18話:魔法学園の暮らし
編入生がやって来る。それは魔法学園の生徒には衝撃的なニュースであった。
魔法学園ではよっぽどな異例が無い限り編入が行われる事は無い。あったとてしても貴族の子供や何らかの特例で特殊な子が来るとかそれくらいであった。故にクラスの子供達は一体どんな子がやって来るのかとてんやわんや騒ぎであった。
教室の扉が開くと、いつもの先生がやって来た。先生は生徒達に席に着くように言う。そしてぱん、と手を叩くと今日は編入生が来ますと告げた。途端に教室内がザワつき、先程まで話し合っていたどんな子が来るかという話題が広がった。
一度先生は咳払いをし、生徒達を静かにさせると合図をして編入生を呼んだ。扉が開かれ、そこから美しい銀色の長い髪をした可愛らしい少女が現れた。
「シャティアだ。宜しく頼む」
その少女は可憐に教壇の前に立ち、恥ずかしがる事なく堂々と言い放った。
生徒達はシャティアの姿を見て妖精のような子が来た、と感想を抱いた。月のように輝く銀色の髪を腰まで伸ばし、整った容姿、澄み切った水のように綺麗な瞳、細身で白い肌。まるでガラス細工で出来た人形のような完璧な姿をしていた。
「げっ……」
シャティアの姿を見て一人の男の子が気まずそうな顔をして声を漏らした。シャティアもその男の子の存在に気が付き、ほぅと面白がるように目を細めた。
男の子は先日リィカを虐めていたあの男の子であった。リィカも同じクラスにおり、彼女はシャティアだと気付くと驚いたように、そして同時に嬉しそうに目を見開いた。
「また会ったな。リィカ」
「シャティアちゃん……!」
カプーラの指示でシャティアの席はリィカの隣になった。リィカの隣に来るとシャティアはそう言って挨拶をし、ニコリと微笑んだ。リィカも知り合いのシャティアが隣の席になってくれたのが嬉しかったのか、同じ様に微笑み返した。だがその笑みは少しぎこちなく、何処か遠慮がちな部分が見られた。
「びっくりしたぁ。編入生ってシャティアちゃんの事だったんだ……」
「うむ。これから六年間宜しく頼むよ」
軽く握手をしてからシャティアは席に座った。それから基礎的な授業が始まり、休み時間になるとリィカに校舎を案内してもらう事になった。本当は既に校舎内の地図を記憶している為、案内されなくても問題は無かったのだが親交を深める為にシャティアはリィカに付き合った。
時折通り過ぎる生徒が編入生のシャティアの事が気になり、話し掛けて来る事があった。シャティアは無難に返事をしてやり過ごすが、その時にある事に気がついた。生徒達が皆リィカと目線を合わせないのだ。別に極端に無視している訳では無いが、やり辛そうな態度が目立つ。リィカも同じ様で、お互いに極力無干渉で居ようとする節があった。
その状況にシャティアはふむと息を漏らして腕を組みながら頭を悩ませた。どうやら人間社会というのは自分が想像していたよりもよっぽど難しいようである。
「えっと、此処が食堂。何でもあるし凄く美味しいんだよ。後トイレがあっちにもあって……」
「リィカ。そっちは男子トイレだぞ」
「へっ!? わわわ!」
食堂の隅にあるトイレを指差してリィカはそう教えるが、彼女が進む先には男子トイレが。すぐにシャティアが指摘したから言いものの、教えるのが遅れてれば女子としては中々に恥ずかしい状況であった。
更に驚いたリィカは慌てて下がった反動で転んでしまい、床に尻餅を着いてしまった。痛そうな顔をしているリィカを見下ろしながらシャティアはほぉとむしろ感嘆したような息を漏らした。
「魔法が苦手な上に鈍臭いのか……中々な曲者だな。リィカ」
「うぅ……ごめんなさい」
馬鹿にする訳では無く、面白がるようにそう言いながらシャティアは手を差し伸べた。それを見てリィカは少し戸惑ったような顔をしたが、謝った後にその手を取って起きあがった。ぽんぽんと制服を叩き、汚れを払う。
すると背後から足音が聞こえて来た。それも複数。別に気にした様子も見せずに自然とシャティアが振り向くと、そこには数名の女子生徒が集まっていた。いずれも目つきが悪く、何だかニヤニヤと悪そうな笑みを浮かべている。
「相変わらずリィカはドジね。編入生にあまり恥ずかしい所を見せてないで欲しいわ」
「……ッ」
一人の女の子が前に出てリィカに冷たくそう言い放った。腕を組み、片方の手を頬に当てながらやれやれと首を振った仕草を取る。リィカは怖がるように片手でもう片方の腕を掴み、縮こまるように後ろに下がった。シャティアは黙ってその様子を眺めている。
「ホントホントー、リィカは魔法もろくに使えないしおまけに運動も音痴。あんたに一体何が出来るの?」
「この前なんか何も無い所で今みたいに転んでたよね。その内階段からも転げ落ちちゃうんじゃ無いのー?」
他の女の子達もリィカを囲むように集まって口々にそう言い放った。明らかに馬鹿にしている言葉使いではあるが、直接的に虐めるようなやり方では無い。何ともむず痒いものだな、とシャティアは呑気に考えた。そしてチラリとリィカの表情を伺う。彼女は相変わらず顔を俯かせ、怯えた様に身体を震わせていた。完全に戦意を無くしてしまっている。彼女達を前にして自分の意思という物が折れてしまっているのだ。
「貴方も大変でしょう、シャティアさん?こんな落ちこぼれの隣の席にされるなんて。何だったら私達が先生に席を変えてくれって言っておくけど」
