23話:保管庫で待っていたモノ
魔法学園の生徒にとって王宮の見学は夢のような体験である。王宮の地下の保管庫には特別階級の魔法書が数多く保管され、図書室には学園の物とは比較出来ない程の多くの情報が整理されている。触る事は許されなくとも、見るだけでも子供達にとってはそれは黄金に輝く宝物のような物だった。
シャティアもまた別の意味でそれらに目を輝かせていた。レイギスの引率の元一組の生徒は王宮を訪れ、シャティアはリィカと共に通路を歩く。壁には巨大な絵画が飾られており、それを見る度にリィカは息を飲んで目を奪われていた。あのヤンチャなレオでさえ一言も喋らず、通り過ぎて行く兵士達の事を見つめている。
レイギスは広間までシャティア達を連れて来ると一度自分の近くへと集めさせた。大声を上げないよう、全員に注意を促しながらレイギスは手招きする。生徒達は周りの光景に緊張しながらそそくさと集まった。
「ではこれから自由時間とする。見学を許可されているのは広間と繋がっているフロアだけだ。くれぐれも騒ぎを起こさないように……では、解散」
いつもは大声で話すレイギスも出来るだけ声を小さくし、生徒達に聞けるギリギリの音量でそう説明した。
流石に王宮と言っても自由時間になると子供は途端に解放される生き物で、レイギスが解散と言うと同時にそれぞれ好きなフロアへと向かって行った。シャティアもその川のように流れる生徒達を見つめながらさてどうしたものかと首を傾げる。
「シャティアちゃん、図書室の本棚が一部だけ解放されてるんだって。一緒に見てみない?」
「うむ……確かに興味はある。行ってみよう」
近寄って来たリィカがレイギスから聞いた情報を話し、シャティアもそれに興味深そうに頷いた。
それから二人は図書室へと向かった。図書室はまるで森の中のように本棚が至る所に設置されており、天井も高く、壁一面が本棚になっている箇所などもあった。軽く迷宮のような造りになっている為、リィカは目を回していた。
一部だけ閲覧を許可されている棚へと向かうと二人はその本を手に取った。リィカには何が書いてあるのか分からず、ちんぷんかんぷんな内容だったらしいがシャティアにはどれも面白いと思える記述ばかりだった。
「うわー流石王宮の図書室だね……学園のとは比べ物にならない大きさだよ」
「中々面白い書物が保管されてるな。是非とも全て拝読したい」
リィカは王宮の図書室なだけあってその整った設備に感嘆の息を零し、シャティアも保管されている書物を丁寧に触りながら目を輝かせた。
例え一部だとしても十分価値のある情報が詰まっている。普段のシャティアだったら全ての本に手を伸ばしていた所だろう。だが彼女はそれを我慢し、本を元にあった場所にそっと戻した。
「おいリィカ、シャティア。あっちで特別に王宮の説明会開いてるらしいぜ。見てみないか?」
「レオ君」
ふと横からレオが現れ、相変わらずボサボサの髪をしながらそう誘って来た。どうやら魔法学園の生徒達に向けての特別な説明会らしく、面白い内容が聞けるらしい。リィカも興味があるようで僅かに視線がそっちへ移動していた。シャティアはこれは丁度良いと考え、小さく頷く。
「我は遠慮しておこう。リィカ、レオと一緒に行って来い」
「え……でもシャティアちゃんは……?」
「我はもう少しこの辺を見て回る。楽しんで来い」
そう言ってリィカの背中を押し、シャティアは半ば無理矢理リィカをレオに連れて行かせた。リィカは何処か不安そうな顔をしていたが、シャティアが笑顔を向けて手を振ると同じ様に手を振り替えした。そして二人の姿が見えなくなった後、シャティアは小さくため息を吐く。
「さて……始めるとするか」
少女の表情が険しいものへと変わる。シャティアは魔女として自分の目的を果たす為、計画へと移り出た。
既に王宮の構造は下調べした事で頭に入っている。シャティアはまず気配遮断魔法を張りながら隠れて移動し、保管庫がある地下へと続く通路を目指した。当然そこは生徒が立ち寄る事を許可されていないフロアだが、シャティアは誰にも気付かれる事なくそのフロアまで到達する。そこには扉があり、鍵が掛かっていた。だがシャティアは魔法でその鍵をこじ開け、平気で地下に続く通路を降りて行った。
そろは薄暗いのにも関わらず青白い光が通路全体に灯っていた。恐らく魔法の効果なのであろう。何やら不気味な雰囲気がし、肌寒い感覚がする。シャティアが奥へ奥へと進んで行くと一つの扉の前へと辿り着いた。厳重そうに硬く閉ざされた巨大な扉。鍵は掛かっていないが、その代わり特殊な魔法で封印が施されている。無断で立ち入る事を出来ないようにする為だろう。
シャティアは目を細めてその魔法の構造を確かめた。魔女の彼女からすればごく単純な封印魔法。鍵代わりに使うくらいの簡単な魔法であった。だが彼女の表情は優れない。
「解除は簡単だが、この先に魔力を感じるな。反応からして魔法兵器か?まぁ突破させてもらうが」
