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1話:魔女の願い



 魔女シャティファールは口から血を吐き出しながらその場に崩れ落ちた。

 長い銀色の髪を垂らし、その美貌を黒いとんがり帽子で隠したまま、彼女は依然弱々しい表情を見せずに目の前に居る自身の敵の事を見上げた。


「問おう勇者よ……何故我々【魔女】が狩られねばならない?」

「それは貴様等が邪悪な存在だからだ。異端な力を持ち、国に属さぬお前達は人々にとって脅威でしか無い」


 シャティファールの疑問に勇者と呼ばれた男は淡々と答えながら、彼女の喉元に剣を突き付けた。シャティファールはそれを拒絶する事なく、返事を聞いて何処か達観したように口元を緩ませた。


「では、何を持ってしてお前達は我々を邪悪な存在と見なした?魔女が人の街を襲ったか?魔女が魔族と手を組んだか?我々が何をした?」

「…………」


 更なる質問に対して今度は勇者は答えれなかった。言葉に詰まったように迷った瞳をし、僅かに剣先を揺らす。それを見てシャティファールは更に言葉を続けた。


「人間は我々が未知なる力を持っているからという理由だけで邪悪な存在と見なした。ならばお前はどうだ勇者?お前のその力もまた未知なる力なのでは無いか?」

「黙れ! 俺は貴様等と違って人々に信頼されている。俺が希望だからだ!」

「それは一時の信頼に過ぎん。お前が全ての魔女を狩り終えた時……人々は魔女の次に何を恐れるようになるかな?」


 シャティファールは笑みを浮かべてそう語りかけた。すると勇者の瞳が大きく揺れた。自分が今まで歩み続けて来た道が突然崩壊してしまったかのように、彼は身体をぐらつかせ、剣を降ろした。シャティファールはただ冷静に、冷淡に目を細めながら勇者の事を見つめる。


「気付け勇者。お前は自分の目で、自分の足で、この世界を見て来たか?魔女は本当に邪悪な存在だったか?お前が今まで斬り倒して来た者達は本当に反逆者だったか?今此処には居ないお前の仲間達は本当に信頼に置ける人間達か?」


 今此処には居ない勇者の仲間達、彼らはシャティファールの魔女の館には突入せず、外で見張りを申し出ていた。勇者自身もそれを了承し、こうして単騎でシャティファールの館に乗り込んでいた。勇者は最初これが作戦だと思っていた。外部からの敵が侵入して来ないよう、仲間達が見張ってくれているのだと思った。だが、もしもそれが違うのだとしたら?


「俺は……俺は……」

「……我はもう逝く。願わくば、これまで葬って来た同胞の墓を、立てて……欲しい……」


 疑心暗鬼で手を振るわせる勇者を見つめながら、シャティファールは貫かれた腹を抑えて最後にそう申し出た。そしてガクリと頭を下げると、彼女は静かに息を引き取った。





 こうして、【七人の魔女】の最後の一人【叡智の魔女】シャティファールは葬られた。

 全ての魔女を狩り終え、役目を果たした勇者は英雄として人々に褒め称えられた。そして勇者は約束された報酬を受け取り、王都での生活を満喫するはずだったのだが……どういう訳か、勇者は誰にも何も告げずにある日突然消息を絶ってしまった。

 王都では何故英雄は姿を消したのか?という噂で持ち切りになり、消えた英雄としてその勇者は一時有名になった。真相を知るのは勇者その人だけ。こうして勇者の激しい戦いの歴史は一旦幕を閉じるのであった。






 それから五年が経った。魔女狩りや勇者失踪事件も少しずつ人々の記憶が薄れ始め、世界は平穏に時を刻んでいた。


 王都から遠く離れた山奥にある村がある。旅人も滅多に訪れる事が無い、外界から隔離された村。そこは独自のしきたりを重んじ、魔女や魔族に目を付けられぬよう、静かに村人が暮らしていた。

 その村には一人の変わった少女が居る。銀色の髪を後ろで結い、キリっとした目つきをした可愛らしい少女。普段から険しい顔つきをして為、よく怒っているのかと勘違いされる。そんな彼女の名はシャティアと言う。


「シャティア。もう遅いからお家に入りなさい」

「分かった。母上」


 空が夕焼けに染まり始め、シャティアの母親が娘にそう呼びかけると彼女は子供らしからぬ口調でそう返事を返した。

 見た目は至って普通の女の子。スカートが似合い、可愛らしくリボンを頭の上に乗せている。だがそんな彼女の表情は子供とは思えない程凛々しく、その瞳はまるで全ての物事を見通すかのように澄んでいた。


「もうシャティアったら。もっと女の子らしい言葉使いをしなさいっていつも言ってるでしょう?」

「すまない、母上。だけど我はこの口調が慣れているんだ」


 シャティアの母親は娘にいつも口調の事を注意していたが、どういう訳かシャティアの口調はちっとも直らなかった。こういうのは大抵周りからの影響で口調が変化したりするものだが、生憎自分達の周りにこんな風変わりな話し方をする者は居ない。そうなるとシャティアはどこでこんな口調を覚えたのか?シャティアの母親はそれが疑問だった。


