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3話:不穏な気配



 【叡智の魔女】。それは【七人の魔女】を纏めていたリーダーであり、最後まで勇者に抗った最悪の魔女の名である。

 腕を振るえば天が割れ、足で地を踏めば大地が裂ける。彼女はそれ程の魔力と魔法を持った恐るべき存在であり、生きていた頃は霧の大地の奥深くにある館に住んでいた。そこに訪れた旅人を誘惑し、魔法の実験台にする事もあるとか。


「……それが【叡智の魔女】シャティファールだって。怖いね〜」


 部屋で本を読みながら過ごしていたシャティアにモフィーは彼女から借りた本を口に出して読みながらそう感想を零した。手には【恐ろしい七人の魔女】と書かれた本が握られている。シャティアはモフィーの感想を聞いて微妙そうに表情を曇らせた。


「さてな、もう死んでしまった者の存在などどうでも良い事よ」

「あ〜、シャティアらしい。シャティアってそういう所さっぱりしてるもんね」


 首を傾けながら面倒くさそうにシャティアがそう答えると、モフィーはジト目でシャティアの事を見ながら呆れたように返した。

 シャティアにとって何せ前世の自分であるが為、何かしら感想を抱こうにも複雑な物になってしまうせいで言葉に出来ない。そもそも本に書かれてる事は大半が人間達が勝手に造った設定であり、シャティアからすればそこを突っ込みたかった。確かに魔法の実験はするが、人間は使わない。そうモフィーには聞こえないように呟いた。


「だってそうだろう?もう既に魔女達は勇者が倒してしまったんだ。今更死んだ奴らの話をした所で何か意味があるか?」

「無いけど〜……でも〜……」


 シャティアが手を伸ばして何か意見でも?と言いたげにモフィーに向けると、彼女は困ったように口をモゴモゴと動かし、項垂れてしまった。

 厳密には無い訳では無い。むしろ対策を立てるという建前で話した方が良いだろう。現にシャティアのような魔女の生まれ変わりが存在している。それにシャティア以外の魔女達も曲者の為、それぞれ別の方法で生き延びている可能性がある。それ程魔女という存在は異質なのだ。シャティアはそう考えながらも、だからと言ってモフィーと話した所で何か良い案が生まれる訳では無いが、と考えてそっと手を降ろした。


「まぁ、生きていたとしたら……他の奴らはどうしているかね」


 モフィーから顔を背け、ベッドの上から窓を通して外の景色を見ながらシャティアはそう独り言を呟いた。

 いずれもタダでは死なない曲者揃い。ひょっとしたら勇者に恨みを抱く者、人間に制裁を加えようとする者、そんなのが居てもおかしくは無い。だが五年が経っても未だ異変が無いという事は……少なくともまだ問題は無いという事であろう。シャティアがそう結論を付けて黄昏れていると、ふと村の人達が騒がしい事に気がついた。皆家から出て村の入り口の方へと向かっている。その様子にシャティアは眉を潜めた。


「ふむ……何だか村が騒がしいな」

「あ、本当だー。皆入り口の方に行ってるよ。なんかあったのかなー?」


 モフィーも背筋を伸ばして窓から外を見下ろし、その異変に気がついた。

 滅多な事ではこんな騒ぎにならない為、好奇心旺盛な子供のモフィーはもちろん、魔女であり探究心が飽きないシャティアもすぐに一階へと降り、玄関の扉を開けて村の入り口へと向かった。


 入り口付近では案の定村人達が群がっていた。子供のシャティア達は人々の足下をかいくぐって輪の中に入り、そして異変の根源へと辿り着いた。

 そこには騎士の恰好をした男が倒れていた。歳はシャティアの父親と同じくらいか、幾度もの戦をくぐり抜けて来たような傷跡が顔に残っていた。

 シャティアはチラリと男の鎧に目をやる。鍛冶屋などで調達したような無骨な鎧では無く、破損はあるものの綺麗に磨かれた鎧。そして紋章が描かれている事から、この男が何処かの国の騎士である事を見抜いた。


「あ、お父さんだ。お父さん、一体何があったの?」

「ん?ああ、モフィーか」


 丁度モフィーの父親も現れ、モフィーは近づいて来た父親に飛びつきながらそう尋ねた。

 どうやらこの男を発見したのはモフィーの父親であるらしく、彼が畑仕事から帰る途中に遠目で騎士の男が村に向かって来るのが見えたらしい。


「この騎士の人が突然現れたんだよ……それで任務がどうだこうだとか言って、北の渓谷が危ないって……その後は気絶してしまって分からないんだ」


 後から村長も来た為、モフィーの父親は説明も兼ねて自分が騎士から言われた事をそのまま伝えた。だがそれは断片的過ぎる上に騎士の素性も分からない為、どう捉えるべきか判別の困る物だった。

