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元魔女は村人の少女に転生する  作者: チョコカレー
4部:混沌の魔国
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32話:叡智と探究



「魔女の国を作る……か。それがベルフェウスと手を組んだ理由か?」


 襲い掛かって来る黒蛇達をかいくぐりながらシャティアは余裕の態度でそう尋ねる。その呑気な態度にクロークは舌打ちをしながら構わず黒蛇達を出現させた。クロークにとって最も警戒すべきはシャティアの眠り歌。一度で魔力を空にさせるその能力は同じ魔女でも凄まじく恐ろしい。唯一の欠点は発動時に大きな隙が出来る事。その隙さえ潰してしまえば眠り歌の脅威は無くなる。故にクロークはシャティアの動きを止めないよう、黒蛇達を向かわせ続けた。


「あいつは世界を支配する事を望んでいた。なら利用しない手は無いだろう?全ての種族を従わせ、奴がこの世の支配者になった時、その隣に居るのは魔女だ。魔女が崇拝たる存在となるのさ」


 腕を払い、幾つもの黒蛇を向かわせながらクロークはそう告白する。自身の計画を、自身が思い浮かべた夢を語る。その姿は生き生きとしており、珍しく瞳を輝かせていた。まるで踊る様に、黒コートを翻してクロークは回る。それと同調するように黒蛇達も口を開き、シャティアへと襲い掛かった。


 向かって来た黒蛇達にシャティアは無数の魔力の槍を形成し、それを放った。黒蛇達は槍に貫かれ、壁へと打ち付けられるが途端に煙へと姿を変え、槍からすり抜けるとまた蛇の形へと戻ってシャティアへと襲い掛かって来た。


「なるほど……中々に面白い計画だな。相変わらず薄気味悪い事ばかり考えつく、お前は」

「お褒めに預かり光栄だよ。母上殿」


 素直に感心し、顔を頷かせながらシャティアはそう言った。しかしその態度がクロークにはお気に召さなかったらしく、わざとらしく頭を下げながらそう言うと再び黒蛇達をシャティアに襲わせた。

 今度は周囲から一気に。逃げ場が無くなったシャティアは臆する事無く辺りに魔力の盾を形成する。盾に激突し、黒蛇達は動きを止めるがすぐにまた煙へと姿を変えた。盾と盾の間を通り抜けてシャティアの方へと近づき、一部を蛇の顔に戻して牙を剥く。


「おっと」


 それに気付いたシャティアは指先から魔力の球を放って黒蛇を吹き飛ばした。煙になり、逃げるようにその煙は離れて行く。

 相変わらず厄介な魔法だ、とシャティアは口を曲げた。元々この魔法はシャティアが編み出した【咎の幻影】。ただしシャティアが編み出した咎の幻影はあくまで煙で相手の視野を遮ったり、煙を吸った者を眠らせたりとする不意打ち向きの魔法。しかしこの魔法を授けたクロークは独自でこの魔法を磨き上げ、黒蛇という形を取らせる事で攻撃も可能になり、更には蛇と煙の姿を使い分ける事で幅広い戦術を可能とした。加えて蛇に噛まれれば何らかの呪いの類いを掛けられる。全くもって面倒な魔法であった。


「その切っ掛けを与えたのが我だと言うのだから、皮肉な話しだな……」


 シャティアは悲しそうにそう呟き、黒蛇達の事を睨んだ。盾から離れた黒蛇達は一斉に煙へと変わり、シャティアの視野を遮る。そして次の瞬間煙の中から一匹の黒蛇がシャティアへと襲い掛かり、彼女の頬に傷を付けた。途端にシャティアは目眩を覚える。


「ちっ」


 シャティアは軽く舌打ちをし、傷ついた自身の頬に手を置いた。ほんの小さな傷ではあるがそれでも何からの呪いか何かを浴びた。恐らく毒の類い。意識が朦朧とし、視界がフラつく。恐らく即効性の高い毒だろう。そこまで殺傷力の高い毒では無い。獲物を動けなくさせる為だけの毒。それならばまだ問題は無い。シャティアは自身の頬を叩いて意識を覚醒させた。


