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7話:賢者との出会い



 村に戻ると案の定シャティアは母親に怒られた。時間はそれ程経っていなかったものの、やはり服をボロボロにして来たのは不味かったらしい。外で遊ぶのも良いがくれぐれも怪我をしないように、とシャティアの母親は心配そうな表情をしながら娘に深く注意した。シャティアも今回は自分の落ち度を素直に認めており、ごめんなさいと言って頭を下げて謝った。


 それからようやく騎士が目を覚まし、北の渓谷の状況を説明した。

 どうやら騎士は国から派遣された部隊の隊長だったらしく、渓谷に妙な魔力があるから、という王宮魔術師の進言でそこへ向かう事となったらしい。そしてそこではバルバサと呼ばれるかつては魔術師だったが今は大罪を犯した極悪人である老人が居たらしく、スケルトンを率いて騎士達を圧倒した。そして死にかけた彼は何とかこの村まで辿り着き、そこで意識を失うまでがここまでの経緯だったようだ。


「あの老人バルバサと言うのか……極悪人とは、残念だなぁ」


 母親から新しい服を貰って着替えた後、シャティアはモフィーと共にまた部屋で遊んでいた。大人達はどうやら騎士と今後の事を話し合わなければいけないらしく、子供は家で大人しくして居なさいとの事だった。

 既に事件を解決してしまったシャティアは興味無さげにそんな事を呟き、暇なモフィーはシャティアから借りた本を読んでいた。そしてふとシャティアの発言が気になった様に首を傾げた。


「どうかしたの?シャティア」

「いや、何でも無い……惜しい人を亡くしたと思ってな」


 せっかくの魔女を好いてくれている人間だったのに、極悪人なら騎士に連行されても仕方が無い。シャティアは窓に寄りかかって外の景色を見ながら本当に残念そうにそう言った。

 だが今回は何も収穫無しという訳では亡かった。老人バルバサと出会った事で魔物を使役する魔法があるという事が判明したし、バルバサのように魔女を復活させようとする人間が居る事が分かった。これなら他の魔女とまた会う事も出来るかも知れない。そんな希望を抱く事が出来た。


 それから話し合いで村の若者数人と騎士で北の渓谷に向かう事となった。どうやらもう一度バルバサに挑むらしく、皆慣れない手つきで武器を持って村を出て行った。シャティアはどうせ気絶しているバルバサと遭遇するだけだろうと軽く考え、大して重く考えなかった。だが父親に渓谷に向かったモフィーはとても心配した様子だったので、シャティアは彼女を落ち着かせる為に遊びに付き合ってあげた。


 結局それから数時間後騎士と村人達は戻って来て、騎士は拘束したバルバサを連れていた。やはりシャティアの思った通り騎士はバルバサが儀式に失敗して自滅したのだと思い込んでおり、このまま国に戻るらしい。何やら謝礼とかをするとかも言っていたが、魔法以外の事はどうでも良いと思っているシャティアはそれには耳を傾けなかった。


 それから村にはまた平穏が訪れたが、僅か数日後、再び村に来訪者が現れた。緑色の埃を被ったローブを纏い、長い髭にフードで目元を隠した老人。そんな乞食にも見える老人は村に訪れ、一晩だけ泊めて欲しいと村長に申し出た。

 村人達は早速来訪者の怪しい老人が気になり、ワラワラと村長の家へと集まった。


「ほぅ、これは珍しい……賢者か」


 モフィーと共にシャティアも村長の家へと集まり、玄関から老人の事を観察した。そして彼女はすぐにそれが賢者だと見抜き、面白そうに笑みを浮かべた。


「賢者?何ソレ」

「この前本で読んだだろう。魔術師の中でも特に優れた魔力を持ち、魔導を極めた者達の事だ」


 疑問そうに聞いて来るモフィーにこの前説明しただろう、と嗜めながらシャティアは説明した。

賢者は通常の魔術師と違い、抜きん出た実力を持つ。その力は神にも匹敵すると言われ、自然との対話や動物との意思疎通など、様々な事を可能すると言われている。

 厳密にはどのような存在が賢者なのかと一般には知られていないが、シャティアは老人から漏れている僅かな魔力からすぐに賢者だと見抜いた。


 シャティアも賢者と会った事は生前の魔女だった頃に数回しか無い、同じく魔導を極める者である為、賢者と魔女はそこまで仲が悪く無い。魔女のシャティアからすれば何故同じ様な存在なのに賢者は人間から敵視されないのか、という不満もあったが、それは言っても仕方ないと何処か諦めていた。

 そして村長の家から追い出された後、シャティアは何とか賢者と会えないだろうかと考えた。あらゆる魔法を知りたいシャティアにとって賢者が使う古代魔法は何よりも興味があったのだ。