「全く、誰に似たのかしら……」


 シャティアの母親は文句を垂れるようにブツブツとそう言いながら家の中へと入って行った。シャティアもその後に続くが、ふと道端にある水たまりに目が行った。昨夜降った時に溜まったのだろう。シャティアはおもむろにそれを覗き込んだ。当然、そこに映るのは自分の姿。可愛らしい女の子の顔。だが、シャティアはそれを見ると面白おかしそうに笑みを浮かべた。


「我ながら上手くいったものだな。人間の女の娘に転生するとは……いやはや、魔導とは探求してもし切れぬ無限の境地よ」


 自分の顔を左右に動かしながらシャティアはそう口にした。否、彼女はシャティア成らざる者、魔女シャティファールの生まれ変わりである。

 彼女は死ぬ間際に研究途中の転生魔法を発動させ、ある人間の女の娘に転生した。転生魔法は禁術でありまだ完全には制御しきれぬ魔法だったが、シャティファールは見事成功させたのだ。そして記憶も、魔力も、魔術も全てを保持したまま、全く新しい生命体に転生する事が出来た。


「それにしても勇者が失踪か……我の言葉を信じてくれたのならば良いが、はてさて」


 だが転生したと言っても幼い時から記憶があった訳では無く、シャティアはつい最近シャティファールとしての記憶を思い出したばかりだった。故にブランクがあり、身体の慣れもまだ本調子では無い。そしてこの数年の間に起きた出来事をまだ整理出来ずに居た。勇者失踪。その真意は果たしてどんな物なのか?シャティアはそれを楽しむように顎に手を置く。


「まぁ今はこの身体で出来る事を探求するとするか」


 せっかく若く純粋な身体に転生する事が出来たのだ。すなわち魔力も澄んでおり、この時期は最も伸びが良い時期でもある。一度は叡智の魔女として全ての魔法を熟知した程ではあるが、シャティアはこうしてまた新しい経験を得るチャンスを掴んだのだ。これを楽しまない手は無い。

 完璧とまで称された叡智の魔女が、新たな身体を得て世界へと舞い降りる。飽く無き探究心を持つ彼女は果たして何を望むのか?

シャティアはひっそりと笑みを零しながら、家へと戻った。


 翌日、シャティアは母親が留守の間に早速魔法の練習をする事にした。いくら転生したと言えど子供の身体のスペックで生前の力を出す事は出来ない。今の自分がどれ程やれるのかも確認を込め、彼女は魔法を試し撃ちしてみる事にした。


「ふむ……生前の魔法は大体使えるようだな」


 物を浮かしたり、火を起こしてみたり、あらかた魔法を唱え終えた後、シャティアは正常に魔法が発動している事を確認した。どうやら記憶している魔法は全て不備無く使えるらしい。それを知ると、シャティアは満足そうにニッコリと微笑んだ。

 であるならば次は更なる探求だ。生前知れなかった魔法を学びたい。特に人が使用している魔法を。その為にはシャティアは教えを請う必要があった。何分異端と称されていた為、シャティアは人間の知識には薄い。彼らが日常的に使用する魔法も魔女の魔法とは根本的に違うのだ。故に他者から知識を必要とする。


「母上。魔法を学びたい」

「……ええ?」


 母親が帰って来た後、シャティアは早速そう頼み込んだ。子供らしからぬ態度で、要求するようにそう言葉を述べた。

 シャティアの母親は困ったように苦笑いを浮かべた。子供が魔法を覚えたがるのはごく自然の事だ。だが何分シャティアはまだ幼い。少なくとも子供は六歳になってから魔法を覚えるようになるのが一般的だ。故に彼女はどう答えようか悩んだ。


 なまじシャティアが賢い為、結論が出しづらい。シャティアはすぐに言葉を覚え、歩けるようになってからは同時に本も読む様になった。村の間では優秀な子と言われる程である。そんなシャティアを自慢の娘と母親は思っている為、つい彼女の願いを叶えて上げたかった。そして吟味した結果、家庭教師を雇う事にした。


「じゃぁ家庭教師を雇いましょう。以前は王都で宮廷魔術師だった人よ。きっとシャティアの知りたい事も教えてくれるわ」

「それは有り難い」


 この村にはある魔術師が住んでいる。かつては王都でそれなりの地位がある魔術師だったが、とある理由からこの辺境の村に住むようになった。もちろん村の人は寛大な為、彼の事を快く受け入れた。

 シャティアの母親はその彼に頼む事にした。王都で魔術師だった人ならシャティアにも良い刺激になる。そう考えた結果だった。シャティア自身も王都に居た人ならば知識も豊富のはずだ、と推測し、喜んだ表情をした。だがそれは子供らしい純粋な笑みでは無く、まるで自分の策略が上手くいったのを喜ぶかの様な笑顔だった。


