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元魔女は村人の少女に転生する  作者: チョコカレー
2部:復活の魔女達
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8話:魔女エメラルド




 憑依魔法。ある者の魂を他者や物体に憑依される魔法。それは転生魔法と同じく禁忌とされた魔法であり、また通常の魔術師が唱えた所で反動が激しくて発動しない難易度の高い魔法である。


 更には憑依魔法は条件が厳しく、使用者との関わりが深い人物、肌身離さず身につけていた物だったりしないと憑依出来ない。もしも失敗した場合、魂が消滅して二度と憑依出来ない危険性もあった。そんな禁じられた魔法を、ある者は死にかけた時に使用した。


 そしてその結果、その者は己の身体を失い、新しい身体も壊れてしまう事となった。

 肉は引き裂かれ、身体は捩じ切れ、根源の魔力すら正しく流れない。そんな血に染まった身体になりつつも、彼女は憎悪と執念から無理矢理繊維を動かし、血の涙を流しながら立ち上がった。

 かの者の名は“純真の魔女”エメラルド。魔女の中でも最も清き心を持った美しい少女である。







「グハハハハ!! この村は俺様が頂いたあぁ!!!」


 ある村が火に焼かれ、一番高い屋根の上で一人の男が高らかにそう宣言していた。褐色の肌に魔物の髑髏の装備品を肩に付けたいかつい顔をした男。彼はある盗賊団のリーダーであり、今回は川辺にある村の一つを襲っていた。


「兄貴ぃ! この餓鬼妙なもんを持ってましたぜ!!」

「やめて! 返してよ!! それは僕の大切な宝物なんだ!!」


 痩せ干せた盗賊の一人が少年の服の襟を掴みながら連れて来て、彼から短剣のような物を取り上げるとそれを屋根の上に居るリーダーに投げ渡した。リーダーは短剣を受け取り、それをまじまじと見つめてハッとした表情をした。


「こいつぁ加護付きのアイテムじゃねぇか! 売れば高く付くぞ!!」

「返せよ!! 父さんの形見なんだ……返せぇぇ!!」


 武器や防具、装飾品などは解きに加護付きと呼ばれる物がある。加護付きの道具には特別な能力が備わっており、身につけているだけで邪悪な物を退けたり、呪いから身を守ってくれる事がある。それらの特別なアイテムは商人の間で高く値段を付けられる為、盗賊達からすれば正にお宝であった。

 自身の父親の形見を奪われた少年は涙を流しながらそう訴えた。だが盗賊のリーダーは不気味な笑みを浮かべたまま屋根から飛び降りて少年の側に寄ると、彼の頬をがしっと掴んだ。


「坊主、この世はなぁ弱肉強食の世界なんだよ。俺様からコレを取り返したかったら精々強くなって戻って来る事だなぁ。まぁ、それまで生きていればの話だが。グハハハハハ!!」


 唾を吐き捨てながらそう言い、リーダーは少年をぶん投げる。少年の小さな身体は地面へと打ち付けられ、彼は悔しそうに泣いた。それを見て盗賊達は汚らしい笑い声を上げる。


「うう、何でこんな事に……」

「誰か……誰か、村を救ってくれぇ……」


 柵の横に並べられている村人達はそう悲痛の声を漏らした。

 突如現れた盗賊達に村を焼かれ、金目の物を全て奪われた。村の男達も殺され、正に絶望的な状況。地面に転がっている少年もこれは夢だと何度も呟き、現実逃避を始めていた。


 そんな時、炎の中から一人の少女が現れた。村の通り道を真っ直ぐ歩き、炎など物ともせず淡々と歩き続けている。彼女は頭から真っ白なローブを被っており、その素顔は拝めなかった。だが奇妙な事にローブの隙間から見えている脚は素足で、彼女は裸足で道を歩いていた。その足取りも何処か弱々しく、時折片足を引きずるような仕草を取っている。だが盗賊達はそんな事を気にせず、現れた少女に対して警戒心も持たず近づいた。


「おうおう嬢ちゃん、何者だい?村の生き残りか?だったら死にたくなけりゃぁ、ここに並ぶんだな」


 盗賊の一人がナイフを突き付けながら少女に近寄った。だが盗賊の命令にローブの少女は返答せず、ただ黙ったままその場に立ち尽くしていた。怖がっているのか、それとも戸惑っているのか、その様子もローブで顔が隠れているせいで伺う事が出来ない。