 狙うなら皆が寝静まった夜が良いだろうと考え、シャティアは早めにベッドで眠りに付いた。そして夜中になって部屋から抜け出すと、浮遊魔法で窓から出て村長の家へと向かった。玄関では無く魔法で窓を開け、中へと侵入する。するとそこにはフードを外し、優しい顔をした賢者の老人がシャティアを出迎えた。


「む、我の存在に気付いていたのか?」

「よくぞ参ったな。逸脱の者よ」


 警戒心を高めていたシャティアは少し驚いた素振りを見せたが、賢者の老人は優しく微笑んでシャティアに手招きした。どうやら敵意はなさそうだと判断し、シャティアは言われた通りに座布団の上に腰を降ろす。


「逸脱、か。中々言い得て妙だな」

「お主のような人の身でありながら規格外の魔力を持つ者をそう呼ばずとして何と呼ぶ?まぁ、儂も他人の事は言えんが」


 そう言って賢者の老人は二つの木のコップを取り出した。そこには何も入っていないが、老人が杖を持って何やら呪文を唱えるとあっという間にそのコップには温かいお茶が現れた。シャティアはその魔法に驚いて目を見開く。取り出すのならともかく、お茶を作り出すなどの魔法は初めて見たのだ。

 シャティアは渡されたコップを注意深く観察しながらお茶を飲んだ。殆ど味は分からなかった。


「して……お主は何者じゃ?いや、その魂は何者に染まっておるのだ?」

「ククク、流石は賢者だな。そこまで言い当てるか。が、残念。我は臆病者なんでな。わざわざ名乗る程優しくは無い」


 別に名乗っても問題は無いのだが、念の為シャティアは自分が魔女だとは明かさなかった。一応この世界では村の少女シャティアとして生きている為、自分の正体が漏れるような事はしたくない。知られれば人間達からまた嫌われるかも知れないからだ。

 そう言われたが賢者の老人は別に気にした様子は見せず、相変わらず優しい顔をしたままふぉふぉと笑みを零した。


「そうか。まぁ構わんさ……一応儂は名乗っておこう。村の者達には言っていないが、賢者のヴェザールじゃ。くれぐれも秘密で頼むぞ」


 賢者ヴェザールはくれぐれも秘密でな、と釘を差しながらシャティアにそう名乗った。どうやら彼もまた他の人にはあまり自身が賢者だと知られたく無いらしい。モフィーに教えてしまったがまぁ大丈夫だろうとシャティアは考え、顔を頷かせた。


「そんな賢者様が何故この辺境の村に来たんだ?」


 出されたお茶を飲みきり、肩に垂れた自身の髪を弄りながらシャティアはそう尋ねた。

 賢者はあまり人前には姿を現さない。中には自身の正体を隠して人混みに溶け込む事もある。そんな神秘的な存在の賢者がこんなただの村にやって来たのがシャティアは疑問だった。

 ヴェザールは半分まで飲んだお茶のコップを揺らしながら、片手で杖を持ったままポツリポツリと語り始めた。


「予言に導かれて此処まで来たのじゃ……北の渓谷の方で何やら禍々しい気が流れているようでな」


 ヴェザールの言葉を聞いてシャティアはああそれか、と興味無さげに頭の後ろで腕を組んだ。バルバサならもう騎士が連れて行ってしまった。もしも禍々しい気がバルバサの事なら、もう事件は解決してしまっている。だが、ヴェザールは更に言葉を続けた。


「だがそれだけでは無い。北の渓谷はまだ始まりに過ぎぬ……近い内に、再び歴史が揺れ動くのじゃ」

「ほぅ?」


 予言に続きがある事にシャティアは驚き、少しだけ興味のある素振りを見せた。身体を起こして顔をヴェザールの方に近づけ、言葉を漏らさないようにしっかりと耳を傾ける。


「つまり、どういう事だ?」

「予言も絶対とは言い切れん……だが【七人の魔女】が居なくなった今の世の中は混沌に満ちておる。いずれ世界が再び戦渦に包まれるであろう」


 ヴェザール曰く、近い内にまた戦争が起こるとの事だった。魔族と人間の領土を掛けた争い、異種族同士の揉め事、竜達の目覚め。再び混沌が巻き起こるのだ。かつては七人の魔女もまたその混乱の内の一つだった。だが今はもう無い。シャティアはまた世の中が荒れ狂うのかと思うと争いは無くならないのだなと何処か悲しげに瞳を揺らした。


「クク、人間は争いを止めぬし、魔族もプライドが高い。異種族も他の者を見下し、いずれ竜も目覚める……無くならないものだな、争いとは」

「左様。だがそれは仕方の無い事じゃ。儂等はただ、少しでも悲しむ者が少なくなる事を願うのみ……」


 シャティアの言葉にヴェザールは同調し、杖を持って軽く振った。すると杖からパチリと光の球が弾け、部屋の中に小さな無数の光の球が灯った。シャティアの周りにもそれは浮いており、ちょこんと触れるとそれは弾けて消えてしまった。


