災厄の始まり
第五話です。
タイトル通り、少しダークなお話です。
「たっだいまぁ~。」
ペルーシャはご機嫌でリビングの扉を開いた。
「おや、お帰り。ペルーシャ。それにアマミ、マオウさんも。」
「ただいま。」「ただいまです。」
アマミも俺も出迎えてくれたマーガレットおばあちゃんにただいまを言う。
「アマミ、連日の勤務で疲れておるじゃろう?お風呂焚いておいたから入りなさい。」
「え、嬉しい。ありがとう。おばあちゃん。」
少し照れたようにお礼を述べるアマミ。
その様子からは、先ほどまでの鬼軍曹的雰囲気はまったく感じられず、俺は少し驚いた。
アマミもどうやらおばあちゃんのことが大好きらしい。
「私もいっしょに入る!!」
「ああ、いいよ。」
ペルーシャがアマミに飛びつきながらそう言うと、アマミはその提案を意外なほどあっさりと受け入れた。
「アマミちゃんとのお風呂楽しみ~。」
「この前もいっしょに入ったじゃないか?」
「ムフフ。何度でもアマミちゃんとのお風呂は新鮮なのです。」
「おい、また変なこと考えてるんじゃないだろうな!?」
「おっふろ、おっふろ、おっふろ~。」
「おいペルーシャ!?ペルーシャ~。」
アマミの悲痛な叫びは残念ながら届かない。
あのペルーシャ特有の強引さで、アマミはお風呂へと連行されていってしまう。それを側から見ていた俺は心の中で合掌していた。アマミご愁傷様です。
すると、自然俺とおばあちゃんだけが取り残される形になってしまった。
俺はなんとなく困ってしまい、おばあちゃんに目を向ける。
おばあちゃんはそんな情けない俺の心境を察したのか、たおやかな笑みを浮かべて「紅茶でも飲むかい?」と聞いてくれたので、俺も「はい。」と答えた。
「あ、すみません。ありがとうございます。」
おばあちゃんが紅茶を淹れてくれたので俺は礼を述べた。
「ミルクはいるかい?」
「いえ、大丈夫です。」
「そうかい。」
おばあちゃんが向かいのテーブルに着いたのを見て、俺は紅茶の入ったカップを口へと運ぶ。
「あ、美味しい。」
思わずそんな感想が口からポロリと漏れた。
「ふっふ。そりゃ良かった。」
嬉しそうに目を細め、俺同様紅茶に口を付けるおばあちゃんの所作はゆっくりとしていてどこか気品を感じる。
まるでどこかの貴族のような美しい所作だった。
「どうだい。ここの生活は。気に入ったかい?」
コトリとカップをソーサーに置きそう尋ねてくるおばあちゃん。
「はい。気に入りましたよ。街並みは綺麗だし、街の皆も優しい。まあ、外部の方に住んでいる人たちは少し怖いですが。」
「はっはっは。正直じゃの。でも、あいつらもそう悪い奴じゃない。仲良くしてやってくれ。」
「ぜ、善処します。」
俺のそんな反応を見て再度笑みを溢すおばあちゃんに、俺も苦笑した。
それにしても、あの外部の屈強な男達をも震え上がらせている存在こそが、今ペルーシャと仲むつまじくお風呂に入っている、あのアマミだという事実には驚くしかない。
彼女は、見た目だけで言えば、文句なしの美少女。
うさ耳や丸いしっぽは彼女の愛らしさを上げこそすれ、恐れられるいわれはないはずである。
なのに、その可愛らしい容姿をもってすら、恐れられるなんて。
なにをしたらそれほどまでに恐れられるのか想像も付かない。
それに、先ほど言ったとおりアマミはウサギ系統の獣人だ。
対してペルーシャとおばあちゃんは白猫系統。
もしかしなくても、彼女達が本当の家族でないことは明らかだ。
彼女が恐れられる所以はそれも関係するのかもしれないな。
そこまで考えた俺は「あれ、なんでこんなにアマミのことが気になっているのだろう?」と疑問に思っていた。
「アマミのことかい?」
「え・・・。」
おばあちゃんの言葉に俺はどきりとした。
まさかこのおばあちゃん、心読めるのか?
「心を読んだとか思っているのかい?」
「え!?まさか本当に?」
「はっはっは。違うよ。あんたがわかりやすすぎるのさ。マオウさん。」
「え・・・。」
「顔に出とったよ。アマミのことを考えているとな。」
「うそだろ?」
「ホントじゃホント。」
はっはっは、いかにも楽しそうに笑うおばあちゃん。
アマミにも言われたがそんなに俺ってわかりやすいのかな?