「……は……ぜ」

「ああ?何か言ったか?」


 少女がボソリと何かを呟く。だがその言葉はあまりにも小さ過ぎて聞き取れなかった。盗賊は何だと威圧させる声を上げながら耳を傾ける。次の瞬間、盗賊の身体が吹き飛んだ。


「貴方達、人間は……何故そこまで汚れているのですかッ!!!」


 突風、否、砲撃が放たれた。盗賊の身体は宙を飛び、村の反対側まで吹き飛ぶと一軒家の屋根に突き刺さった。それを呆然と見つめ、理解が追いつかない盗賊達と村人達はそれが少女の行った事だとは理解出来なかった。

 ローブがはだけ、少女の素顔が露と成る。そこにはとても綺麗で美しい少女の顔があり、黄金色の髪を後ろで二房に纏め、海のように輝く碧眼をしていた。まん丸の顔に小さな鼻と口があり、何処か小動物のような幼い雰囲気を醸し出している。だが、そんな少女の顔は酷く歪んでいた。何より、その綺麗な顔にはあろう事か亀裂が入っていたのだ。


「な、なんだお前……!? その顔は、一体……」

「ああ、憎い。何て憎いんでしょう、人間……! そう、貴方達人間はいつもそう。平気で同族を殺し、平気で略奪する……ああ、醜い!!」


 盗賊達の言葉など耳にも貸さず、顔に亀裂が入っている少女は前髪を乱れさせながら狂ったようにそう言葉を吐き出した。

 その瞳は明らかに狂気に染まっており、少女が異常である事を物語っている。その恐ろしい姿から思わず盗賊達は武器を構えた。


「無駄です!!」


 武器を構えた盗賊達を見て少女は腕を振るう。すると先程と同じように砲撃が放たれた。一列に並んでいた盗賊達はそれだけで吹き飛び、形を失う。残っていた盗賊達はたちまち悲鳴を上げて逃げ出した。だがリーダーとその周りの仲間達だけは逃げない。すぐに少女が魔術師だと見抜くと、各々武器を構えた。


「てめぇ、魔術師か! くそッ、お前等戦え!!」


 リーダーの横に控えていた盗賊達は剣を引き抜いて少女へと襲い掛かる。何らかの加護を持った装備なのか、その動きは目にも留まらぬ程速かった。容赦なく盗賊達は剣を突き立てる。少女のローブに隠された身体に剣が突き刺さった。だが、少女は悲鳴を上げない。反動で身をよじらせながら、ギョロリと瞳を動かした。


「……ッ!? お前、痛みが無いのか!!?」

「痛い?……ああ、痛いですよ?貴方達の醜き行為を見る度に、私の胸は非常に痛みます」


 そう言うと同時に少女は手の平を盗賊の一人に向けた。そこから放たれた魔力の砲撃によって盗賊の身体は吹き飛び、残っているもう一人の盗賊はすぐさま武器を捨ててその場から離脱する。

剣が突き刺さったままの少女は壊れた人形のようにガクガクと動きながらも剣の柄を握り、無理に自分の身体から剣を引き抜いた。大量の血が流れ出し、少女の脚が弱々しく震える。


「ううぅ、憎い……貴方達のせいで私の友達は皆殺された……クロークにも、ファンタレッタにも……もう、皆には会えない……」


 先程まで怒り狂っていた少女は突然泣き出し、その場に崩れ落ちた。本当に悲しむ少女のように涙を流し、頬に垂れている涙を両手で拭う。それは見ていて実に心の痛む光景だったが、そんな彼女の胸からは大量の血が流れている。明らかに異常であった。

 何故死なない?と盗賊のリーダーは疑問に思う。確かに剣は突き刺さった。治癒魔法を使用した様子も無いし、何か特別な魔法を使っている訳でも無さそう。ならば、その身体の構造自体がおかしいのだろうとリーダーは結論を出す。そして苦々しく歯を食いしばった。


「くそ……お前等やっちまえ!!」

「会えない……ああ、皆にもう、会えない……会えないんですよ……」


 いずれにせよ攻撃は通っている。ならば串刺しにし、その身体を引き裂いてしまえば良いと考えた盗賊のリーダーは仲間を率いて一斉に襲い掛かった。その剣先が少女の目に突き刺さる寸前に、突如少女の瞳がカッと見開かれる。一瞬、その青い瞳が真っ黒に染まる。そして気がつけば、盗賊達は一切身動きを取れなくなっていた。


