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2話:村人のシャティア



 シャティアには幼馴染みが居る。モフィーという同い年の女の子だ。栗色の髪をツインテールで結った大きなまん丸い目が特徴的な子で、いつもシャティアにくっ付いて来ていた。

 元々この村は小規模な為、子供の数も少なかった。そんな中唯一の同い年の友達は子供にとって何よりの貴重な存在である。ただしそれは普通の子供の場合の話であり、中身が既に百を超える年齢の元魔女のシャティアからすれば、モフィーというのは知能の劣るうっとおしいだけの存在であった。


「ねぇシャティア、遊ぼ遊ぼ!!」

「……モフィー。我は今本を読んでいるのだ。邪魔をしないで欲しい」


 ある日の正午、シャティアは木陰の側で家庭教師から渡されていた本を読んでいた。魔法の事はあらかた知識を詰める事が出来たが、それでも人間の日常的な事は知らない。それ故にシャティアは家庭教師にお願いし、王都での暮らしなどが記述された生活本を貸してもらったのだ。勉強熱心なシャティアはそれを野原の上で読んでいたのだが、いかんせん外遊びが好きな子供のモフィーはそんな彼女を遊びに誘い、読書の邪魔をして来ていた。


「だってシャティア本ばっか読んでるんだもん。私つまんないー」

「我にとっては非常に貴重な勉強なんだがね……はぁ、やれやれ。分かったよ。何かして遊ぼう」


 このままだとモフィーがうるさくなるだけなので、シャティアは自身が折れて遊んであげる事にした。

 元魔女だという事をバレないよう、シャティアは出来る限り普通の人間の女の子のフリをして村では過ごしている。だがそれはあくまでも本人の感覚であり、私生活では問題無いが魔術の事となると全く隠す素振りが無かった。それどころ元王宮魔術師を驚かす程の才覚を見せ、更なる探究心を見せつけた。そんな村ではちょっとした有名人のシャティアも純粋な心のモフィーには勝てず、半ば引っ張られる形でおままごとに付き合わされた。


「ねー、何でシャティアは難しい本ばっか読んでるの?」

「これは王都の事が書かれている本なんだ。私は興味を持った物はとことん知りたい主義なんでね」

「じゃぁシャティアは王都に行きたいの?」


 遊びの途中にモフィーは気になったのか突然そんな事を尋ねて来た。シャティアはおままごと用の木のコップを手にしながら答え、そして改めて自分でも考える。

 はて、自分は王都に行きたいのだろうか?と。確かにシャティアは人間達の魔法については興味がある。だがそれはあくまでも興味があるあだけで、実際にその場に行きたいかどうかは分からない。


「さぁてね。どちらかと言うと我は魔法の方に興味あるんだ。故に王都自体の事は然程重要では無い」


 わざわざ王都に行かなくとも魔法を知る方法は幾らでもある。シャティアはこの村にも魔法的価値は十分あると考え、現状で満足していた。それに母親が遠出を許してくれる訳が無い。いずれにせよまだ四歳のシャティアが村の外に出る事は出来なかった。


「良かった〜」

「ん?何故だね?」

「だってシャティアが居なくなったら私遊ぶ相手が居なくなっちゃうんだもん。だから良かった!」


 それを聞くとモフィーは心底安心した素振りを見せた。どうやら幼馴染みが居なくなってしまうのではないか、と不安に思っていたようだ。どうせ大人になれば幼馴染みに固執する必要も無くなるだろうとシャティアは思ったが、いかんせん人間の心情は完璧には理解出来ない。モフィーの言葉にシャティアは曖昧に返事をする事しか出来なかった。

 それから二人はおままごとを続けたが、やがて飽きてしまったのかモフィーがちょっと散歩しようと提案した。身体を動かすのも魔法では重要な基礎訓練だとシャティアは思い、それを簡単に了承した。