 村長は困ったように倒れている騎士を見た後、自身の長い髭を弄りながら村人達に指示を出し始めた。


「ひとまずこの男を儂の家に連れて行こう。怪我をしているようだし、手当をしてやってくれ」

「良いんですか?村長」

「構わん……それに、何か胸騒ぎがするんでの」


 素性が分からないという事もあって村人達は騎士を村に入れる事を渋ったが、村長の命令である為結局従った。後からシャティアの家庭教師も駆けつけ、村人二人掛かりで騎士を村長の家まで運んだ。

 村人達はざわつきながらその後を追い、唯一人を除いて全員が村長の家へと向かった。シャティア、澄んだ瞳をした少女一人を除いて。


「ふぅむ……北の渓谷……はて?」


 シャティアは腕を組みながら頭を回転させていた。先程の騎士の言葉を思い出し、一体どのような事態になっているのかを予測する。

 北の渓谷は此処から少し離れた場所にある。村の禁じられた森とは違い、そこまで危ない所では無く、魚を釣りに出掛ける村人も居る。そんな場所が危ない。それはつまり何らかの侵入者、はたまた災害のような物が出現したという事であろうか?


「行ってみるか」


 恐らく北の渓谷に何らかの異物が現れたのだと推測し、シャティアはそう結論を出す。

幸い今は皆騎士の事に気にしている為、少しの間村を離れていてもバレないだろう。そう思ってシャティ アは早速北の渓谷へと向かう事にした。浮遊魔法を唱え、自由自在に宙を舞って村の外へと飛び出す。念の為誰かに見られないように雲の中に紛れ、シャティアはあっという間に渓谷まで辿り着いてしまった。


 緑豊かな大地に生い茂る木々、隙間から差し込む太陽の光に照らされ、流れている川はキラキラと輝いている。至って平穏で美しい光景。だがシャティアは岩の上に降り立つと、何かが気になったように目を細めた。


「……妙だな。渓谷全体の魔素が薄い……何故だ?」


 シャティアは腰を降ろして岩に手を触れながらそう呟いた。

 魔素は物体が宿しているエネルギーのような物。魔法はそれを魔力へと変換する事で莫大なエネルギーにする事が出来、言わば魔素は魔力の根源のような物である。その魔素が薄い。それはすなわち、物が死に近づいているという事である。


 その時、シャティアの背後から凄まじい轟音が鳴り響いた。同時にシャティアが乗っていた岩が爆発し、シャティアの小さな身体は宙へと放り投げられた。煙に紛れながらもシャティアは身体を回転させ、地面へと着地する。そして自分がさっきまで居た場所に目を向けると、そこには黒いローブを纏ったスケルトンの姿があった。


「……!! ソーサラースケルトンか……!」

「ギギギギギ……!」


 手には黒い木の杖を持ち、そこからバチバチと火花のような物が散っている。恐らくアレを魔法の媒体にしているのであろう。シャティアは目つきを鋭くさせ、ソーサラースケルトンと対峙した。

 ソーサラースケルトンは顎をカタカタと動かしながら声にならぬ言葉を漏らし、シャティアに何やら罵倒するように声を上げると、杖を振るって雷撃を放った。すぐさまシャティアは片手を突き出して魔法の壁を作り出し、それを防ぐ。


「お前が騎士の言っていた渓谷が危ない、という理由か……?死人であるお前が山の魔素を搾り取った所で何になる?」


 片手で雷撃を防ぎ切り、逆に腕を振るって吹き飛ばすとシャティアは何事も無かったかのようにそう質問した。ソーサラースケルトンは子供の姿のシャティアが自身の一撃を防いだ事に驚き、たじろぐように 肩を振るわせる。だがすぐに杖を握り締めると、再び振るって先程よりも強力な雷撃を放った。それを見てもシャティアは先程と同じ様に片手を突き出してそれを防ぎ切る。


「指示を出している奴が居るな?お前達スケルトンには必ずリーダー各が存在する。山の魔素を吸収させるような命令を出すという事は……人間か?」

「ギギィッ……!!」


 同じスケルトンがそんな命令を出すとは思えない為、シャティアは命令を出している者が人間だと考えた。スケルトン達に魔素を集めさせて何をするつもりなのかは分からないが、それで生態バランスを崩されるような事をされては溜まった物では無い。自然や動物を愛するシャティアにとってそれは最も嫌悪する行為であった。故に、彼女は前に一歩足を踏み出してソーサラースケルトンへと近づく。

 ソーサラースケルトンは二度も雷撃を受け止められた事に衝撃を受け、目の前の正体不明の敵に戸惑いを見せた。これは今の内に殺しておかなければ手遅れになる、本能的にそう感じ、ソーサラースケルトンは更に強力な魔力を杖に込めた。


「ギィァアアアアアアア!!!」


 杖を振り上げ、そこから無数の雷撃を放つ。火花が散るようにその雷撃は高速で流れ、シャティアの周りの岩を吹き飛ばして行った。シャティアは浮遊魔法ですぐにその場から飛び立ち、空中へと避難する。


