47話:あの時の言葉は
「頭……右腕……骨、はやられていないか……腹は、修復に時間が掛かりそうだな」
人々の悲鳴が聞こえる中、シャティアは途切れそうな意識を何とか保ちながら冷静に自身の状態を確認した。損傷は酷い。貫かれた身体からは止まらず血が流れ落ちている。それでもシャティアがまだ意識を保っていられるのはギリギリの所で治癒魔法を発動していたからであった。だがシャティアの治癒魔法はエメラルドのように驚異的な回復力は持っていない。あくまでも止血し、それ以上の損傷を防ぐ為の物であった。
「き、君! 大丈夫かい?すぐに治療を……」
「問題無い。今見た事は全て忘れ、そして安全な所へ行け」
駆け寄って来た男性を見てシャティアは起き上がり、そう言うと指を突き付けた。途端に焦っていた男は冷静な顔になり、まるで何事も無かったかのように去って行った。周りに群がっていた人達も途端に騒ぐのを止め、それぞれ戻って行く。シャティアはふと上空を見上げた。そこにはもう黒い霧は無い。
「……流石にもう居ないか。追いかけても無駄だろうな……エメラルドの方に行かなければ」
傷の具合を確認しながらシャティアは立ち上がり、そう思考を切り替える。
先程、突然エメラルドの魔力が消失するのを感じ取った。死んだかどうかは分からないが、それでも魔力を感じられなくなる程弱っているのは確かであった。戦闘中の時は結果的に隙を突かれたとは言え平静を保っていたが、心配である事は事実。シャティアは鈍い身体を何とか動かし、腕を抑えながら歩き出した。だがその時、彼女の前に一人の男が現れた。
「……誰だ?お前は」
「はぁ……はぁ……君が、シャティアという子か?」
銀色の髪に騎士の恰好をした男。そんな彼は既にボロボロで、背中にはシャティアがよく知る人物を背負っていた。エメラルドだ。
「私の名はコーサル、聖騎士団の団長だ……この子から君の事を聞いた。君なら、事件の真相を知っていると……」
コーサルは今にも力尽きそうな表情をしながらそう告げた。それを聞いてシャティアも察し、事態が自分が想像しているよりもかなり深刻である事を悟る。街に静寂が訪れる。一つの戦いが終わり、次なる戦いが始まろうとしている。
ひとまずシャティア達はその場から立ち去る事にした。怪我も酷い為、治療出来る場所に行かなければならない。当然ロレイドの屋敷だった。重症のエメラルドの治療をしながらシャティアはコーサルと情報を交換する。
「何故信じた?この子が真実を言っていると」
「私はその子に助けられた。だから信じただけだ……それに騎士団は殆ど壊滅状態だからな。怪物を仕留める為にも助けが欲しかったんだ」
「ふむ……なるほどな」
コーサルの理由を聞いて合点がいったようにシャティアは頷き、エメラルドの額に包帯を巻いた。元々エメラルド自身が治癒魔法を発動していた為、傷は中途半端であるが回復していた。それならば後は外から魔力を送ってやれば良い。エメラルドの治療を終えた後、シャティアは自分の傷を確認する。エメラルドの治癒魔法に期待出来ない以上、完全回復は見込めなかった。
「ならば一つ言っておこう。お前達が見たのは恐らく怪物では無い。呪いによって姿を変えられた者だ」
「……なに?」
冷静な表情をしたままシャティアは恐ろしい言葉を発した。
あの街を破壊した怪物がただの怪物では無く、呪いで姿を変えられた何か。コーサルはその事に驚きよりも恐怖を感じた。仮にそれが本当だったとしたら、何故そんな事が起こったのか?コーサルは何もかもが分からず、混乱したように首を横に振るう。
「この子に怪物と戦ってもらっている間、我は怪物を操っていた黒幕らしき者と戦っていた……結果は隙を突かれてこの様だがな」
自身の怪我を包帯で巻きながら自嘲気味に笑ってシャティアはそう言う。その少女らしからぬ姿にコーサルは違和感を覚えていたが。エメラルドが現れた時から彼女達が普通の人間では無いという事は分かっていた為、今更驚きはしなかった。
「我はその黒幕の人物に心当たりがある。そして怪物もな……我の推測が正しければ、これはその黒幕が行った悪戯という訳だ」
「悪戯……だと?あんな怪物を作り出し、街を破壊したのが悪戯だと言うのか!?」
「その通りだ。あいつからすればな」
シャティアは悲しそうな表情を浮かべながらそう言う。彼女は黒い霧の戦闘の時、最後に霧の本体の声を聞いた。その時は意識が朧気で上手く聞き取れなかったが、今なら薄々とあの時の声が誰の者か分かって来ていた。そしてこの事件のからくりにも気が付き始めたのだ。
「我は怪物を捕まえ、黒幕も捉える……まずは怪物を探さんと」
「だ、だったら私にも手伝わせてくれ! 騎士としてただ見てるだけなんて事は出来ない!」
「無茶をするな。お前だって怪我をしている。わざわざ我に付いて来る必要も無いだろう。王国の兵士を使えば良い」
