25話:激烈の戦い
「先生頼むよ! 行かせてくれ! まだリィカが中に居るんだ!!」
「分かっている。今兵士の人達が捜索中だ。だからお前は避難してろ」
王宮の門の前でレオはレイギスに声を荒げながら飲み込んでいた。レイギスはそれを聞いて複雑そうな顔をしながら教師としての責務を果たす為、首を振って拒絶する。
レオはゴーレムの暴走から避難する際、リィカがゴーレムに襲われてはぐれる瞬間を見ていた。すぐにも戻って助けようとしたが、他のゴーレム達に阻まれたせいで助けに行く事が出来なかった。結局レイギスに連れられ、入り口まで戻されるとレオはレイギスにリィカを助けに行くと抗議したのだ。
「でも……もしもあいつに何かあったら……!!」
拳を握り締めながらレオはその先の言葉を言えなかった。レイギスは彼の心境を理解しつももその頼みを断固として受け入れない。
既に生徒が二人足りていない事は確認している。兵士達にお願いして王宮内は捜索中だ。だから彼はこれ以上犠牲者を増やす訳には行かず、レオを王宮内に入れないようにした。むしろ彼は自身で探しに行くつもりだった。全部の生徒を助けられなかった自身の無力さを恨み、歯を食いしばる。
その時、王宮内から大きな爆発音が響いた。地面が揺れ、王宮の屋根が突き破られる。そしてそこから何かが現れた。黄金に輝く天使のような姿をした何か。それは大きな咆哮を上げ、背中から光り輝く翼を生やしていた。
「あ、あれは……?」
レオも、レイギスも呆然となってそれを見上げる。とても人では理解出来ない光景だった。神聖なその姿に圧倒され、声を上げる事すら忘れてしまう。レオは確信した。王宮内でとんでもない事が起こっている事を。そしてリィカの事を思い出し、すぐさま走り出した。レイギスの横を通り抜け、王宮の中へと入って行く。
「あっ! 待て、レオ!! 早まるな!!」
すぐさまレイギスも気が付き、レオの後を追って王宮内へと入った。
上空を浮遊する黄金の天使は街を見下ろし、低い唸り声を上げている。レイギスはそれを尻目に、扉を抜けてレオの後を追った。
◇
瓦礫を退かし、シャティアは瓦礫の山から這い出た。辺りはあれだけ美しかった王宮だったのにも関わらず廃墟のようになってしまっている。そして突き破られた天井の先ではエンシェントゴーレムが背中から魔力の翼を生やし、上空を浮遊していた。それを見上げてシャティアは憎たらしそうに舌打ちした後、すぐにリィカの事を探した。
「リィカ……ッ!!」
リィカはシャティアを助ける為に土壁を生成した。だが自分のは間に合わず、瓦礫の山に埋もれてしまったのだ。邪魔な瓦礫を全て退かし、シャティアは血相を変えて彼女の事を探す。手が傷つき、時折尖った破片で血が出たが気にしなかった。そして瓦礫の山の奥深くまで進むと、そこにリィカが居た。
丁度隙間が出来ている空間に収まっており、瓦礫の被害から免れたらしい。所々破片が当たって気絶しているが、それでも命に別状は無いようだった。それを見てシャティアは大きく肩を落として安堵の息を吐いた。リィカの手を引き寄せ、彼女をその空間から引っ張り出す。
「すまない、我のせいで……お前には借りが出来てしまったな」
シャティアは悔いるように表情を歪めながら眠っているリィカにそう語り掛けた。
ほんの少しの油断だった。敵の急激な変化を目の当たりにして少し意識が傾いてしまっただけだった。本当なら魔力の壁を張って瓦礫を退ける事も出来た。だがリィカの方が素早かった。彼女は自身の事など顧みずシャティアを助けようとしたのだ。
リィカをフロアの安全な隅まで移動して寝かせると、シャティア拳を握り締めた。また自分は守る事が出来なかった。そんな悔しさが沸き起こる。
ふと上空を見上げるとそこでは王宮の塔の上に乗って街を見下ろしているエンシェントゴーレムの姿があった。恐らくこれから王都を破壊するつもりなのだろう。あんなのが街に降り立てば民衆はひとたまりも無い。シャティアはリィカの頬をそっと撫でた後、その場から立ち上がった。
「ゴガァァアアアアアアアアアアアッ!!」
「待ってろ。すぐアレを倒して戻って来る……」
雄叫びを上げているエンシェントゴーレムを見上げながらシャティアはそう言った。当然リィカから返事は無いが、何処となく彼女が笑っているような気がした。シャティアもうっすらと笑みを浮かべ、気を引き締め直した後浮遊魔法を使ってその場から飛び立つ。
屋外へ出た後、王宮の屋根に降り立ってシャティアは塔の上に居るエンシェントゴーレムと視線を合わせた。
リィカがあれだけ自らを犠牲にし、覚悟を決めて止めようとしたのだ。今更自分だけ逃げるなんて事は許されない。シャティアは持てる手段全てを用いて排除してやろうと意を決した。