「やれやれ、面倒だな。無駄な魔力の消費は避けたいんだが……」


 魔女の生まれ変わりと言えど今はまだ子供の姿。出来ればシャティアは今後の成長の事も考えてあまり過度な魔法の行使は避けたかった。だが目の前の敵を大人しくさせるにはそれなりの魔法を用いなければならない。何せ相手はスケルトンの中でも上位に存在するソーサラースケルトン。通常なら王宮魔術師でも苦戦する程の魔力を秘めている。

 それを従えている人間が居るというのだから、恐ろしいものだ、とシャティアはどこか寂しげに笑った。


「良いだろう。我が【叡智の魔女】の魔法を少しだけ披露しよう」


 空中で手を広げながらシャティアはそう言い、次の瞬間目にも留らぬ速さでソーサラースケルトンへと突っ込んだ。ソーサラースケルトンは杖を振りかざして雷撃で撃ち落とそうとするが、シャティアは高速で移動しているにも関わらずそれを華麗に避け、ソーサラースケルトンの眼前まで迫ると衝撃魔法を放った。スケルトンの骨の身体が吹き飛び、ローブが引き千切れるがギリギリ耐え、ソーサラースケルトンは咆哮を上げると周囲に魔力波を放った。


「ギィァァアア!!」

「ーーっと。やれやれ、普通の人間なら即死級の魔法でも骨の身体であるスケルトンでは大した効果は無いか」


 瞬時に魔力波だと気づき、シャティアは浮遊魔法で回避する。そして手を握ったり放したりして感触を確かめながらそう感想を零した。

 シャティアはあまり戦闘が得意では無い為、加減の仕方が分からない。それ故に魔物や動物と接する時も加減が出来ずにプレッシャーを与えてしまい、シャティアが平等な立場を望んでも必ずそこに主従関係が生まれてしまった。

 今シャティアが放ったのは普通の人間なら一撃で倒れる程の魔法。だが魔力で動くスケルトンには物理的なダメージは大した効果が無いようで、彼女は面倒くさそうに首を振った。


「では、これならどうだ?」


 手の平を下に向け、腕を突き出してシャティアは力を込める。すると突然ソーサラースケルトンにとてつもない重みが加わった。まるで岩に押しつぶされているような圧迫感に痛覚を感じないはずのソーサラースケルトンは悲鳴を上げた。

 バキバキと骨が亀裂が入る音を立てて行き、遂にソーサラースケルトンは立っている事すら愚か、杖を持つ余裕すら無くなってしまった。地面に手を付き、必死に押しつぶされるのを耐える。


「ギァッ……ガァァ……ッ!!?」

「ほうほぅ、中々頑張るじゃ無いか。良いぞ良いぞ、その調子だ」


 ソーサラースケルトンが地面に伏している間、シャティアは手を向けたまま呑気に岩の上に降り立ち、ソーサラースケルトンの苦しむ様子を見下ろしていた。ちょうい手を下に下げると、増々重力が加わる。すると更にソーサラースケルトンは悲鳴を上げ、いよいよ骨の腕がバキリと折れる音が響いた。


「……まぁ、こんな物か」


 限界だと悟りシャティアは腕を払った魔法を解除した。すると負傷したソーサラースケルトンは地面に倒れ、まるで死んだように動かなくなった。厳密にはスケルトンは死なないしそもそも生きていない。今はただ過度な重力魔法を加えられ、酷い負傷から動けなくなっただけである。

 シャティアは岩の上から地面へと降り、ソーサラースケルトンにゆっくりと近づいた。足で腕を小突き、様子を伺う。やはり力を使い果たしてしまったのか、ピクリともしなかった。


「さて、どうしたものかな。洗脳系の魔法はあまり得意では無いのだが……だからと言ってスケルトンと会話が出来る訳でも無いし……」


 腕を組みながら頭を傾けてシャティアは悩むようにそう口にした。

 スケルトンを動かしていた犯人を知ろうと思っても今のこのスケルトンの状態では聞き出す事は難しそうである。だからと言って洗脳系の魔法が得意では無い彼女は他に手段がある訳でも無く、どうしたものかと頭を悩ませた。

 いっその事コレを騎士の所に持って行こうか、と考えたが、それだとこのスケルトンをどうやって倒したのかと聞き出される事になってしまう。やはりどうするべきか、と再び彼女は頭を抱えた。


「……ん?」


 考え込んでいるとシャティアの耳に妙な音が聞こえて来た。何者かがこちらに向かって来る足音。しかも複数。

 その時シャティアは村長の言葉を思い出した。ーー胸騒ぎがする。

 村長の勘はよく当たる。それは彼の人柄からシャティアは村長がそういう能力を持つ者なのだと見抜いていた。そしてどうやら、今回もそれは当たってしまったらしい。


「おやおや、お友達も一緒だったのか」


 シャティアの周りには無数のソーサラースケルトンが集まっていた。数はざっと二十程か、明らかに異常な数である。

 珍しくシャティアは頬を引き攣らせ、自虐的な笑みを浮かべた。




感想やご指摘等が頂けたら幸いです。


これからも宜しくお願いします。

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