責任感が強いのかコーサルは自ら手伝いを申し出て来た。だがシャティアはその提案を跳ね除け、コーサルを拒絶してしまう。だがコーサルはすぐに納得しようとはせず、シャティアにしがみつくようにお願いした。時々こういう真面目な人間が居る。シャティアは面倒くため息を付き、髪を掻いた。
「……仕方ないな。だったら少し準備してもらいたい物がある。人が居ない場所と、幾つかの材料だ」
「わ、分かった! 任せてくれ。すぐに用意する」
根負けしたシャティアは嬉しそうに頭を下げてコーサルはお礼を言った。シャティアはとりあえず紙を取り出すとそこに必要な材料を書き出し、コーサルに手渡した。コーサルはそれを持って頷くと駆け足で屋敷から出て行った。閉められた扉を見つめながら、シャティアはもう一度静かにため息を吐く。
「やれやれ……大陸中の人間が彼のような優しい心を持っていれば、良いのだが……」
疲れたように、少し青い表情をしながらシャティアはそう言葉を零す。その額からは熱くも無いのに汗が流れ出ていた。シャティアはフラフラとその場を歩きながらソファに倒れ込み、自身の腕を強く抑える。
「ぐっ……く……思った以上に、やられたな」
巻いていた包帯を一度解くと、シャティアの右腕は真っ黒に染まっていた。まるで崩壊するようにシャティアの黒く染まった腕はボロボロと肉が崩れて来ており、明らかに通常の負傷とは違った。あの時、シャティアは一瞬黒い霧を腕に喰らってしまった。その時はまだ大した影響は無かったが、今になって突然変化が起き始めた。恐らくこれは呪いの類。そのせいで治癒魔法でも回復させる事が出来ない。シャティアは身体の内側から来る痛みに必死に耐えながら顔をソファに埋めた。シャティアの意識はそのまま暗い闇の中へと落ちて行く。
シャティアの意識は過去へと飛んでいた。過去の夢、まだ叡智の魔女シャティファールとして生きていた頃の話。シャティアは丘の上で一人の少女と並んで立っていた。彼女の顔は黒い霧のような物で隠れて見る事が出来ない。だがシャティアは彼女の事をよく知っていた。
「まーた人間達が領地拡大してるっすよシャティファール。良いんすかぁ?このままにして置いて」
「仕方無いだろう……我々魔女が人間の行いに干渉する事は禁じられている。自然に任せるしか無い」
「は~……まーたその掟っすか。アタシ等からすればなんのこっちゃって話っすねぇ」
遠くの平原の方で人間達の軍隊を眺めながら隣の魔女はそう言う。しかし大昔魔女の一族として生きて来たシャティアはそれを見ても何の行動もしようとはせず、ただ掟に従って黙って流れに身を任せるという選択をした。その事に隣の魔女は不満そうな声を上げる。
「我はお前達よりも大分歳を取っているからな……ひねくれているんだよ、頭が」
「うわ、それを自分で言っちゃうんすか。そういう所が本当にひねくれてるっすよね~シャティファールは」
台代わりにしてた岩から飛び降り、頭をトントンと指で叩きながらシャティアはそう言う。もう一人の魔女は表情は見えないが大層引いたように口元に手を当ててげげっと声を上げた。それを見てシャティアは苦笑し、やれやれと首を横に振るう。
「ねー、シャティファール。アタシ等魔女が怖がられてるのって昔一族の何人かが人間と遭遇して戦闘になったからっすよね?」
歩いている途中、ふと思い出したかのようにもう一人の魔女がそう尋ねた。シャティアは突然どうしたと言わんばかりに表情を歪めたが、子供の疑問はきちんと返して上げなければならない。面倒くささを覚えながらもシャティアは丁寧に返答した。
「ああそうだ。未知の大陸を人間が探索している際、そこを縄張りにしていた魔女達と運悪く出会ってしまったんだ。しかも魔法の実験をしている時にな……結果魔女を恐れた人間達と激しい戦闘になった……忘れられない出来事だ」
シャティアは辛そうな表情を浮かべながら答えた。これはシャティアが育てている魔女達が生まれるよりもずっと前に起きた事。まだ一族として魔女が存在していた頃の話であった。この事件を切っ掛けに魔女は人間達に知られるようになり、そして恐れられるようになった。人間達は更に侵攻を進め、魔女達の縄張りを奪うようになったのだ。だからこそ、魔女はこれ以上数が減らないように極力外界との接触を減らそうとしたのだ。
ふともう一人の魔女は何かを考えるように口元に手を当て、うんうんと唸っていた。一体何をしているのだ?とシャティアは目を細めながら彼女の事を見つめる。
「んー……って事は後面倒なのはリザードマンくらいっすよね?魔族達は出来るだけアタシ等に関わらないようにしているし、シャティファールとも交流あるし」
「……さっきから何を言っているんだ?お前は」
「いやいや、ちょっと思ったんすよ」
先程から妙な言葉かり言う魔女にシャティアは疑問の表情を浮かべる。先程から彼女は一体何が言いたいのだろうか?どうして変な事ばかり質問するのだろうか?その疑問に答えるかのように、彼女は真っ黒に染まっている状態でも分かる程顔を引きつらせて笑みを作った。
「人間を絶滅させたら、アタシ等魔女は平和に暮らせるのかなって」