 煙が晴れると数歩離れた先でクロークが立っていた。一度黒蛇達を引っ込み、自身の足下に控えさせる。蛇達は円を描きながらグルグルと回っていた。シャティアはそれを見つめ、静かに息を吐いた。


「なぁシャティア。あんただって思ってるはずだろう?人間は死すべき生き物だ。奴らはアタシ等を魔女というだけで迫害する」


 ゆっくりとシャティアに歩み寄りながら強く拳を握り締め、クロークはそう訴えかけた。その美しい顔を憎しみで歪ませ、瞳には復讐の炎を灯らせる。それはエメラルドの狂気のソレとは違い、静かな殺意だった。理性がある程のその殺意は恐ろしい物となる。クロークの殺意は正に凶悪であった。


「奴らが大陸に街を作る前からアタシ等は存在していた。森で静かに住み、動物や魔物と言葉を交わす……それだけだけの存在だった! なのに、奴らがそれを邪魔した」


 クロークの強い訴えいにシャティアはくじけそうになりながらしっかりと聞いていた。毒で頭が朦朧としながらも、一つ一つの言葉を頭の中に刻み込み、一言も聞き逃さない。シャティアは黙って耳を傾け続けた。


「何故あんたは人間達を庇う? それどころか人間の街を訪れ、つい最近まではそこで生活していた! 自分を殺した奴らなのに……何故そんな事が出来る?!」

「……我を殺したのは勇者とその背後に居る王宮の人間。それなのに一括りに人間を害悪と決めつけるのは違うのではないか?」

「うるせえッ!!」


 シャティアの反論にクロークは歯を剥き出しながら吠えた。一斉に黒蛇達が起きあがり、まるで波のように蠢きながらシャティアへと飛び掛かる。シャティアは手の平に精一杯に魔力を込め、一気に解き放った。眩い光が放たれ、黒蛇と光が激突する。強い爆風が巻き起こり、煙と光が飛び散った。


「別に人間を庇っている訳では無い……我にとって人間も魔族も等しく尊い生き物。我はただ誰かが死ぬのを見たく無いだけだ」


 煙が晴れるとシャティアは相変わらず堂々とした態度でそこに立っていた。一方クロークの方は僅かに疲労が見られる。脚を曲げ、肩を落とし、呼吸を微かに荒くしていた。まだまだ魔力は尽きないが、それでも最終兵器である転移魔法を使用する事を考慮すると余裕では居られない。クロークの表情から余裕が消え去った。


「同胞が殺されてもか?あんたは仲間の魔女が勇者に殺されても平気だって言うのかよ?」

「無論平気では無い。悲しいさ。胸が引き裂かれそうな程な。だが復讐をしても無意味だという事を我は知っている」

「はッ! 年長者は言う事が違うねぇ……」


 シャティアの言葉を聞いてクロークは吐き捨てるように笑った。

 クロークは復讐に取り憑かれている。それは彼女自身も理解していた。だがそれの何が悪い?と彼女は逆に問いたかった。自分達は何も罪を犯していないのに、意味不明な理由で殺され掛けた。それを怒らない理由はあるまい。二度とそのような事は無いよう、人間達には思い知らせなければならないのだ。魔女がどれほど崇拝たる存在だという事を。クロークの最大の目的はそこであった。二度と殺されるような事はあってはならない。仲間が殺されるような事も。


「ああ。何故なら我は一度復讐したからな」


 ポロリ、とシャティアの口から何かが零れ落ちた。クロークは飛び掛からせようと待機させていた黒蛇達に指示を出すのを一瞬忘れ、振り上げていた腕をそのままにする。場に沈黙が訪れた。シャティアの表情は柔らかく、むしろ何処か笑っている節があった。


「……あ?」

「だから我も復讐した事があると言ったんだ。まぁお前のように全ての人間を嫌う程までの規模では無いが……それでも人を手に掛けた事がある」


 シャティアは顔を俯かせ、自身の小さな手の平を見つめながらそう告白した。それはクロークにとっても意外過ぎる程の告白だった。振り上げていた腕を降ろし、待機させていた黒蛇達を下がらせる。戦意が喪失する程のその言葉は彼女にとって衝撃的な物だった。