僅かにだが扉の奥から魔力を感じるのだ。しかも普通の人間の元とは違う魔力。シャティアはそれを魔法兵器だと推測した。保管庫なのだがら警備兵の一人や二人くらい居るとは考えていたが、まさか魔法兵器が潜んでいるとは思っていなかった。シャティアは面倒くさそうな顔をしながらも引く訳にも行かず、封印魔法を解除して扉を開いた。
その先は正に別世界だった。図書室とは違って無数の本棚が置かれている訳では無く、ただ広い空間が広がっているだけ。だが目に映るのは目の前で円を描くように動き回っている本達だった。
一つの球体のように無数の本達が集まり、回転している。それはまるで生き物の動きの様で、シャティアは何故本がこのように動いているのか疑問に思った。だが、今はそんな事はどうでも良い。重要なのは人体生成魔法の取得、そう思って足を踏み入れるとある異変を感じた。
「これは……」
無数の本へと続く通路の途中で何やら奇妙な物体が置かれていた。それは巨大な鎧を纏った人型の魔法兵器で、一般的にはゴーレムと呼ばれる物だった。だが奇妙なのはゴーレムが本を守る為に立っている訳でも無く、ゴーレムは胸に大穴を開けてその場に倒れている所だった。まるで、誰かに襲撃されたかのような。
「魔法兵器が……既に破壊されている?」
シャティアは珍しく動揺したように声を振るわせてそう呟いた。
よく見ると倒れているゴーレムは一体だけで無く、鎧がバラバラに破壊された物や手足が吹き飛んでいるゴーレムも居る。明らかに保管庫で何かしらの戦闘が行われたのだろう。だが、一体どうして?シャティアは何が起きているのか理解出来ず、呆然とその場に立ち尽くした。
何かがおかしい。ひょっとしたら自分以外に侵入者が居るのかも知れない。魔力の反応は無いからもう脱出したのかも知れないが、何か異変が起きている事は確かだ。シャティアは気を引き締め直し、まずは自分の目的を達成させようとゴーレムを横切って無数の本へと歩き寄った。
「何か嫌な予感がするな……まるで、我が来る事を分かっていたかのような」
何処となくシャティアはこの現状が自分の為に用意された物のような気がした。あまりにも出来過ぎている。ゴーレムを破壊した人物が何者にしろ、保管庫を破壊する訳でも無く、何か重要な魔法書を盗んだ様子も無い。では狙いは何だったのか?それが分からない。
シャティアはとにかく一番の目的を果たす為に人体生成の魔法書を探した。無数に飛び回っている本達を見上げ、静かに目を細める。そして直感でどの本が何なのかを察し、そっと手をかざす向こうから本が舞い降りて来た。それを受け止め、シャティアはゆっくりと本を開いてページをめくる。
「……ッ」
最初のページはこの魔法に関しての注意事項。許可された者しかこの本は見てはならない、や使用する際には十分注意する事と言った普通の忠告だけが書かれている。だが次のページからは全て白紙だった。何枚めくっても人体生成についての記述が一切書かれていない。そして最後のページをめくると、そこにはシャティアが見逃す事の出来ない文字が書かれていた。
ーー『叡智は地に落ちた』。
手書きで、何者かが書き残したその文字。シャティアはその文字に身に覚えがあった。だが思い出せない。首を傾げて頭を捻る。
もしやと思って他の魔法書も調べてみると、幾つかが白紙とすり替わっていた。やはり自分より先にこの場に来てゴーレムを倒し、魔法書をすり替えた人物が居るのだ。しかも自身の存在を知っている。
由々しき事態である。シャティアは軽く苛立ちを感じながら一度退散する必要があると判断した。そして振り返った同時に上の方から強い魔力反応を感じ取った。続けて地響きのような物が聞こえて来る。何かがおかしいと思ってシャティアは来た道を早足で戻った。階段を駆け上り、何事も無かったかのようにフロアへと戻る。そしてそこでは学園の生徒や他の見学者達が悲鳴を上げて逃げ回っていた。
「うわぁぁあぁあああ!!」
「た、大変だ! ゴーレムが暴れだしたぞッ!!」
人々はそう叫びながら出口へ向かって走っている。そしてその後ろでは保管庫でも見掛けた鎧を纏った複数のゴーレムが目を赤く光らせながら壁や柱を破壊し回っていた。明らかに通常の動きでは無い。まるで誰かに操られているかのようだった。
「ッ……やってくれたな」
表情を険しくしながらシャティアはそう呟く。
恐らくこれも魔法書を盗んだ者の仕業に違い無い。王宮のゴーレムを操作する程なのだから、余程腕利きの魔術師が控えているのだろう。シャティアは疲れたように首を横に振った。
「まずはリィカ達を助けねば。犯人探しはその後……魔女を誑かしてくれた事をたっぷりと後悔させてやる」
シャティアは怒ったような複雑な笑みを浮かべ、そう言った。手の先に魔力を込め、向かって来るゴーレム達と対峙する。
まずは第一関門。この場に居る人間達の安全を守りながら、ゴーレム達を撃退するであった。