「よくも我の教え子に怪我をさせてくれたな……高く付くぞ?これは」
「グゴゴゴ……」
融合化する前の戦闘の事を覚えているのか、エンシェントゴーレムはシャティアの姿を見ると黄金の兜の隙間から瞳を赤く光らせ、まるで怒りを覚えるかのように唸り声を上げた。シャティア自身も怒りを覚えており、目つき鋭くさせながら腕を広げて魔法の準備をする。
「一撃でカタを付けてやる」
最早手加減をするつもりは無い。敵の情報を分析する必要も無い。最初の一撃で終わらせる。普段の慎重なシャティアは姿を消し、そこには友人を傷つけられて怒っている少女の姿があった。手の平を翳し、辺りの光がシャティアへと集まって行く。
それを見た瞬間、エンシェントゴーレムが大きく動き出した。背中から巨大な魔力の翼を生やし、身を屈める。シャティアは突っ込んで来ると予想し、詠唱したまま回避する体勢を取った。だが次の瞬間、塔を破壊する程の蹴りを行ってエンシェントゴーレムは突風を巻き起こしながら突っ込んで来た。
「眠りッ……ぐッ!?」
「グルゥゥアアアアアアアアアア!!!」
魔法を発動する暇も無く、シャティアはすぐさま浮遊魔法で上空へと避難した。しかし屋根を破壊する程の突進は破片をまき散らせ、シャティアはその破片にぶつかった。
展開していた魔法陣を一度消し、シャティアは浮遊魔法で距離を取る。エンシェントゴーレムは屋根を突き破っていた拳を引き戻すと、再び低い唸り声を上げてシャティアの事を睨んだ。
「こいつ……魔法が使えるようになっているのか」
屋根を破壊した時も思った事であったが、エンシェントゴーレムは魔法を使えるようになっていた。恐らく融合化する事によって追加された能力なのであろう。魔力の翼でゴーレムの時ではなし得なかった高機動の戦闘を可能とした。全くもって厄介である。シャティアは額から冷や汗を流し、袖でそれを拭った。
再びエンシェントゴーレムが動き出す。黄金の鎧を輝かせながら腕を振るい、そこから魔力の槍を形成した。それは先程シャティアが見せた基礎的な魔法だった。魔力を固めるだけでの簡単な魔法。だが間違いなく、エンシェントゴーレムはシャティアの真似をしていた。
その巨大な槍を掴むと、エンシェントゴーレムは身体を捻らせ、勢いを付けると腕を振るった。魔力の槍が放たれ、シャティアへと向かって来る。
「ちっ……学習しているな。我の魔法を真似ている」
魔力の盾を形成して槍を受け流す。しかしシャティアは表情を曇らせた。
今のは間違いなく自身の魔法を真似た物だった。あの程度なら然程脅威では無いが、それでもただでさえ強靭な鎧と腕力を誇る敵が魔法を身につけたと思うと、少し気落ちする部分がある。いずれにせよ長期戦は避けた方が良いと判断した。
「グルゥァアアアアアア!!」
エンシェントゴーレムも何か狙いがあるのか、咆哮を上げるとシャティアに絶え間なく攻撃を仕掛けた。魔力の翼を羽ばたかせて飛び上がり、衝撃波と共にシャティアへと襲い掛かる。振り下ろした拳を避け、シャティアはエンシェントゴーレムの背後へと回った。巨大な魔力の拳を作り上げ、それを打ち込もうとする。だがその前にエンシェントゴーレムが体勢を変え、シャティアの方に顔を向けると兜の隙間から魔力の光線を放った。
「我に魔法を使わせないつもりか……!」
放とうとしていた魔力の拳を消し、代わりに魔力の盾を形成してそれを防ぎ切る。だがその一瞬の隙でエンシェントゴーレムは体勢を立て直し、シャティアの眼前へと迫ると近距離で拳を振り下ろした。形成した盾で再び防御態勢を取るが、あまりの衝撃に吹き飛ばされ、シャティアは王宮の屋根へと激突した。
「ぐっ……やはり知能があるな……最初の戦いで我の戦法を理解したのか?全く、実に面倒くさい」
少し腕を痛め、シャティアは片手を引きずりながら起きあがった。別に問題は無い。魔法は腕を使わなくとも発動する事が出来る。だが問題はその暇が無いという事だ。シャティアは上空を見上げ、浮遊しているエンシェントゴーレムの事を睨んだ。エンシェントゴーレムは次の攻撃に出ようとしているのか、何やら魔力を溜めている。
やはり奴には知能がある。シャティアは確信した。元からあったのか、それとも融合化する事によって大きく成長したのか。どちらにせよ強力な存在になった事には変わりない。エンシェントゴーレムはシャティアの魔法を警戒し、攻撃する隙を与えないようにしている。そして高機動の戦闘が可能になった為、見事その狙いを果たしている。
シャティアは奴の動きを封じなければならないと考えた。だがどうやって?また先程のように鎧の隙間を狙うか?それは不可能である。素早い動きが可能になった奴にそんな繊細な手段は通じない。では一体どうすれば良いのか?