「魔導は人を惑わす。大いなる力で足下は見えなくなり、心を曇らせる……悲しき事よ」


 杖をトンと床に叩き、ヴェザールは灯っていた光の球を消してしまった。明かりが消える間際に、シャティアはヴェザールがとても悲しそうな表情をしているのが見えた。髭で隠れていたが、確かに彼の優しい顔が悲しみで染まっているのが見えたのだ。


「お主はそれだけの魔力を持ちながら何を望む?富か?力か?はたまた金か?」

「……我か?」


 おもむろにヴェザールはそんな事をシャティアに問うた。シャティアは持っていたコップを床に置き、手を強く握り締める。そして僅かに微笑むと力強く返答した。


「我が望みは終わり無き魔導の探求だ。この世の全ての魔術を極め、知り尽くし、そして味わう。ただそれだけよ」


 両腕を広げながらシャティアは堂々とそう言い放った。

 その瞳は少女のようにキラキラと輝いている。否、元々シャティアは少女である。だがヴェザールはその姿が一瞬銀色の長い髪を垂らした大人の女性に映った。強大な魔力を持ち、それはまるで山のように大きな存在感を放つ。そんな届かぬ存在に映った。そしてヴェザールはハッとなり、正気に戻って目の前の少女の事を見つめる。


「ふぉふぉ、それはまた随分と強欲な者じゃな」

「ああ、我は強欲だ。一度の人生だけでは物足りないと思う程欲深き者よ」


 実際シャティアは窮地に立たされたと言え転生して第二の人生を得た。それはこの世の理を曲げるような事であるが、恐らくそのまま魔女の寿命で死にそうになったとしてもシャティアは自分は同じ事をしただろうと考えた。少なくとも自分が満足するまで魔導を探求出来ぬ限り、彼女は死ぬつもりは無かった。


「……さて、ではそろそろ我は帰らせてもらう。中々面白かったぞ、お前との会話は」


 それからまたしばらく語り合った後、シャティアはそろそろ日が昇る時間だと悟り、母親が起きる前に家へ戻る事にした。座布団から立ち上がり、ヴェザールに手を振って窓へと向かう。


「うむ、儂も久方ぶりに楽しい会話が出来た。出来る事なら、また何処かでお主とは相まみえたいの」

「その次が来るまで、お互いが生きていればな」


 ヴェザールも笑顔で手を振って名残惜しそうにそう言った。シャティアも笑みを零してそう言葉を返す。

 最も、賢者は魔導を極めているが故に長寿であり、シャティアもまだ子供の為すぐに死ぬような事は無い。もしかしたら会う事もあるだろう。そんな事を思いながらシャティアは窓から飛び出し、浮遊魔法で家へと戻って行った。その背を見送りながら、ヴェザールは窓をゆっくりと閉めて言葉を漏らす。


「……不思議な子じゃった。あんな幼い見た目をしておるのに、まるで儂よりも年を積み重ねた風格を持っておったな」


 会った時から珍しい喋り方をしているとヴェザールは思っていたが、シャティアと会話する事で彼女が本当にそれが素の喋り方なのだと体感した。そしてその雰囲気や物腰は明らかにヴェザールよりも歳上のあり方であり、彼女が普通の少女では無い事をより感じさせた。


 ヴェザールは考える。果たして今夜自分の元に舞い降りた少女は何者だったのか?もしかしたら精霊が使わせた魔力で出来た生き物なのでは?はたまた精霊の子供か?もしや同じ賢者か?答えは分からない。だが、ヴェザールはあの少女の事をきっと死ぬまで忘れないだろうと思った。


「そう言えば予言の続きがあったの……地が赤く染まり、空から色が消えた時、【七人の魔女】が再び集う……と」


 ヴェザールはまだ誰にも言っていない、自分だけが知っている予言の続きを呟いた。

 予言では世界が再び混沌の渦の中に巻き込まれるとある。だが実はその続きには死んだ魔女達が再び集まるという恐ろしい内容が残されていた。これが知られれば戦争になる前に混乱が広まると考慮し、ヴェザールはその予言だけは広めなかった。だが、果たして死んだはずの魔女達がどうやって再び蘇るのか?復活の儀式か?はたまた転生魔法か?もしもそのような魔法を使ったというのなら、もしかしたら魔女達は既にこの世界で子供の姿で生き延びているという事なのだろうか?ヴェザールはそう考える。


「まさか、な……」


 何故かヴェザールは先程のシャティアの事を思い浮かべてしまった。腰まで伸ばした美しい銀色の髪に、雪のように白い肌、何処かに飛んで行ってしまいそうにその身体は小さく、瞳はどこまでも見据えるように澄んでいる。そんな彼女から何故かヴェザールは魔女の気配を感じていた。だがすぐにそれは思い違いだろうと考え、小さくため息を吐いた後自身の髭を弄った。そして彼は残っていたお茶を飲み干すと、もう一眠りする為に寝床へと横になった。



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