ニヤニヤと笑みを浮かべながら女の子の一人がそう言ってシャティアに尋ねた。急に質問させられ、シャティアは正気に帰ってハッとした表情になる。
また何とも奇妙な質問であった。シャティアからすればどうしてそれが席を変える理由になるのか分からないが、とりあえずここは何かしら答えて置いた方が良いだろうと判断した。
まず彼女達からすればこの質問は勧誘を意味しているのだろう、とシャティアは予測する。此処で彼女達に同調するような発言をすれば、自分達と同じ側と言う事になる。彼女達は残酷にもそう判断するのだ。そしてもしも断れば、リィカと同じ様な扱いをするかも知れない。シャティアは冷酷だな、と思いながら小さくため息を吐き、口を開いた。
「いや……遠慮しておこう。我はあの席が気に入っているんでね」
「あら?そうなの。なら良いけど」
シャティアの返答を聞いて明らかに女の子は不機嫌そうな表情をした。けれどすぐにニコニコ顔に戻り、首を傾げてあらそうと返事をする。
そして女の子達はもう用は無いと言わんばかりに何も言わずにその場から立ち去ろうとした。だが一人の女の子がシャティアの横を通り過ぎる際、女の子はシャティアの腰に紐で何かが付けられている事に気がついた。
「何これー?わ、人形じゃん」
女の子は手を伸ばし、シャティアの腰に結わかれていた人形を手に取った。立ち去ろうとしていた女の子達は突然きゃぃきゃぃと騒ぎ始めて集まり直し、面白おかしそうにその人間を見つめた。
「えー、シャティアちゃんってまだお人形遊びしてるのー?」
「変な人形。何かこわーい」
シャティアの銀色の髪が揺れ、前髪で顔が隠れる。彼女の表情を伺えない。女の子達はここぞとばかりに一斉に喋り始めた。やれ人形が変だとか、趣味が悪いとか、もっと可愛いのが良いだとか、好き勝手に喋り続けた。そして乱暴に人形を扱い、時には髪を引っ張ったりなどその勢いは壊してしまうのでは無いかと不安になる程だった。
「私達がもっと可愛くしてあげるよ。あ、それともこんなの捨てて私のお古の人形あげよっかぁ?」
女の子はシャティアの肩に手を置きながら小馬鹿にするようにそう言った。だが、直後にその女の子は凍り付いた。同時に周りの女の子達も動きを止め、隣に居たリィカですらその場で硬直してしまった。
シャティアは静かに、前髪で表情を隠しながら、そっと口を開いた。
「返せ……それは大切な形見だ」
シャティアは至って冷静であったが、その声は酷く低かった。怒っているとかでは表現出来ない程、まるで死人が絞り出したかの様なドス黒い声であった。女の子達はまるで何かに縛り付けられるような感覚に合い、声を出せずにいた。かろうじて人形を持っていた女の子が涙目になりながらはいと返事をし、震える手で人形をシャティアに返した。
「ふむ……ああ、いや、すまんな。これは友人から貰った物なんだ。傷つけたりすると怒られる。空気を悪くしてすまなかった」
「あ、ああ……そうなの……いや、私達の方こそ……その、ごめんなさい」
人形を受け取り、シャティアは傷ついていない事を確認するとそう言ってニコリと笑顔を見せた。だがもうその笑顔を見ても誰も笑い返す事が出来なかった。女の子達はそう言うと逃げるようにその場から立ち去り、今度こそシャティア達の前から姿を消した。
人形を大切そうに懐にしまった後、シャティアは小さく息を吐いて気まずそうに喉を鳴らした。
「シャティアちゃん……何か凄い怖かった」
「すまんな。我もあそこまで低い声が出るとは思わなかった。クク、我もまだまだ未熟という事だな」
リィカの言葉を聞いてシャティアは冷静さを失った自分を呪った。ただでさえ目立つような行為は避けなくてはならないのに、編入初日にしてあんな事をすれば噂が広がるに決まっている。もっと第三者の視点で物事を見れるようにならなくては、とシャティアは自身の頭を軽く小突いた。
「でも、そのお人形凄い大切にしてるんだね……お友達の形見、なの?」
「ああ……大切な友人の、大切な宝物なんだ。本当は木箱になり入れておくべきなんだろうが、我は掃除が苦手でな。なくしてしまうのでは無いかと不安なんだ」
リィカの質問にシャティアはあまり詳しくは答えず、適当な理由を付けて常に持っている大切な物という認識をさせた。間違ってもこの人形に魔女の魂が込められているなどと言える訳も無く、出来るだけ忘れてもらうように誘導する。最悪の場合は記憶操作の事もシャティアは考慮していた。
「だがやはりリィカは虐められるようだな。いつもあんななのか?」
「う、うん……まぁ……今回はシャティアちゃんが側に居たからそこまで酷く無かったけど……大体いつもあんな感じ」
「ふむ……なるほど、そうか」
話題を変えてリィカの虐めの事について質問し、彼女は言い辛そうな顔をしながらも素直に答えた。それを聞いてシャティアは少し考えるように顎に手を置いた。
「よし……たまには人に教えるのも一興だろう。リィカ、お前に魔法の神秘を教えてやる」
「……え?」
ニヤリと笑みを浮かべてシャティアはそう言った。その言葉の意味が理解出来ず、リィカは首を傾げて困ったような顔をする。
魔女は気まぐれで少女を育てる事にした。かつては六人の魔女に魔法を教えた伝説の魔女は、再びその指揮棒を手に取る。




