駄目だ。

 火はゴミ箱の缶にわずかに抑えられている。辺りに飛び火しているが、昨晩の雨あとでなんとか広がりを抑えていた。だが真っ直ぐに高く火柱が伸び始め、朽ちた屋根に引火し始めていた。もし私が倒れたら?もしその後ろの大木に引火したら?今にも突き破りそうな力が私に加わり熱され真っ赤になる。私の中にあった枯れた草花もいけなかったのだ。

 鎮まれ!鎮まれ!寂しいよな、そっちに行きたいよな、走り回りたいよな。分かるよ、分かるが、お前は駄目なんだ。あの暖かな光が失くなってしまったら、人が彼等の帰るところが消えてしまう。みんな笑っていたんだ。喧嘩しても泣いていても、帰る場所があったんだ。あんなに求められてる場所を私は知らない、奪ってはいけないよ。


 鎮まれ!鎮まれ!誰か気付いて消してくれ!お願いだ。どうしてこんなときにも神は私の願いをきいてくれない。やっぱり願いは人だけなのか。どうかどうか…


 ふと影が差した。と思ったら大きな物が私の上に乗し掛かり一気に押し潰された。痛みはない。

 なんだ私は一人ではなかったのか…


 最後の思考はそんな祈りと安堵で終わったーーー








読了ありがとうございました。

次のお話で完結です。どうぞ最後まで読んで頂きますように、よろしくお願いします。

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