そうこう考えている内にエンシェントゴーレムは溜まった魔力を放出し、シャティアの魔力の雨を降らして来た。すぐさまシャティアは魔力の盾を形成するが、十分な魔力を抽出せずの展開だった為、盾には次々とヒビが入って行く。やがて魔力の雨は爆破を帯び、王宮の屋根を粉砕して行った。シャティアは浮遊魔法でその場から脱出し、上空へと避難する。
「グルゥァアアアアアアア!!」
「……くっ!!」
そこへすかさずエンシェントゴーレムが突っ込んで来た。魔力波を帯びながらの突撃。シャティアは受け切る事は出来ないと判断し、横へと回避する。しかし余波を喰らい、宙を回転しながら吹き飛ばされた。エンシェントゴーレムは勢い余って塔へ激突し、一度そこに腕を突き刺して停止した。シャティアもようやく回転が収まり、宙に留まる。
シャティアは久方振りに息を荒くした。しばらくまともな戦闘をしてなかったからか、身体が鈍っている。学園に通ってぬるま湯に浸かり過ぎたか、とシャティアは自嘲するように笑った。
「シャティア!!」
その時、声が響いた。シャティアの物でもましてやエンシェントゴーレムの物でも無い。男の子の声だった。振り向くと王宮の突き破られた屋根の部分からレオが顔を出しており、浮遊魔法で上り詰めた所だった。シャティアは目を見開き、何故此処にレオが?と疑問を抱いた。
「……レオ?」
「グルゥォオオオオオオオオオオ!!」
大方リィカが心配で此処まで来たのだろう。そしてこの状況を目にし、居ても立っても居られなく無かった。シャティアはそう推測したが、あろう事からエンシェントゴーレムは唸り声を上げるが標的をシャティアからレオに移し、そちらに向かって強力な魔力砲を放った。
すぐさまシャティアは浮遊魔法でレオの所まで移動し、魔力の盾を形成する。真正面から魔力砲を受け止め、凄まじい火花と同時に轟音が鳴り響いた。エンシェントゴーレムは魔力砲を抑える気は無く、そのまま放ち続ける。
「……くっ! 何故来た?レオ!」
「う、おっ……シャティア……! だって、下でリィカが寝てたから。上で凄い戦闘が起こってて……てかお前平気なのかよそれ!?」
もちろん平気では無いと呟きながらシャティアは現状を理解した。やはり正義感の強い子供と言うのは厄介極まり無い物である。だがシャティアはそれを楽しむように笑みを浮かべ、腕を力を入れて踏ん張った。盾の強度を維持し、エンシェントゴーレムの魔力砲を受け止め続ける。
このままではきっと二人共やられてしまうだろう。本気を出せばともかく、レオを庇いながらの戦闘はシャティアには難しい。魔女の力を使えばどうにかなるかも知れないが、それでもシャティアは躊躇してしまった。また拒絶されるのでは無いか?忌み嫌われる存在として再び認識されてしまうのでは無いか?そんな不安が過った。
「……おい、レオ」
「あ?な、何だよ?」
盾を維持したままシャティアは何となくレオに話し掛けた。決して余裕とは言えない状況にも関わらずシャティアは口を開いた。その謎の行動にレオも不審がるように曖昧な返事をする。
「もしも我が一瞬でアレを倒したら……お前達は我を恐れるか?」
シャティアはおもむろにそう質問した。その質問が何を意図しているのかは自分ですら理解出来ない。ただの確認だったのかも知れない。魔女の力を全開し、エンシェントゴーレムを倒した時、果たして人間達は自分の事をどのような目で見るだろうか?やはり恐れるだろうか?街を守る為に戦ったとしても、その異質な力に恐怖を覚えるだろうか?かつての事を思い出しながらシャティアはそう不安に思って。そしてチラリとレオの顔を見ると、レオは切羽詰まったような顔をしながら口を開いた。