アマミのこと考えてるとかばれるのって結構恥ずかしい。
顔が少し熱くなってきたのを感じる。
「あの子の事が気になるのかい?」
おばあちゃんがキラリと光る瞳で俺を射る。
あまりにも図星過ぎて俺は正直に答えてしまう。
「う・・・はい。」
「そうかい。それもそうじゃろうな。お前とアマミは境遇が似ている。」
「似ている?」
「ああ、そうじゃ。」
深くうなずいたおばあちゃんは口を重々しく開き言った。
「あの子には両親がいない。」
おばあちゃんが真剣なまなざしで俺を見る。
その目は大きくて青い。
今更だが、おばあちゃんの目はペルーシャの目によく似ている、と思った。
「そうなんですか・・・。でも、なんで?」
「亡くなったんじゃよ。さきの世界大戦でな。」
「世界大戦・・・。」
「そうじゃ。この世界は、大まかに言って二つの勢力に分かれとる。勇者軍と魔王軍じゃな。これぐらいは覚えておるんかいな?」
「いや・・・申し訳ない。」
俺のそんな様子を見て、優しくほほえんだおばあちゃんは話を続ける。
「そうか。なら、儂の知っとるすべてを話そうかの。そうじゃのお。どこから話そうか。そうじゃあれはまだ、ペルーシャが10歳のころじゃったか・・・・。」
おばあちゃんの声は低く、でも滑らかで、聴いているとなぜか落ち着く。
そのおかげか俺はそこから語られた話をすんなりと受け入れるはことができた。
おばあちゃんの話はこうだった。
今、ペルーシャは15歳になったばかりなので、今からかれこれ五年前。
ここの家にはおばあちゃん、ペルーシャの他に、ペルーシャの両親もいたらしい。
それはそれは、もう一人娘のペルーシャをみんなで可愛がり、事あるごとに彼女のことを甘やかしていたらしいのだ。
そして、今でこそまじめでしっかり者のように振る舞っている彼女だが、当時、彼女は今からは考えられないほどの甘えん坊でわがままな子だったらしい。
でも、そのワガママさや甘えん坊な様子もおばあちゃんや両親には、決して疎ましいものではなかった。
むしろ、たまらなく可愛らしいものに映っていたそうだ。
とびきり可愛い一人娘を愛するその両親と祖母。
そんなありふれた幸せな家庭。
それが当時のリリイ一家であった。
当時のリリイ一家には仲のいいご近所さんがいた。
そう、その家こそがアマミの家だった。
どうも、アマミの両親はアマルニ王国の理事を務めているかなりお偉い方だったみたいだ。
そんな両親はペルーシャのおばあちゃんをたいそう慕っていたようで、相談事によく来てくれていたらしい。
おばあちゃんによると、本当に色んなことを相談されたみたいだ。
どの大臣を支持するべきかとか、国の政策はどのようなものがいいか。
そんな大きな物事の意見を求められることもあれば、家の花壇には何を植えたらいいのか、アマミにどんなプレゼントを買ってあげようかなどという瑣末なことに至るまであらゆることを相談してくれたらしい。
それほどにアマミの両親はおばあちゃんを信頼していたし、おばあちゃんからすればそれが何よりの楽しみだった。
そして、それはアマミの両親も同じだったようだ。
毎日のように両親がリリイ一家を訪れるので、必然、その子供達であるアマミとペルーシャの仲も良くなっていった。
始めはまったく違う自分たちの外見に戸惑っていたみたいだが遊んでいる内に自然と仲良くなっていたようで、誕生日にはお互いプレゼントを渡し、ある時にはケーキをいっしょに作ったりもしたみたいだ。
あまりにもいっしょにいる時間が長くなったので、みんなからは黒白姉妹、と呼ばれていたらしい。
もちろん、ペルーシャの白色の髪とアマミの黒色の髪のせいだ。
実際、二人は姉妹ではないのだが、でも、姉妹と呼ばれるほどに彼女たちは仲がよく、お互いのことが大好きだった。
そんなある日、巨人族に街が襲われた。
当時まだ勇者軍と魔王軍の中立的な立場にあったアマルニ王国は彼らにとって邪魔な存在であったのだ。
その襲撃が起きたときも、アマミの一家とリリイ一家はいっしょにいた。
カンカンカン!という鐘の音が物見櫓の方から聞こえてきた。
「ママァ・・・なにこの音。なにが起きてるの?」
「怖いよ・・・ママ。」
ペルーシャもアマミも震え上がりお母さんにしがみついていた。
「大丈夫よ・・・ペルーシャ。ママが守ってあげるからね。」
「アマミもよ。あなたのことは絶対私たちが守るから。」
母は我が子を守るようにギュッと、ペルーシャとアマミそれぞれを抱きしめていた。
