プロローグ
「ストライク!」
私の背中で、主審の大声が響いた。これで七回ツーアウト、ツーストライク。追い込んだ。
私はマウンドで堂々とたたずむ女の子に、ボールを投げ返す。軟式球は妙に指に引っかかる。女の子はそのボールをしっかりと受け止め、また悠然とピッチングプレートを踏んだ。
バッターボックスの男の子が、泣きそうな顔で唇をかんだ。たしか彼は六年生。最高学年だ。四年生の、それも女のバッテリーに負けそうなのだから、きっと悔しいのだろう。
マウンドの女の子の笑顔は、輝かしかった。心から野球を楽しんでいるようで、かわいくて、かっこよくて。まるで勝利の女神が微笑んでいるかのように、チームメイトに安心感を与えた。
バッターが構えたのを確認して、私は外角にミットを構えた。ピッチャーの女の子がワインドアップを始める。
女の子はゆっくりと左足を上げて、腰と上半身をねじるように半身になっていく。軸の右足をピンと伸ばしたまま左足を上げきり、しっかりと静止。体重移動が始まり、少し遅れて両手が割れていく。着地の瞬間、左足がタイミングよく伸びる。
そこから、ゆっくりだった動きが急に加速する。まっすぐミットに向けられていたグローブが腰に引きつけられ、同時に右腕が振り切られる。
放たれたボールは寸分たがわず、構えられたミットに吸い込まれる。私の左手に、ミットを通して心地よい痛みが伝わった。
「ストライク! バッターアウト!」
主審の声が高らかに宣した。ゲームセット。試合終了だ。
しばらくこのまま、感動に浸りたかった。しかし私はキャッチャーだ。すぐにマウンドに行って、ピッチャーを労わなければならない。
私はマスクを脱いで立ち上がると、マウンドからゆっくりと降りてくる女の子に駆け寄った。目の前まで行くと、彼女は右手を上げた。
「ナイスキャッチ、月見! 私たち、最強のバッテリーだね!」
何だか恥ずかしいような気がしたけど、私は彼女に笑顔で返した。
「うん! ひまわり!」
私、御影月見は背伸びをして、ひまわりの手を叩いた。