37話:作戦会議
「どれ、その心……覗かせてもらうとするか」
リザードマンを倒した後、シャティアは彼を木々が密集した所まで運びそこで調べを行う事にした。シャティアは読心魔法を習得している。その言葉の意味通り心を読む魔法だ。ただその魔法は対象の全てを読み取る事が出来るという訳では無く、断片的に対象の心情を同じように味わう事が出来るという物であった。あまり利用性は無い魔法ではあるが、言語が違う相手でも使えるという利点がある為、このような場合ではうってつけの魔法であった。
「開け」
詠唱と共にシャティアは読心魔法を発動させる。片手をリザードマンの額に当て、そこから魔法陣が出現する。そして感覚を共有する事によってシャティアはリザードマンの心を読み取った。
シャティアの頭の中に様々な情報が入って来る。赤黒い景色に絶え間なく砂嵐が巻き起こり、そこにリザードマン達が歩いていた。彼らは何かを求めている。その思いは強く、例え自身の命を捨てても果たしたいと思っている。そして彼らの前に巨大な黒い影が現れた。大きな翼に、巨大な腕、鋭く伸びている爪、その姿はまるで竜のようであった。
竜は黒い影に覆われてその全貌はよく分からない。だがシャティアには見覚えがあった。邪悪で、闇の化身とさえ呼ばれていた存在。かつて大地を炎で覆いつくした怪物。古の竜。
読心が終わり、シャティアは魔法を解除する。そして疲れたように額から汗を垂らし、重苦しい表情をして髪を弄った。
「……なるほど」
ある程度予想は出来ていたが、確信を得た事によってシャティアの気は重くなった。身体を起こし、気分を紛らわせるように服を整えながらシャティアは情報を整理する。
「目的は竜の復活か。主の目覚めまで待てないのか?やれやれ短気な連中だ……」
リザードマンの目的は自身達の創造主である竜の復活。竜の復活は元々予定されている事であるが、どうやらリザードマンはその時期よりも早く復活を望んでいるようだ。そう推測し、困った話だとシャティアは首を振って額に手を当てる。
恐らく彼は儀式に魔族達を使うつもりなのだろう。それも古典的な儀式で、ただ生贄として捧げる為だけに魔族達を攫ったのだ。それが竜の目覚めに必要な事なのか、はたまたそれで本当に復活するのかどうかは分からないが、それでも何かの拍子で竜が目覚めれば大変な事になる。情報を纏めた後、シャティアは眉間にしわを寄せてため息を吐いた。
「何にせよ止めなければならないな」
シャティアはこの野望は阻止しなければならない物と判断した。竜が目覚めてしまったら多くの自然が破壊される事となる。それだけは彼女にとって食い止めたい事であった。シャティアはリザードマン達が行進している方向に顔を向け、後を追う準備を始める。すると丁度その時、前方の草むらが揺れて足音が聞こえてきた。同時に魔力の反応も感じ取り、シャティアは何者かが迫って来ている事に気が付いた。
「……誰か近づいて来る?」
反応からして人数は二人。しかもリザードマンでは無い。片方は膨大な魔力を持ち、もう片方は僅かながらの魔力した持たない何とも異質な雰囲気だった。
しかもその反応もまた妙で、膨大な魔力を持っている方は何か蓋でもされているかのように蠢いており、そして僅かな魔力しか持たぬ方も乱れがあった。何とも捉えずらい魔力の反応にシャティアは釈然としない表情をし、首を傾げる。そして警戒心を高めていつでも魔法を発動出来るように手を上げて身構えた。
草むらが大きく揺れ、そこから二人の人物が現れる。その二人を見てシャティアは驚愕の表情を浮かべた。何故なら二人とも自身がよく知る人物であったからだ。
「この馬鹿勇者! ほんとあんたは役立たずよね! アホ! 間抜け! 愚図!!」
「うぅ……ご、ごめん。ごめんなさい」
片方はシャティアもその怒る姿をよく見た相手、双子の魔女の片割れであるリリであった。相変わらず真っ赤な髪を横で結わき、黒と白の装飾が施された服を着た可愛らしい女の子。魔女だった頃はシャティアもよく可愛がったものだった。