一方その頃、外部では巨人の襲撃がいっそう激しさを増し、精鋭部隊である衛兵隊は壊滅。
着実に街は破滅へと向かっていた。
しかし、高度な情報伝達用の魔法も発達していなかったため、それを中心部の者達が正確に知りうることは不可能であった。
そんな時、家の扉を叩く音が響く。
ドンドンドン ドンドン
「リリイさん!開けて貰えますか!?リリイさん!」
そんな叫び声が聞こえたので扉を開けるおばあちゃん。
そこに立っていたのは、顔面蒼白な衛兵だった。
「なんじゃい。外ではなにが起きておるんじゃ?」
「それがですね。今外部付近の街では巨人族の襲撃に遭っております。」
「なんじゃと!?それは本当かえ?」
「はい!本当です。私がここに来たのはそれ故です。ここにアルフレッド・リリイさんはおられますか?」
「ああ、いるぞ。俺はここだ。」
アルフレッド・リリイはペルーシャの父。
ペルーシャの父は衛兵隊隊長を務める猛者であった。
しかし、今日は数少ない非番だったため、貴重な時間を家族と過ごしていた。
だが、アルフレッドは騒動を悟るや、すでに武装を整え、覚悟を決めていた。
「行くぞ。」
「待ってください!!」
そう叫んだのはペルーシャの母だった。
「私も行きます!あなたを一人でなんて私できません。」
「サーシャ!何を言っているんだ。お前は子供達とここにいろ!」
「嫌です!」
「サーシャ!」
「あなたは知っているでしょう!?私の治癒魔法はこの街で一番だって。私が行けばあなたも、他の多くの衛兵隊員も助かるかもしれない。」
「そうかもしれない。だが、お前に俺は死んでほしくないんだ!」
「私だって同じです!!私だってあなたに死んでほしくない!」
「なら、子供達はどうするんだ!お前が守らなくていったい誰がまもる?」
「私が守ります。」
そう答えたのはアマミの母サラ・カーティスであった。
「サラさん・・・。」
「サーシャの気持ちを汲んであげてください、アルフレッドさん。彼女の高潔で純粋な心をあなたは十分知っているはずです。彼女がどんな思いで言っているか、あなたが一番分かっているでしょう?」
強い意志のこもったまっすぐな瞳でアルフレッドを見つめるサラ。
そこにはなんの迷いも、焦りもなく、ただただ純粋にサーシャとアルフレッド、ひいてはこの国の将来を憂う心が現れていた。
サラのその瞳を見たアルフレッドはしばらく目をつむり何かを考え込んだ。
しかし、その次の瞬間には覚悟を決めていた。
「分かった。行くぞサーシャ。」
「ええ。行きましょう。」
サーシャは抱きしめていたペルーシャのおでこにキスをしながら言う。
「ペルーシャ。ごめんね。ママ行かなきゃならないの。」
「ママァ・・・・。」
ペルーシャが涙をいっぱい浮かべてそう言うとサーシャは優しくほほえんで言った。
「サラおばちゃんが守ってくれるから、ね?」
「サラおばちゃんが?」
「そう。」
「なら、我慢する・・・。」
「良い子ね・・・。」
サーシャはそうつぶやいてもう一度軽く口づけをした。
「では、うちの子達を頼みます。サラさん。」
「ええ。私の命に代えても必ずこの子達は守り抜きます。安心してください。」
「はい。お願いします。」
サーシャとサラの視線は交錯し、そこには言葉を用いずともつながっている何かがあった。
アルフレッドの元へと歩いていくサーシャ。
もう一人アルフレッドの元へと向かう人影がある。
「ヴァンさん。」
「ええ。私も同行させてもらいますよ。」
それはアマミの父ヴァン・カーティスであった。
アマミの父は理事であることで知られているが、保有する魔力量に卓越した魔法の使い手でもある。
「ヴァンさん。確かに、あなたが来てくれれば千人力だ。だけど・・・。」
「ああ、言わないでください。アルフレッドさん。私が理事の仕事さぼろうとしていることは。今、私の心はあなた方に力を貸したい、と叫んでいるのです。どうか、お願いします。私の力を貴方たちに。そしてこの国のために使わせてください。」
アルフレッドは苦笑して言った。
「あなたにそこまで頼まれれば仕方ない。」
「ありがとうございます。」
「よし、では行くぞ。皆!」
「おう!!」
こうして三人はマーガレットおばあちゃんの家を飛び出していくのであった・・・・。
いかがでしたか?
ここからは、アルフレッド、サーシャ、ヴァンの三人がメインとなってお話が続いていきます。
楽しみにしといて下さい。
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