「そんな話……一度も聞いた事が無かったぞ?!」

「誰だって話したく無い事はある。魔女もしかり。この話はお前達が生まれる前の事だからな……」


 クロークにとってシャティアは本当に母親のような存在。否、六人の魔女にとってシャティアは母親代わりである。自分達がどのような存在なのかを教えてくれ、どのように生きて行けば良いのかを教えてくれた存在。彼女達にとってシャティアは世界の全てと言っても過言では無い程である。そんな尊敬する人物が、かつて人に手を掛けた事がある。それは復讐に駆られているクロークですら一瞬正気に戻る程であり、今まで一度もそんな話をされた事が無かった事から動揺する素振りを見せた。


「悲しいものだぞ?愛する人を失い、その元凶を一人残らず滅ぼしたとしてもその人は帰って来ない……本当に、悲しかった」


 胸に手を当てながらシャティアは囁くようにそう言った。俯いているせいで表情は読めないが、恐らく悲しんでいる表情をしているのだろう。クロークはこんな弱っているシャティアを見た事が無かった。いつもは師匠のように堂々と振る舞うシャティアが、今は一人の女性のように物思いにふけっている。理解が出来なかった。


「本当はこの話はしたくなかった。お前に復讐を止めるように言っておいて、自分は昔した事があるなんて説得力が無いだろう?」

「…………」


 顔を上げるとシャティアは両手を上げてため息を吐きながらそう言った。

 確かに復讐を止めるように言いながら昔復讐をした事があると言うのはいささか都合の良い話である。だがクロークは指摘するような事はせず、黙ったままシャティアの事を睨んでいた。そしてシャティアは一番重要な事を伝える。


「ただし経験者としてコレだけは言っておく。復讐の先に待ってる物は何も無い。あるのは破滅だけだ」


 まだシャティアはその先を語ろうとした。だが口元に手を当てると黙ってしまい、その先の言葉は続けられなかった。

 果たして彼女の過去に一体何があったのだろうか?クロークは疑問に思う。自身が七百年程しか生きていないが、対するシャティアは千年以上を生きる魔女。まだ自分達が七人の魔女と呼ばれる前から大陸に存在していた。その深過ぎる過去は同じ魔女ですら知り得ない。クロークは肩を震わせた。


「ああ、そうかい……そうかよ」


 クロークを無理矢理納得し、顔を頷かせるとそう声を絞り出した。

 恐らくシャティアが言っている事は事実なのだろう。そもそも彼女は嘘を吐かない。ましてや最愛の娘を前にして御託を並べるような性格はしていない。策を巡らしても悪知恵を働かせるような事はしない程だ。きっと本当にこのまま復讐を続ければ破滅が待っているのだろう。クロークはそれを理解する。だが、彼女は拳を握り締めた。


「だから、何だ! 今更止まる事は出来ない……アタシはもう引き返せないんだよ。戦争は始まった。大本が死ねば全部解決! なんておとぎ話みたいな事はねぇんだよ!!」

「……クローク」


 腕を振るい、黒蛇達を集結させる。黒蛇達はクロークの背後で柱のように巨大な一本の煙と化し、やがて一匹の巨大な黒蛇へと姿を変えた。その大きさは先程までの蛇達とは比べ物にならず、まるで竜のごとくそこに君臨していた。


「生きるか死ぬか! それだけだ! 戦えシャティファール! アタシはあんたを越え、魔女の国を作る!!」


 拳を振るい、同時に巨大な黒蛇がシャティアへと襲い掛かった。大口を開け、牙を向き、今までの非では無い程の威圧感を放つ。だがシャティアは引かない。ただ呆然と巨大な黒蛇の事を見上げ、手の平を掲げた。そこから眩い光が放たれ、一筋の線が黒蛇を焼き払う。


「……ッ!!」

「毒はもう消えた……それがお前の答えだと言うなら、良いだろう。我も本気を出してやる」


 瞳を鋭くしながらシャティアは強くそう言い放つ。拳を握り締め、体内の魔力を放出させながら叡智の魔女は宙へと浮いた。彼女の舞台劇が始まる。魔女が作り出す、混沌の物語が。


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