15話:結末と新たな始まり
光の届かぬ暗闇が広がる部屋。カーテンは閉められ、窓や扉もしっかりと閉められたその部屋には一人の男が玉座に座っていた。
屈強な身体付きをし、鬼のような恐ろしい顔つきをした男。その青白い肌に、血のように紅く輝く瞳から彼が魔族である事が伺える。そんな彼の隣に何処からとも無く、まるで影から這い出て来たかの様に一人の女性が現れた。長い青色の髪を肩まで垂らして一本に結び、それを腰辺りまで伸ばしており、紅い瞳に黒色のコートを羽織った女性。彼女は首を傾けながら男が座っている玉座に手を置き、腰を曲げながら口を開いた。
「アタシの忠告を無視してエメラルドの奴を捕獲しようとしたらしいな?さっき報告が来たぜ……物の見事に失敗したとさ」
女性らしからぬ口調で、何処か突かれた様な雰囲気がある言葉使いでその女性はそう語った。その言葉に男はピクリと眉を潜ませ、僅かな反応を見せる。それを見ただけで女性は落胆したようにため息を吐き、肩を落とした。
「…………」
「だから言っただろう?魔女を舐めるなって。アタシ等はあんたに匹敵する程の魔力を持ってるんだ。親玉のシャティファールなんかはあんた以上の力を持ってるんだぞ?そんな奴らを一兵隊の隊長に過ぎないシェリスにどうにか出来るわけねーだろ」
べぇと舌を出して馬鹿にするようにその女性は男に指を突き立てた。完全に挑発しているが、男はただ黙ったまま、前を見据えて何かを考えているように眉を潜ませている。他に反応が無い事に女性はつまらなそうな顔をしたが、玉座から手を放すと姿勢を整え直してそっぽを向いた。
「あんた等は人間よりはマシだが、それでも甘く見過ぎている。魔女が嫌われるのは当然だ。何せ国一つを滅ぼす程の力を持ってるんだからな……だから、大切なのは接し方なんだよ」
口ではそう言うが何故か女性は指で丸を作り、まるで金をせびるかのようなポーズを取った。その仕草を目を捉えつつ、男は相変わらず黙ったまま肘掛けに肘を乗せ、手に顎を乗せた。その表情は何かを迷っているようで、おもむろに女性の事を見上げる。
「お前の事は信用しても良いのか?【探求の魔女】クローク……」
「ああ、もちろんだぜ。あんた等がアタシの研究に必要な資金を提供してくれる限り、アタシは全力であんた等をサポートしてやる」
男が前々から気になっていた事を質問すると、クロークと呼ばれた女性は満面の笑みを浮かべてそう堂々と返事をした。
彼女の名は【探求の魔女】クローク。七人の魔女の一人にし、勇者によって葬られたと思っていた者の一人であった。だが彼女はエメラルドと同様生き延びていた。彼女とは違うまた別の方法で。そして今、ある理由からこの魔族の男と協力関係を結んでいる。
「そもそもエメラルドなんか魔女の中で一番弱いんだぜ?治癒魔法に特化してるし、魔法だって攻撃型じゃ無い。それに手こずる様じゃ、魔女の力を手に入れるなんて永遠に無理さ」
クルリと背を向けて長い髪を揺らしながらクロークは嘲笑うようにそう言った。
今回、男は魔女の力を手に入れる為に目撃情報があった魔女エメラルドの捕獲を部下に命じた。だが結果は失敗、更にクロークの発言からエメラルドが魔女の中で最弱だという事を告げられる。それは多少なりにも動揺する物があった。
「アタシに任せろよ。あんたの望みはいずれ叶えてやる、魔王サマ」
顔だけ男の方に向け、ニヤリと笑みを浮かべながらクロークはそう言った。魔族の王、魔王はその笑みに恐怖を覚える。魔族を束ねるリーダーですら恐れを感じる程の威圧感。魔王は自分はひょっとしてとんでも無い奴と手を組んでしまったのではないか、と不安を抱いた。
◇
エメラルドとの戦いが終わった後、眠っているシェリス達を安全な場所に置いてシャティアはモフィーと共に村へと戻った。モフィーはともかく、シャティアは当然のごとく母親に叱られ、またもや服をボロボロにし、あまつさえ怪我をして帰って来た為にしばらく外出禁止という罰を受ける事となってしまった。