 それから数日後、すぐに家庭教師はシャティアの家へとやって来た。

 眼鏡を掛け、聡明そうな顔つきをしたまだ若い男性であった。だが無精髭を生やし、どこか落ちぶれた様子もある。訳ありの魔術師らしい恰好をした男性であった。だがそれでも知識は確かである。彼は村で困った事が起こったら魔法で解決する程村人から重宝されていた。シャティアは瞳を輝かせ、彼の事を見つめる。


「それでは今日からシャティアちゃんの家庭教師をする事になりました。宜しく、シャティアちゃん」

「うむ、宜しく頼む」


 律儀に挨拶する家庭教師に対して、シャティアは相変わらず尊大な態度を取った。だが家庭教師は逆に子供らしい反応だと考え、少しはにかむだけだった。

授業はすぐに始まった。主に家庭教師が魔法を実演し、シャティアがそれと同じ様に魔法を唱える。それの繰り返しだった。そしてすぐに家庭教師は表情を険しくする事となった。


 シャティアの学習能力があまりにも高いのだ。

 家庭教師が一度魔法を見せると、シャティアはあっという間にその魔法を真似てみせた。本来ならこの歳で魔法が使えるのが凄い事だと言うのに、シャティアは信じられないスピードで王宮魔法を吸収して行くのだ。気がつけば家庭教師は手を震るわせていた。自身が憧れた天才が目の前に居るのだ。動揺して当然だった。


「シャティアちゃん……君は今まで魔法を学んだ事は無いんだよね?」

「んん?ああ、うむ。まぁ確かに生まれてからは魔法には触れていないな」


 生前は学んでいたと言う訳にも行かず、シャティアは微妙な答え方をした。だが嘘では無い為、家庭教師はやはり天才だと確信する事になる。実際シャティアは天才であり、それ故に魔女が務まった人である。十年に一度の天才どころか、百年に一度の奇才であった。


「先生よ。今日見せてくれたのが王宮魔法というやつ全てか?」

「え?あ、ああ……そうだよ」


 一日目の授業が終わった後、実際には家庭教師が教えられる事全てを教え終わった後、シャティアは腕を振るったりしながらそう尋ねた。家庭教師はその質問の意図が分からず、ワンテンポ遅れて返事をした。


 シャティアは考える。やはり人間と魔女の魔法は根本的に違う。成り立ちから違うのだから、恐らくもっともっと派生が合ってもおかしくは無い。貪欲な彼女は更なる探求を望んだ。


「他にも魔法はあるのか?王宮魔法という事は、種類の違う他の魔法とかが」

「ああ。王宮魔法は王宮魔術師が学ぶ特別な魔法。他には平民が使用する一般魔法や、賢者が使う古代魔法とか色々とある」


 シャティアが想像した通り魔法には様々な派生があった。という事は恐らく魔女が使う魔法も魔女魔法とかの名前に括られているのだとうと勝手に推測する。そして自分の知らぬ魔法がまだまだある事に喜んだ。

 何分魔女だった頃は人と接触したくとも石を投げられる始末。知りたくとも知れないのがあの頃の状態だった。だが今は違う。人間の身である今なら合理的にその魔法を学ぶ事が出来る。何と素晴らしい事であろうか。


「素晴らしい。是非ともその魔法も習得したい」


 口元に指を当てながらシャティアは独り言のようにポツリとそう呟いた。その言葉は家庭教師の耳にも届いており、彼はゾクリと背筋を凍らせた。

 何と貪欲な少女であろうか?僅か一日で王宮魔法全てを学び、それだけでは飽き足らずに更なる魔法を欲求する。通常の精神力では決して不可能な行為であった。だが、目の前の自分よりも随分歳下の少女はいとも簡単にそう言ってのける。呆れを通り越して恐れを感じた。


「お母さん。シャティアちゃんは素晴らしい才能の持ち主ですよ。是非とも王都の魔法学園に通わせるべきです」

「ええ?そんなに?でもシャティアはまだ五歳だし……」


 授業が終わった後に家庭教師は早速シャティアの母親に娘の凄さを伝えた。興奮している事もあって身振り手振りで分かりづらい所もあり、加えてシャティアの母親はそこまで魔法について詳しい訳では無い為、いまいちその凄さは伝わらなかった。


「あの子はたった一日で私の使う王宮魔法を見て真似られるようになりました……恐ろしい程の才能です。きっと彼女は将来歴史に名を残す大魔導士になります」


 そこまで言われると鈍感な母親も流石にシャティアの凄さを理解した。そして同時に恐怖した。そこまでの才能を持つ娘を自分ははたして正しく育てられるだろうか?もっとふさわしい施設に行かせた方が良いのだろうか?思わずそんな疑問を抱いてしまった。

 結局家庭教師は教えられる事は全て教えてしまった為、魔法の授業はたった一日目で終了してしまった。それでもシャティアの要望で授業は続く事となり、魔法以外の知識なども勉強する事になった。


「クク、やはり魔導とは探求し甲斐のある遊戯よの」


 家庭教師が帰った後、部屋で一人シャティアはそう言葉を呟いた。

 手を握ったり放したりを繰り返し、今日の魔法の感触を確かめる。そして確かな充実感を覚え、彼女は満足そうにベッドに寝転んだ。



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