「モフィー、そこは立ち入り禁止と言われている森だぞ」


 しばらく歩き続けていると二人は村の外れまで辿り着いた。そこには柵で覆われている森があり、村の大人でも滅多に入ろうとしらない禁じられた森であった。

 曰く、魔物が出るらしい。魔物は普通の動物とは違い、魔力を持った凶悪な生き物である為、腕に確かな自信がある者でしかこの森には入れない。


「大丈夫だって! この前お酒ばっか飲んでるロヴおじさんも此処に入ってたもん! ちょっとくらいなら平気だよ!」

「……そうかね。まぁ、私は止めないが」


 恐らくそれは妻に口止めされている酒をこっそり隠す為に入ったのだろうと推測されるが、シャティアはあまり気にせずモフィーが森に入る事を止めなかった。

 実はシャティア自身もこの森には何度か入った事があり、その生態を調べたりもしていた。好奇心には勝てなかったのだ。それに例え魔物に遭遇しても自分の魔術なら大丈夫だという自信もあった。

 二人は臆せず森の中に足を踏み入れ、どんどん奥へと進んで行った。モフィーからしたら探検家気分で何処かウキウキとした表情をしていた。


「うわー凄い! あ、見た事無い鳥が居るよシャティア!」

「あれは炎怪鳥だ。魔物だから炎を吐いて来るぞ。気をつけろよ」


 呑気に初めて見た鳥を指差すモフィーだが、それはれっきとした魔物であった。自分が居るから良いものの、少々楽観的過ぎるモフィーにシャティアは頭を悩ませた。だが彼女は自分と同じく好奇心旺盛な子共。気が済むまで森を回りたがるだろう。シャティアはモフィーが満足するまでそれに付き合った。

 ふと、シャティアは足を止めた。地面に見慣れない足跡があったのだ。それは完全に魔物の物では無く、靴を履いた人間の物であった。


「ふむ……人間も此処を通っているのか。という事は噂に聞く冒険者という輩か?村の人間がこんな呑気に森を歩くとは思えんしな」


 シャティアはその足跡に触れながら考え込むように頭を回転させた。

 村人の中でこの森に入れるのは精々村長か家庭教師の魔術師だけ。だが村長は最近歳で森には入らなくなったし、家庭教師もこの森に入ろうとはしない。という事はこの足跡は部外者の物となる。そしてシャティアが魔女だった頃、彼女の館には冒険者と呼ばれる人間がやって来る事があった。何でもギルドと呼ばれる組織に所属しており、人々の依頼を受けて働いているらしい。旅人や商人という線もあるが、魔物が出る森に入り込むとは思えない。従って冒険者が有力か、とシャティアは考えた。


 出来る事なら会ってみたいとシャティアは手に付いた土を払いながらその思った。冒険者の中には魔法を使う者も居る。ある者は独学で極めた魔法を、ある者は古から伝わる魔法を、ある者は禁術を、そういう戦いの中で積み重ねられた魔法もシャティアは興味があった。


「きゃぁぁぁぁあああああああ!!!」


 その時、突如森の中にモフィーの悲鳴が響き渡った。見ると先程まで隣に居たはずの彼女が居なくなっており、シャティアは慌てて悲鳴がした方向へと向かった。

 声がした場所に辿り着くと、そこは少し開けた森の中だった。モフィーは気絶して倒れており、その目の前には巨大な熊の姿があった。当然ただの熊では無い。魔力を持った魔物であった。


「モフィー……!」

「グルルル……」


 どうやら襲われた訳では無いらしい。襲われる寸前ではあるが、モフィーは偶々遭遇した熊の魔物に驚いて気絶してしまったようだ。ひとまず彼女が無事だという事にシャティアは安堵し、そして熊の魔物の方に視線を向けた。熊の魔物は気絶しているモフィーよりもシャティアの方に興味を持ち、涎を垂らしながら低い唸り声を上げた。


「グリムベアーか……珍しいな。こんな森にもお前達は顔を出すのか?普段は洞窟の中に隠れているはずだが……」


 熊の魔物がグリムベアーと呼ばれる魔物だと分かり、シャティアは意外そうな顔をする。実はシャティアは魔女の頃もグリムベアーと遭遇した事があり、彼らの生態を研究する事もあった。その時は残忍と恐れられるグリムベアーも魔女のシャティアに恐れを成して洞穴に隠れていたのだが、今の幼い少女の見た目をしたシャティアでは当然そんな気が起こる訳も無く、堂々と雄叫びを上げて牙を剥けた。

