36話:疾風の竜人
リザードマン。それはかつて大地を無限の炎で包んだと言う竜を崇める異種族。
リザードマンは始まりの竜によって生み出され、竜を自身達の神だと信じている。その信仰心は強く、揺るぎないが故に別の神や神聖な物を忌み嫌う。中でも、異質な存在として知られる魔女は彼らにとっても最も嫌悪すべき存在であり、一度は衝突した歴史があった。
赤竜族と呼ばれる赤い鱗が特徴のリザードマン達は隊列を組みながら獣の山の中を歩いていた。彼らは私語もせず、ただ黙って前を向いて歩き続ける。その行進はさながら軍隊のようであった。
そんなリザードマンの群れの中には一匹だけやたらと身体の大きいリザードマンが居た。硬い鱗で覆われている身体を更に鱗のように整えられた鎧で身を纏い、額に切り傷があるリザードマン。彼はこの群れの長であった。リザードマンの長は時折仲間達に声を掛けながら行進を促すように唸り声を上げる。それを聞くと周りのリザードマン達は脚を速めた。
「グゴルルルル!」
リザードマンの長は長い舌を出しながら声を上げる。そして顔を列の後ろの方へと向けた。そこには鎖に繋がれた魔族の者達が無理やり歩かされており、リザードマン達によって拘束されていた。魔族達はいずれも女や子供の為、抵抗する事すらろくに出来ず、辛そうな顔をしながら静かに脚を動かしていた。リザードマンはそれを見て満足そうに唸り声をあげ、腕を掲げて行進を促す。
「グゴォォァアアア!!」
リザードマンの長が雄たけびを上げると周りのリザードマン達もそれに呼応した。まるで喜びを表現するかのように腕を掲げ、歩みを速めて行く。彼らは何かに引き寄せられるかのように山の奥の方へと進んで行った。その歩みには迷いは無く、臆する事を知らない。
その様子を崖の上で眺めていたシャティアはふむと声を漏らし、小首を傾げた。拘束されている魔族達に目線を映し、何かを考えるように顎に手を置く。
「ふむ……奴ら、魔族なんか捕まえて一体何をするつもりだ?」
シャティアはあれから数分間リザードマンの動向を探り、ある程度の情報を得る事は出来た。ひとまずは彼らが何処かへ目指している事、そして魔族の者達を捕まえて何かを仕出かすつもりだという二つが判明した。だがそれだけではいかんせん具体性に欠ける。出来る事ならもう少し詳しい情報がシャティアは欲しかった。
「恐らく儀式か何かをするつもり何だろうが……少しの魔力しか持たぬ奴らが儀式を出来るのか?いまいち目的がはっきりせん」
何やら怪しげな道具等を運んでいる為、シャティアはリザードマンが儀式を行うつもりなのだと当たりを付けていた。だが少なくとも儀式には一定量の魔力が必要のはず。微量の魔力しか持たないリザードマンは儀式には不向きだ。という事は魔族達に儀式をさせるつもりだろうか?と予測も出来るのだが、異種族を嫌う彼らが魔族の力を利用しようとするだろうか?その辺りの不明瞭な部分もある為、シャティアはまだ答えを出せずに居た。軽く唇を噛み、どう出るべきかとシャティアは思考する。
「……ん?」
ふとシャティアは周囲の毒々しい草木が揺れるのに気が付く。頭上の枝から紫色の葉が舞い降り、それがシャティアの顔の真横を通り過ぎて行った。その直後、シャティアに向かって疾風が放たれた。小さな竜巻のようなそれはまるで飲み込むかのような轟音を立て、草木を飛び散らせる。シャティアはその疾風を寸での所で回避し、攻撃を仕掛けてきた者の方へと目を向けた。
「いきなり攻撃して来るとは感心せんな……何者だ?」
「グギュルル……」
それはリザードマンにしては随分と風変わりな恰好をした人物だった。頭に羽根つき帽子を被り、赤いマントを羽織った細身なリザードマン。顔つきも他のに比べるとシャープで、赤竜族には珍しい体系をしている。そんな彼の手には長い槍が握られており、その先は竜の牙のように研ぎ澄まされていた。
「おっと、まずは我から名乗らんとな。我が名はシャティア。ただの村人だ」
名を尋ねるならまずは自分から名乗らなければ、と思い直したシャティアは謝罪を込めて頭を下げ、そう語り掛けた。だが言葉が通じているのかどうかは分からないがリザードマンは小さく唸り声を上げるだけで返事らしい返事を聞く事は敵わなかった。シャティアは残念そうに肩を竦める。そして突如リザードマンは地面を蹴り、その場から勢い良く跳躍した。
突風が巻き起こる。リザードマンが持つ力なのか、それとも所持している槍の何らかの能力なのか、リザードマンは風に乗りながら宙を舞い、シャティアに襲い掛かった。すかさずシャティアは魔法の盾を作り出す。しかしその盾はリザードマンが振り抜いた槍によっていとも簡単に破壊され、シャティアは若干後ろへと吹き飛ばされる。
「お……おぉ……流石はリザードマンだな。恐ろしい腕力だ」
よろけながらも体勢を立て直し、シャティアは面白がるように口元を引き攣らせながらそう言う。
流石は竜の血を引くだけあってその力は凄まじい。魔力を込めた盾すら槍で破壊してしまうのだから、その一撃を生身で喰らえば一たまりも無いであろう。シャティアは改めてリザードマンがどれだけ恐ろしい存在かを認識しながらも、なお余裕の表情を崩さなかった。
「疾風のリザードマンか……面白い戦い方をする」
