ポーションショップ『ヴァルハライズ』2
「この人俺のこと舐めまわすように見てくるんだもんほんとに」
「だってェ。男の子のくせに綺麗なくびれして。つつつーって指を這わせたいなぁ」
「くびれじゃねぇ! 細いだけだ! 全部妹が悪い!」
「勤務中に大声出さない! いつお客さんが来てもいいようにしとかなくちゃ」
「うるしぇー! そう言うんだったらカウンターに足なんか置いてんじゃねーよ!」
テレサの蛮行。それはまさに机の上に両足を組んで置いていることだ。
おまけに何やら……雑誌のようなものを片手に読みながら煙草のような棒状のものを咥えている。どこからどう見てもオフィスの重鎮か何かな風体だ。
「テレサ。その恰好さぁ。扉に足向けてるじゃん? お客さんに足の裏向けてるじゃん? 失礼だと思わないわけ?」
「フン。ここは私の店。つまり私の城。そこでふんぞり返って我が物顔をするのは至極当然。むしろ傲慢でなくてどうする。ああどうする! 君は異世界の自分の家で机に足を置かないのかい?」
「少なくとも人前では置かないな。それに客に印象最悪だろ」
「まあ私だって人が来たら足は下ろすけどね。わかったわよ。下ろせばいいんでしょ」
渋々と足を下ろすテレサ。
こいつ、今まで感じていた物とは違うけどやっぱり常識外れだ。
客商売で机に足あげてるところを客に見せるとかありえない……なんて常識もこの世界ではないのだろうか。いや、人が来たら下ろすとも言ってるしやっぱり常識外れだ。
「あと、その咥えてるのも、あんまり印象良くないんじゃないか?」
「これはダメ。これだけは絶対外せない。理由もちゃんとあるのよ」
「理由?」
「ちょっと、こっち来て」
ちょいちょいと手招きされたのではたきを止める。
「レンは私の咥えているこれが気になってしょうがないのよね? じゃあこれは何だと思う?」
「何って……タバコ? それか……食べ物?」
「そう食べ物。答えは、飴」
ちゅぽんと音を立てて口から出てきたのは丸い飴菓子だった。
日本でもよく目にする棒の先端に丸い飴の付いたタイプのものだ。異世界にもこんなお菓子あるんだ。
「飴が何なんだ?」
「むっふっふ。ヴァルハライズには家族連れや小さい子供もよく来るのよ。今晩の夕食に使いたいだの、遠出するから携帯飲料として買っていくわ」
どうにもこの世界のポーションはただの薬じゃなくて時代の流れから加工飲料の俗称としても使われているらしい。
だからテレサの言う通りポーションをのどを潤すための飲料として。または食材を彩る調味料としても使われているため薬という枠から外れた飲み物となっているとのこと。
「そんなとき子供たちは私が飴を咥えてるのを見て珍しそうに見るの。そしては私は差し出すの」
テレサはエプロンのポケットをごそごそと弄ってある物を取り出す。
髪に包まれたそれは紐によって留められており、親指と人差し指で抓み紐を解くと赤い赤い、丸い丸い飴が露わになる。
「ストンベルポーションを混ぜ込んだ自家製の飴。美味しいだけでなく食べるとドンドン元気になる」
「ストンベルって何だよ。ポーション入ってるから元気になんのか。と言うかそれをどうするんだよ」
「こうするのよ」
「ぶへぇ」
こいつ唐突に飴を付けだしてきやがった。
驚いた俺は咄嗟に顔を横に向けて避けようとすると頬にぎゅむぅと飴がめり込んだ。
思った以上に硬くて痛いぞ。
「何で避けようとするのよ」
「逆に何で突き出そうとして来るんだよ。何? 口の中に突っ込んで咽突こうとしたの?」
「何で君は口に中に入れるで想像を止めないかな。飴なのよ。飴は舐める物なのよ。口に入れてちゅぱちゅぱするのよ」
「俺は存外噛み砕くことに快楽を得ている」
「やかましい! 揚げ足とるんじゃないの。ほら口開けないなホラぁ」
「ちょ、待って乱暴にアガぁアあ!!? 痛い痛い! アイアンクローやめろォ!」
「はいあーん」
こめかみをガッチリ鷲掴まれて悲鳴を上げる。つまり口を開けさせられたということだ。
痛みを声にして吐き出している口。その舌の上に飴が置かれて、テレサに下あごを叩かれ強制的に口を閉じる。
「ごはぇっ! テレサ、アンタ乱暴だな!」
「飴、どう? おいしい?」
「おいしいって……! ああ、結構イケるもんだな」
口の中の飴をコロコロとなめる。
なるほどストンベルの味とはこのことか。全く分からん。
だけどおいしいのは事実。俺はしばし舌の上を転がる飴を堪能しようと舌に神経を集めた。
そんな中、テレサが頭を撫でてきた。
何だ? 何をしているんだ。
「んふふふ~♪」
「なんだよその愉悦ーな笑いは」
「これよこれ。私が飴をなめてる理由は。親子連れも多い。つまり小さい子供が一緒。子供は私の飴を羨ましそうに、物欲しそうな目で見てくる。そんな子供に私は無言で飴を差し出し、子どもに手渡して頭を撫でる。そして私は『小さい子には特別サービス』って言うのよ。そして子供は『ありがとうお姉ちゃん』って満面の笑みで応えてくれる。んー。その笑顔だけでもうお腹いっぱいよ! キャハァウ!」
妄想が相当膨らんだのか、顔のデッサンが笑顔で急激に崩れているぞこの人。美人が台無しとはこのことだろう。
この人と三日間一緒に過ごして思ったこと。たびたび常識外れなにおいがすると言ってきたけど、正直それが何か見当はついている。
この人、極端な子供が好きな性格と言うか、性癖とも言える領域、要するにショタコンロリコンをこじらせているみたいだ。
そして屈辱なことに俺は彼女の子供カテゴライズの範疇に入ってるらしい。妙にボディタッチをしてくるというか、変に食べ物とかポーションと勧めてきては食べるところを傍で見つめてくるし。
俺としてはもう15歳で来年度からは高校に通う予定だった。つまりかなり大人に近づいてきてたんだ。
正直、子ども扱いはごめんなのが本音だ。
「そんなに都合よく頭なんて撫でられんのかよ」
「一回も成功したことはないわね。レンにしたのが初めてよ」
本当に妄想の産物じゃないか。