 自分が研究した時とは違う反応をするグリムベアーにシャティアはただ純粋に興味深そうに首に手を置く。その瞳は魔物を見るというよりも貴重な実験動物を見るかのような人の感情が込もっていない瞳であった。


「ゴァァァアアアアアッ!!」

「どうした?我が魔女だった頃はお前達はもっと利口だったはずだぞ?」


 魔女の頃はグリムベアーに歩み寄り、調教をしたりする程のシャティアであったが、今目の前に居るグリムベアーは当然そんな事を知るはずも無い。今目の前に居るのはたくさんのグリムベアーを捕まえ、服従させていた魔女シャティファールでは無く、何て事無い貧弱な少女のシャティアなのだから。グリムベアーは生意気そうなシャティアに怒りを覚え、爪を振るおうと腕を振り上げた。


「お座り」


 だが次の瞬間、シャティアがそう言葉を放つと同時にグリムベアーの身体には強烈な重力が掛かった。プレッシャーだとか殺気だとかそういう物では無い。もっとダイレクトに伝わる衝撃波のような物であった。

 魔力を持つ魔物であるからこそグリムベアーは直感的に理解する。これは魔法だ。しかも自分では太刀打ち出来ない程の魔力が込められた強力な魔法だ。

 気がつけばグリムベアーは地面に崩れ落ち、シャティアに頭を垂れるように座り込んでいた。それを見てシャティアは満足そうな顔をする。


「うんうん。やっぱりお前達はそうやって大人しいのが良いな。我は魔物も動物も好きなんだ。手荒な事はさせないでくれよ?」


 そう言うとシャティアは可愛がるようにグリムベアーの頭を撫でた。華奢な少女の力の無い撫で方、だがグリムベアーには悪魔に首を捕まられるような感覚に感じられた。こんな小さな身体をしているのに、何処からこれ程まで強烈な気配を放つ事が出来るのだろうか?グリムベアーはそう疑問に思うが、シャティアはただ純粋に笑うだけだった。


「グルル……」

「今後はこっちの女の子も襲わないようにしてくれ。これでも我の幼馴染みなんでね。居なくなっては色々困るんだ」


 主に周りの大人達が騒ぎだす、という言葉は付け足さず、シャティアはそれは心の中にしまい込んでグリムベアーに念を押すように注意した。人間の言葉を理解出来る訳では無いが、本能的に理解したグリムベアーは顔を頷かせた。


「では行け。あの家庭教師には見つからないように気をつけろよ」


 ぱん、とシャティアが背中を叩くとグリムベアーは森の奥へと去って行った。巨大な身体が草むらの中へと隠れて行ったのを確認し、シャティアは隣で気絶しているモフィーに近寄るとその柔らかい頬をぺしぺしと突いた。


「さて……起きろ、モフィー。起きんか」

「んん〜……んか、ひゃッ!? シャティア、熊は!? でっかい熊さんは!?」

「何を言っているんだ君は?君は歩き疲れて眠ってしまったんだぞ」


 説明するのも面倒なので慌てて飛び起きたモフィーにシャティアはそう説明した。どうせ子供だから大した理由を言わなくとも無理はあるまい、と軽く考えて歩き疲れたというでっち上げた理由をモフィーに言い聞かせる。モフィーはまだ困惑したように辺りを見渡していたが、グリムベアーが居ない事を知るとはぁぁ、と気の抜けたため息を吐いた。


「……え?そうだっけ……そうだっけぇ?」

「そうだ。ほら早く戻るぞ。いい加減気も済んだだろう。こんな所大人達に見られればこっぴどく怒られるからな」

「わわわっ、それは困る!」


 シャティアがそう言うとモフィーはようやく自分が仕出かした状況を理解したのか、慌てた様子で来た道を戻り始めた。シャティアも呆れながらその後に続く。

 結局シャティアとモフィーが森に入った事はバレずに済んだが、モフィーは服を土だらけにした事を母親に叱られる事となった。シャティアは気絶から醒めた際に注意しておくべきだったな、と珍しく自分の落ち度を反省した。



活動報告の方で重大発表があります。

見ていただければ幸いです。

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