シャティアは自室に籠もり、何処か力が抜けてしまったかのように呆然と窓の外を眺めている。遊びに来たモフィーはそんな彼女を見て意外そうな顔をした。
「大丈夫?シャティア」
「……ああ、平気だよ」
心配になってモフィーがそう話し掛けると、一応は顔を起こしてモフィーの方に向けてシャティアは返事をした。完全に呆けてしまっている訳では無いらしい。だが明らかにいつものシャティアとは違った。堂々とした態度もせず、本を読んだり自身の知識を披露しようともしない。モフィーの心配は増した。
「それにしても昨日のは何だったのかな?私、シャティアを探して森に行った記憶があるんだけど……その後の事を全然覚えてなくてさー」
話題を変えようと思ってモフィーは昨日の事件の事を口にした。モフィーが覚えているのは魔女を探しに行ったと思ったシャティアを追いかけて森に入った所まで、どうやら彼女はエメラルドと遭遇した時の事を忘れているらしく、自身の曖昧な記憶に疑問そうな表情をしていた。
「どうせまた居眠りでもしたんだろう。お前は眠たがり屋だからな」
「もー、またそうやってー! 私そんないつも眠たそうな感じしてないでしょ!」
クスリと笑ってシャティアがそう言い、モフィーは怒ったように頬を膨らませて反対した。以前の森での事もあり、モフィーはシャティアにやたらと眠たがり屋に印象を持たれている。本人はその自覚は無い為、よく否定していた。
「でも結局魔女も見つからなくて、騎士さん達も帰ってっちゃったねー。やっぱり嘘だったのかな?魔女が出たっての」
モフィーをお菓子のクッキーを口にしながらそう疑問を口にした。シャティアも無理矢理渡されたクッキーを嫌々齧り、煩わしそうに口を動かした。
結局、騎士達はあの後も魔女の捜索を行ったがいっこうにその痕跡らしき物は見つけられなかった。何故か記憶も途切れ途切れになっており、彼らは一度城へと戻る事となったのだ。噂されていた魔族達の姿も無く、まるで嵐が過ぎ去ってしまったかのように不穏な空気は消えてしまった。この事に村の人達は皆疑問を抱いた。
一体何が起きたのか?その真実を知るのはシャティアだけ。そしてその彼女は窓に頭を寄せながらぼうっと生気の無い表情を浮かべていた。いつもの堂々とした態度は完全に薄れ、大人しい少女のような雰囲気である。そして彼女は後悔したようにポツリと言葉を零した。
「上手く行ったみたいだな……記憶操作……」
モフィーには聞こえないよう、小声でそう言ってシャティアは自身の手の中に小さな魔法陣を出現させた。魔法陣はまるで時計のように文字が小刻みに動いており、シャティアにだけその変化が分かる。
エメラルドとの戦いが終わった後、シャティアは真っ先に証拠隠滅に取りかかった。まず魔族達の事は心配要らないだろう。だが問題は騎士達の方である。そこでシャティアは記憶操作魔法を行った。本当はあまり得意な魔法では無く、更に言うと人体に影響を与える危険性がある魔法である為、シャティアはあまりその魔法を使いたく無かった。だが背に腹は変えられない為、あまり負荷を掛けない為に騎士達に少しだけ記憶を失ってもらう事にした。そして全ての証拠をうやむやにした後、シャティアは念の為モフィーにも記憶操作の魔法を掛け、村へと戻って来たのだ。
たった一日の間に禁断魔法を何度も行使してしまった。罪深いものだな、とシャティアは達観したように薄笑いを浮かべた。
それから数日後、シャティアはある目的の為に家庭教師の元へと向かった。今更魔法を教わるなんて事は無いが、彼女は別に知りたい事があったのだ。
「人の身体を作る魔法、かい?それはまた随分と興味深い話だね。だけどどうしてそんな事を聞くんだい?」
シャティアの知りたい事を聞いて家庭教師は大層驚いた素振りを見せた。読み途中だった本を閉じ、机の上に置くと椅子に座って丁度シャティアと同じ目線になって会話をした。
「単純に興味があるだけだ。我は全ての魔法を知りたいからな」
「なるほど……だがその魔法は王宮魔術師でもそう簡単には知る事の出来ない神聖な魔法だ。シャティアちゃんが知る為には、少なくとも王都に行かないといけないな」