「凍てつけ。そして永遠に苦しめ」


 盗賊達はまるで石になったかのように動かなくなった。目も開いたまま、剣を突き刺そうと腕を出しているその状態で皆固まっている。その不思議な現象に村人達は呆然とする事しか出来なかった。やがて悲しそうに少女は立ち上がり、ローブを纏って顔をフードで覆った。


 それからまた少女は狂ったようにブツブツと呟きながら村の出口へと向かって行った。まるで嵐の様に、突然現れたと思ったらいつの間にか過ぎ去って行く。

 盗賊に奪われた父親の形見の短剣を取り戻しながら、少年は去って行く少女の後ろ姿をした。その際、ローブが大きく揺れて彼は見てしまった。少女の身体が陶器のように白く、正に人形のように無機質だったのを。






 【純真の魔女】エメラルド。誰よりも清き心を持つ魔女と知られ、一部の人間とも交流を持つ唯一善の心を持つ魔女。しかしその瞳は呪われており、見た者を石にするという恐ろしい力が秘められている。

 生前は街の人間と協力関係を築いてその街に住み着いていたが、街の人間に裏切られ、勇者によって討伐された。


「【純真の魔女】エメラルド……善い魔女って書いてあるけど、それなら何で勇者様に倒されちゃったの?」

「そりゃもちろん王国の人間が不穏因子と判断したからだろうな。エメラルドも信頼を得れてたのは一部の人間だけだし、結局は多くの者からは恐怖の対象としか見られてなかったという事さ」


 今日も今日とてシャティアの家で魔女達の本を読んでいたモフィーはそんな質問をした。それに対してシャティアは困り者を抱えた様に目を瞑ってそう答えた。


 エメラルドは魔女の中でも必死に人間に魔女を理解してもらおうと活動していた魔女で、本当に清き心を持った優しい魔女であった。

 実際努力の甲斐もあって一部の人間だけであるが魔女が悪い存在では無いと分かってもらい、一緒に交流する事も出来た。だが、結局は彼女もまた人間に裏切られ、勇者によって葬られてしまった。その事は魔女達のリーダーであるシャティアにとって非常に残念な事であった。

 信じていたが故に、清き心を持った彼女にとってその裏切りは非常に悲しい物だっただろう。もしも生き延びていたとしたら、彼女の心はどれほそ荒んでいるだろうか。それを想像しただけでシャティアは恐ろしさを感じた。


「ねぇねぇ、呪われた瞳って何?何か見たら固まるって書いてあるけど……」

「常時発動している訳じゃない。エメラルドの感情が高ぶったり殺意を覚えたりすると発動するんだ。何でも幼い時に悪魔といざこざがあったらしくてな」


 モフィーが子供なのを良い事にシャティアはペラペラとエメラルドの昔話を語った。

 エメラルドの呪われた瞳は見た者を硬直させるという能力が備われており、エメラルド自身も完全にはコントロール出来ない厄介な呪いであった。他の魔女達ですらその呪いを解く事は出来ず、結局彼女は普段から人を直視出来ずに居た。それでも持ち前の明るさからそんな事全然気にさせなかったのは、流石は純真のエメラルドと言うべきか。


「本当に良い奴だったよ。魔女は皆捻くれてたり我が強かったりしたが……あいつだけはいつも皆を気に掛けて笑わそうとしてくれた。ムードメーカー的存在だったな」


 目を開き、いつものように窓に寄りかかりながらシャティアはそう思い出話を始めた。モフィーからすれば何でそんな事知ってるんだろうと疑問だったが、子供の彼女は大して気にせずへーそうなんだ程度にしか聞かなかった。


「……ん?」


 ふと、シャティアは妙な気配を感じた。いつもの自然に流れている魔力では無く、何やら禍々しい、毒にも似た気味の悪い魔力を感じ取った。思わずしかめた顔をし、彼女は窓の外を見る。だが大した異変は無い。

 そもそもその異変を感じ取ったと言ってもほんの少しだけ、しかも僅かな揺れ程度であった。ならば気のせいという事もあり得る。だが、シャティアの不安がそれだけでは拭えなかった。


「何か……嫌な感じがしたな」


 シャティアは表情を険しくしながらそう呟いた。

 その異変が何だったのかは分からない。どうも胸がモヤモヤとする感覚で、どうしても気になったシャティアは直感力に優れている村長に後で何か異変が無かったか聞きに行こうと考えた。



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