そしてもう一人は忘れる事の出来ぬ相手、自身を殺した男であるあの勇者であった。シャティアが会った時よりも顔つきが少しだけ大人っぽくなり、若干目などが腫れている様子がある。雰囲気も何処か寂しげであった。
「リリ……勇者……?」
思わずシャティアは魔法を発動させる為に上げたままそう言葉を零した。それを聞いてリリと勇者も目の前に女の子が居る事に気が付き、驚いたように脚を止めた。そして最初はその女の子が何者なのか分からず、どうしてこんな所に女の子が居るのか?と不思議そうな表情をしていた。だが次第にリリはシャティアから感じられる魔力がシャティファールの物だと気が付き、指先を震わせ始めた。
「え……嘘……シャティファール?」
姿形は全く違う。だがその内なる魔力の反応でリリは目の前に居る女の子がシャティファールだと気が付けた。隣で眺めていた勇者も段々と気が付き始め、急に冷や汗を搔き始めた。
「いやいやいや、嘘でしょ?……だって私より身長低くなってるし、いくら幻覚魔法でもシャティファールがこんなちんちくりんに変装する訳無いし」
「ちんちくりんで悪かったな。クロークと同じく相変わらず口が悪いようで何よりだ、リリ」
リリはあまりにも衝撃的な事だったからか信じられないと首を横に振り、最初はそれを認めなかった。だがシャティアがそれを察したように嘲笑い、魔女で無ければ知らぬ話をした事によってシャティアがシャティファールである事を証明した。リリはいよいよ目に涙を浮かべ、我慢出来なそうに声を漏らした。
リリは涙を流しながらシャティアに駆け寄った。今の姿のシャティアではリリの方が身長が高いが彼女は気にしなかった。駆け寄って来るリリを受け止め、シャティアは背筋を伸ばしてその頭を優しく撫でる。
その姿は普段の攻撃的なリリからはとても想像出来ない程子供っぽく、後ろで見ていた勇者も呆然としていた顔をしていた。
やがてリリは泣き止み、鼻を啜りながらシャティアから離れた。シャティアは乱れた服装を整えながら優しく微笑み、そして次はお前の番だと言わんばかりに勇者の方に顔を向けた。
「久しぶりだな……勇者。その様子だと我の言葉を信じてくれたようだ」
「……シャティファール」
勇者もシャティアがシャティファールだと確信し、何かを諦めたかのように肩を落とした。そんな様子を見せる勇者にシャティアは安心させるように笑い掛ける。
「それで、どうして二人は一緒に行動しているんだ?というかミミはどうした?リリ」
手を叩けない代わりに指をパチリと鳴らしてシャティアは本題へと変わる。
疑問はたくさんあった。勇者と魔女である二人が一緒に行動している事、必ずリリにくっ付いているはずのミミが居ない事、そして二人の魔力の反応がおかしい事。一つ一つを確かめる為、シャティアは岩の上に腰を下ろした。
「そ、それは……」
「ぜーんぶこの無能勇者のせいよ、シャティファール。こいつ、私達を狩った罪悪感のせいで力を上手く使えなくなってるの」
シャティアの質問を聞いて尋ねられてもいないのに勇者はバツの悪そうな顔をし、それを狙ったかのようにリリが攻め始めた。何処か手慣れたその様子にシャティアは二人が長い間行動を共にしているという事にすぐ気が付く。
リリは勇者の方へと近づき、ぽんとそのお腹を殴った。子供の腕力の為そこまで痛くは無いが、勇者は辛そうにうめき声を上げた。
「力が上手く使えない?」
「勇者としての力も、魔法も、剣も、全部中途半端になっちゃてるの。聞いた事ある?心の問題で満足に力が使えなくなるなんて」
「ほぅ……それはまた随分と興味深い」
リリの返答を聞いてシャティアは興味ありげに頷き、顎にそっと手を添えた。
曰く、勇者は最初の内は普通に魔法を使えていたらしい。旅の途中で魔物に襲われた際も十分退けていたようだ。だが悪夢で悩まされるようになってから、彼は徐々に力が扱えなくなっていった。最初は魔法がちゃんと発動しなくなり、次の勇者としての力。自身の得意である剣術も満足に使えなくなっていったらしい。
「おかげで私とミミが掛けられた封印も完全に解けなくて、魔女の力を使えないのよ」
「ははぁ……なるほど、だから魔力の反応がおかしかったのか」