「グルゥァァアアアア!!」
リザードマンは帽子の隙間から見える瞳をギラつかせながら咆哮を上げ、シャティアに槍を振り下ろした。シャティアは浮遊魔法でいち早くその場から離脱し、攻撃を回避する。
「素早いな……だが我も速さになら自信があるぞ」
シャティアはそう言って片手を上げ、呪文を唱える。すると彼女の背後から幾つもの魔法陣が現れ、そこから荊が飛び出した。すぐさまリザードマンは地面を蹴って後方へと逃げるが、荊はなおも追い掛けて来る。ならばとリザードマンは両手で槍を構え、それを振り回すと向かって来た荊をバラバラに切り飛ばした。
「グルルル……ッ!!」
その迅速な対応にシャティアは感心したように口笛を吹く。一方、一連の動作を終えたリザードマンの方には焦りがあった。
実は彼はリザードマンの群れの兵士を束ねる隊長の役割を担っており、長から【疾風の騎士】の称号を授かる程の実力者であった。更に彼は辺りの索敵を任されているチームのリーダーも任されており、途中で連絡が取れなくなった仲間の異変から辺りに敵が潜伏している事をいち早く気が付き、見つけたシャティアにすぐさま牙を剥けたのだ。
最初、彼はシャティアを見つけてもただの子供か、と落胆した。だが子供と言えど自分達の事を見られたからには生かしておく訳にはいかない。何より彼女は異種族。それだけで排除するには十分な理由だった。そして彼は槍を振るい、突風でシャティアを殺そうとした。だがあろう事か目の前に居た子供は自身の一撃を避け、更には魔法を使っていた。途端に子供は危険な敵へと変わったのだ。
リザードマンはこの攻防の中で少しずつ理解して行った。シャティアと自分の力の差がもの凄く離れているという事に。自分は全力でやっているが、目の前の子供はちっとも本気を出していない。それ所かすぐに終えられる勝負を敢えて長引かせ、観察し、研究しようとする余裕すら持っている。実に恐ろしい事であった。リザードマンにはシャティアが子供の皮を被った化け物にしか見えなかった。
「ギュルルゥ……」
だがそれでも、彼は槍を下ろさない。例えどれだけ力の差があろうと、自分は長から隊長の座を授かった身。自分が敵を前にして引き下がるような事だけはあってはならなかった。故に彼はシャティアの実力を理解しつつも闘志を剝き出しにし、瞳を熱く燃やす。全身に力を入れ、神経を研ぎ澄まさせて槍を静かに構えた。
「グルルゥゥァアアアアアアアアアアア!!!」
そして地響きが起きそうな程巨大な咆哮を上げ、リザードマンは地面を蹴った。木を蹴り、枝を蹴り、その場を縦横無尽に跳び回る。自身が一番誇れる物は速さ。それを最大限利用した戦い方。例えどれだけ力の差があろうと、隙を突いてしまえば関係無い。彼はそのまま高速移動で跳び回りながらシャティアに近づいて行った。
「ほぉ……!」
その美しいとも言える動きにシャティアは目を輝かせる。この後に及んでもその表情からは余裕が消えない。リザードマンがどれだけの力を見せつけても、少しも物怖じしない。そして背後から飛び掛かって来たリザードマンに気が付くと、シャティアは後ろを振り向く事無く、背後に魔法の壁を作り出した。鈍い音が響き、リザードマンはうめき声を上げる。だが逆に魔法の壁を利用してそれを蹴り、その場から離脱すると再び高速移動を始めた。
「面白い……実に面白い」
動きが止められても逆に相手の魔法を利用しての離脱。その見事に対応振りにシャティアは動かない方の手の平を広げ、もう片方の手で叩いて拍手を送った。
シャティアは目の前の敵がそれだけの地位を担う者である事を認めた。そしてその敬意を込めて彼女は魔法の行使を始める。
「だがすまんな。我はお前の曲芸に付き合っている暇は無い」
目を細ませ、冷たくそう言いながらシャティアは魔法を発動した。彼女の背後から巨大な魔法陣が現れ、そこから巨大な化け物の腕が飛び出す。そしてその圧倒的な大きさを誇る腕はリザードマンの速さなど関係なく、そのまま腕を振り下ろす事によって彼の動きを無理やり止めさせた。轟音が鳴り響き、化け物の腕に押しつぶされたリザードマンはうめき声を上げて地面でピクピクと痙攣している。
「グゴッ……ガッ……!」
あり得ない。こんな事はあり得ない。リザードマンは心の中でそう訴える。
始まりの竜から生み出された自分がこのような小さな存在に追い込まれるなどあってはならない事であった。リザードマンこそが生物として頂点に立つ存在。決してそれを揺るがす存在などあってはならない。あってはならないのである。その吐き捨て、リザードマンは声を荒げて起き上がる。
「ルル……ガァァァァアア!!」
まだ手に持っていた槍を強く握りしめ、リザードマンは再び構えを取った。シャティアは巨大な腕を魔法陣の中に引っ込めながらそれを見て驚いたように口を開ける。
リザードマンは脚を前に突き出す。一歩。一歩。着実にシャティアへと近づく。そしてその槍を突き立てる為に、彼は腕に力を込め、腰を引く。だが、最早彼の意識は途切れていた。糸が切れたように脚は曲がり、リザードマンは白目を剥いてその場へと崩れ落ちた。それでも槍の先端はしっかりとシャティアの方へと向いており、彼の抵抗が最後まで残されていた。