顎に手を置きながら家庭教師は考え込むように髪を掻いてそう答えた。やはりそう簡単には知る事の出来ない魔法のようで、元王宮魔術師だった彼ですら知り得ない魔法らしい。そしてシャティアが知る為にはわざわざ王都にまで行かないといけないようだ。この村から王都までは大分離れている。中々困難な道なりだ。
「構わない。どうしても知りたいのだ」
「ほぅ……君がそこまで言う程か」
家庭教師はシャティアの迷い無い発言を聞いて何らかの理由があるのだと察した。だが彼自身もまた元王宮魔術師だったのに今は辺境の村の住人と言う過去がある為、敢えて詳しく聞こうとはしなかった。家庭教師は椅子から立ち上がった棚の方に向かうと何やら中を漁り始めた。大量の紙束がポイと投げ捨てられては次々と紙が舞い散った。
「……当然、王都に行った所ですぐにその魔法を知れるという訳では無い。君なら習得するのは可能かも知れないが、ただの一般人が特別な魔法を所持する事は禁じられている。ところでシャティアちゃん、君は何歳だっけ?」
「もうすぐ八歳になるが……それが?」
棚を漁りながら家庭教師はそう注意した。シャティアもそれは予想しており、何の反応もせずにただ黙って過程教師の後ろ姿を見つめていた。そして年齢を聞くという妙な質問をし、彼は無数の紙束の中から紋様が描かれた封筒を見つけ、それを大切そうに取り出した。
「シャティアちゃん、王都の魔法学園には興味あるかい?」
家庭教師は封筒を指で挟み、シャティアに見せるとそんな事を尋ねて来た。
結論から言うとシャティアが人体を生成する魔法を学ぶ為には王都の魔法学園に入学し、優秀な成績を収めて王宮魔術師達から認められる必要があるという事が判明した。何とも回りくどい方法であり、既に王宮魔法を習得しているシャティアからすれば学園での生活は酷く徒労な時間であった。だが、彼女はどうしても王都に行かなければならなかった。
いずれにせよシャティアの母親とも相談する必要がある為、家庭教師は手続き書や重要な書類が入っている封筒だけシャティアに手渡してこの話はまだ今度、と言ってシャティアを家へと帰らせた。
家庭教師自身はシャティアの才能を認めている為、王都に行く事は大歓迎だった。だがやはり問題は母親であろう。あの心配性のシャティアの母が、王都行きを認めてくれるかどうかは怪しい。シャティアは家に帰った後、自室に戻ってベッドの上に寝転がった。
「魔法学園、か。難儀な物だな……人間社会の仕組みと言う物は」
天井を見上げながらシャティアは疲れたようにそう言葉を零す。
何をする為にもまずは周囲から認められ、必要な手続きを済まさなければならない。我が侭を通す事は出来ないのだ。そのせいで、自分が真っ先に知りたい事をすぐに調べる事が出来ない。シャティアはもどかしそうに腕を上げて拳を握り締めた。
「だが、尻込みしている訳には行かないな。約束してしまったんだ……平和な世界を見せてやるって」
シャティアは目を瞑ってエメラルドの事を思い浮かべながらそう呟いた。
約束したのだ。次目覚めた時は、平和な世界になっていると。だからシャティアはその準備をしなければならない。大切な娘にもう一度幸せな人生を送ってもらう為に、どうしてもしなければ行けない事がある。
シャティアはおもむろに懐からある物を取り出した。それは可愛らしい少女の姿をした人形だった。金髪の髪に、美しい青色の瞳をした少女、その姿はエメラルドに似ていた。
「なぁ、エメラルド」
シャティアは人形を見つめてそう語り掛けた。
あの時、エメラルドの魂が消滅する時、シャティアはギリギリの所でエメラルドを再び別の物へと憑依させた。応急処置であり、なおかつ魂を定着させる為だけの魔法行使だった為、この小さな人形に憑依してもエメラルドが再び蘇る事は無かった。だが、魂だけは無傷でこの中に残されているのだ。だからシャティアはエメラルドに元の姿に戻って元気に生きてもらう為に、人体生成の魔法を知る必要がある。
彼女の新たな戦いが始まろうとしている。今度は人間達の中心都市、王都で。