シャティアは二人から感じられる妙な魔力の原因が分かり、納得行ったように頷いた。同時に勇者が心の問題で力が付けないという理由が知りたくなり、その詳細を知りたいと思った。だが今は他にやるべき事がある為、その言葉を飲み込んで話を続けた。
「俺達はリザードマンの調査を行ってたんだ。だけどその途中、リザードマンの兵士達に見つかって、戦闘になった……そのせいでミミちゃんが」
「ちゃん付けするな!!」
説明役を代わり、勇者がポツリポツリと言葉を述べ始めた。だが勇者がミミの話をしようとした所でリリが割って入り、ちゃん付けをするなという横暴な事を言いながら勇者の脚を蹴った。当たり所が悪かったのか、勇者は脚を抑えてうめき声を上げる。
「生贄として連れ去られた……という訳か」
「うっかりしてたわ。まさか私達の方が狙われるなんて……く~、たかがトカゲごときに」
説明の続きを察し、シャティアが顎に添えていた手を下ろして何かを考え込むように瞳を揺らした。リリはまだ不満げに地面を蹴りながら愚痴を呟いていた。
ひとまず事情を知る事は出来た。シャティアが意外だったのはリリが封印から解かれた後も勇者を生かしている事だった。単純に力が不完全だったからという理由もあるかも知れないが、行動を共にするくらいなのだから大分驚きだ。シャティアはリリのその態度に少しだけ感心し、小さく口笛を吹いた。
「さて、これからどうするか……」
シャティアは一度岩から降り、思考の海の中に溶け込むように頭を捻った。
とりあえず今の目的は連れ去られたミミを取り返す事。そしてリザードマン達の野望を食い止める事。ミミは生贄として連れ去られた為、危害の心配は無いであろう。それでもなるべく早く助けるに越した事は無い。ただし問題はリザードマン達の群れ。一匹ずつならシャティアでも十分対処出来る。
「……む?ああ、しまった……」
ふとシャティアは後ろの方から微弱な気配を感じ取る。そしてその正体が何なのかを察し、何が起きたのかを理解すると悔やむように眉を寄せて自身の頬を叩いた。シャティアは慌てて走り出し、木々の隙間を抜ける。突然走り出したシャティアに驚き、リリと勇者もその後を追った。
「ちょっと……どうしたのよ?シャティファール」
リリに声を掛けられながらもシャティアは振り返らず、目的の場所に付くと周囲を見渡した。案の定、そこには目標の姿が無い。代わりに地面にはリザードマンの足跡である巨大なへこみが出来ており、シャティアは小さく舌打ちを零した。
「まさかもう目が覚めるとはな……少し侮ってたか」
「この足跡……まさかリザードマン!? シャティファール、もしかしてあんたリザードマンを捕まえてたの?」
別に捕まえていた訳では無い、と訂正しながらシャティアは地面に手を当てて気配を探る。だがやはりと言うべきか僅かな魔力しか持たぬリザードマンの気配は探れず、シャティアは垂れた前髪を掻き上げてため息を吐いた。
疾風のリザードマンに逃げられたのはかなりの痛手だった。奴は敵を倒す事よりも味方への報告を優先し、この場から逃げ出したのだ。まさかリザードマンがそこまでの判断を下せるとは思っていなかった為、シャティアは完全に計算違いだったと悔やんだ。
「すまんな二人とも。これで完全に敵に我々の存在が知られる事となってしまった」
「……どうすんのよ?別にシャティファールだったらあいつ等くらい余裕で倒せるでしょ?」
「随分と我の事を買い被ってくれているな。ふむ、さて……」
シャティアは二人に背を向けたまま顎に手を添え、考え込むように唸った。
敵に自分達の存在は知られた。そうなるとリザードマン達はより一層警戒して進むようになるだろう。そうなった場合、戦闘の際はかなり攻撃的になり、より苦戦が強いられる事となるだろう。いくらシャティアと言えと狂暴なリザードマン達を多数相手にするのは疲労が激しい。シャティアはもっとシンプルで一網打尽にする事が出来る手を考えた。
「……一応、手はある。勇者、お前にも協力してもらうぞ」
考えを纏めた後、手を下ろして勇者の方を見ながらシャティアはそう言った。勇者は自身に声を掛けられた事が意外そうに目を見開き、戸惑ったように身じろぎした。