「んな訳ねーだろ!! てか、倒せるならさっさと倒せよ!!!」
むしろ今すぐ倒してくれ、と懇願するレオを見てシャティアは目をぱちくりとさせる。自分が予想していた言葉とは全く違う返答。あまりの予想外にシャティアは一瞬力を抜いてしまいそうになった。
「……クク……ハハ、そうかそうか。倒せるならさっさと倒せか……もっともだな。うむ」
「な、何なんだよ。何か方法があるのか?だったら早く……」
「では、行って来る」
「え?」
何かが吹っ切れた気がする。シャティアは清々しい顔をしながら出来るだけの魔力を込め、魔力の盾をその場に維持させたまま飛翔した。レオは呆然とし、エンシェントゴーレムに向かって行くシャティアの後ろ姿をただ眺めていた。
魔力砲を放ち続けているエンシェントゴーレムはシャティアの存在に気が付き、咆哮を上げた。だが魔力砲を撃放つのは止めない。レオの存在には気がついているらしい。だがシャティアは構わなかった。既に対抗策は講じた。腕を振るい、シャティアは呪文を唱える。
「グルォォアアアアアアア!!!」
「そう吠えるな。特別に魔女の魔法を見せてやる」
エンシェントゴーレムが咆哮を上げると片手を振るい、シャティアに向けた。そこに魔力が溜まって行き、魔力砲を放つ準備を整える。だがシャティアは引く事なく小さく笑みを浮かべ、魔法を発動した。
「罪の枷」
シャティアが指を走らせると同時にエンシェントゴーレムの身体に魔法の拘束具が付けられた。急にエンシェントゴーレムは腕を降ろし、魔力砲を放つのを止めてしまう。そして藻掻き苦しむように声を上げ始めた。
罪の枷は対象の魔力を奪う魔法。魔力が動力源であるゴーレムからすればそれは苦痛以外の何物でも無い。
「咎の幻影」
更にシャティアは魔法を発動する。シャティアの身体から闇色の煙が溢れ出し、それがエンシェントゴーレムを襲った。縛り付けるように鎧に絡み付き、エンシェントゴーレムは完全に自由を奪われる。
シャティアの魔法は終わらない。更に黒色の炎が舞い、漆黒の剣が鎧に突き刺さった。
「烙印の炎、暗天の剣」
止まらない。シャティアの魔法は止まらない。魔女達が使役する強力な七つの魔法。全ての魔法がエンシェントゴーレムへと突き刺さり、鎧が崩壊した。そしてシャティアはとどめの魔法を用いる。
「終曲、眠り歌」
「グゴ、ガァァアアアアアアアアアアア……ッ!!」
一瞬辺りから光が消え去った。そして次の瞬間、無数の魔法陣が放たれ、飛び散る光の球と共にエンシェントゴーレムは最後の悲鳴を上げると輝きを失った。黄金色の輝いていた鎧は最初の頃と同じように錆び付き、赤く光っていた瞳を闇色に覆われる。そして翼も消え、天使は地へと落ちた。
王宮の屋根にエンシェントゴーレムが激突し、鎧がバラバラに崩壊する。それを見届け、シャティアはようやく勝負が付いた事を感じた。震える手を抑えながら、シャティアは静かに屋根へと降り立つ。
魔女の七つの魔法を全て同時に使ったのだ。幾ら無尽蔵の魔力を誇るシャティアでもその疲労感は無視出来る物では無い。シャティアは膝を付き、大きく……大きくため息を吐いた。
遠方からレオが手を振りながら近寄って来る。シャティアは彼の顔を見ながらどんな顔をして応えれば良いのか分からず、ただ力無く笑った。
いずれにせよ自身はエンシェントゴーレムを退ける程の力を見せてしまった。これから人間達にどんな反応をされるのか……シャティアは不安に思いながら流れに身を任せる事にした。




