ポーションショップ『ヴァルハライズ』
静まり返った薄暗い店内。俺は扉から店内の状況を確認する。よし、テレサは居なし。そそくさと店内へと侵入。
ここは以前、俺が倒した棚が置いてあったスペースとはまた違うスペースの売り場。
テレサ曰くこの店舗は表のショップだそうだ。
配置もどこかしらケーキが陳列しているスイーツ店のような女性向け的な内装と配置。
俺はその一角へとネズミのように歩み寄り、今一度周りを確認してから棚に陳列されたとある物を手にする。
これだよこれ。ここに来てからこれにハマってしまった。もう抜けられないほどに。
手に取ったのは理科の実験室に置いてありそうなフラスコ。中にはちょっと青い液体が入っている。
俺はコルクに手をかけ、きゅぽんと音を弾かせて外す。フラスコに口をつけて一気に飲み込む。
ごくん、ごくんと咽が鳴り、フラスコに入っていた液体を一気に飲み干す。
口から垂れたのを腕で拭い、えも言えない満足感がその身を包み込んだ。
「ぷはーっ! ポーションジュースサイコー!」
「何やってんのよ」
パカンと音が店内に響き渡る。それと同時に店内に光が点る。
何だ? 頭を叩かれた?
「いってぇ……ゲーッ! テレサ! な、何?」
「レーン。その手に持ってるのは何かな」
「え? あ! こ、これは、違うんだ!」
急いでフラスコを背中に隠す。しまった。ここに来て見られてしまった。
「なんで商品のポーションを飲んでるのかしらねぇ」
「えっと、その……最初にもらったポーションがおいしくて……その。もっと飲みたいなって思って……ごめんなさいでしたー! 出来心なんですー!」
地面にたたき落ちるが如くゴトンと床に膝をついて首を垂れ、土下座をする。
そう出来心だ。もっとポーションを飲みたいという欲求に抗えなかったんだ。
床に額を擦り付けてると肩にポンと手が置かれる。俺は頭を上げると優しく微笑むテレサがいた。
「おいしかったんだ。ポーションを作っている身としてはそれを言われるのが一番うれしいのよ。今回のことは許してあげる」
「ほ、本当テレサ! ありがとう! 俺きちんと働くよ!」
「ただし! この二日間で勝手に飲んだ一ダースについては許さない。追記しとくね。残り499万5000シミズク」
安心したのも束の間。結局のところすべてバレていた様で俺の借金が上乗せされしまった。
この店はテレサが経営するポーションショップ『ヴァルハライズ』。俺はその店員、もとい奴隷として働くことになった。
昨日倒した二つの棚と無数のポーション。それらから採れたであろう売り上げと制作費用に店内の修理や棚の用意など諸々をひっくるめて総計500万シミズクの借金を背負った。
シミズクなんて金の単位がどれくらいかわからなかった。
テレサ曰く四季を通して500万稼げたらかなり稼ぎがいいとのこと。おそらく日本の年収500万とどっこいどっこいと言ったところだろう。
そんな500万。棚を倒してポーションをぶちまけただけで500万。明らかに割が合わないだろう! ともちろん俺は猛抗議をしたけど、どうやら倒した棚には相当特殊なポーションが置かれていたらしい。
俺がぐっちゃぐちゃにした場所は裏ポーションショップ『ニブルハイセキス』という店らしい。
ヴァルハライズが日用的にに使われている手軽なポーションを売っているのに対し、ニブルハイセキスはかなり希少かつ手間のかかる物を扱っていたらしく物によっては何十万とするものがあるとか。
客層はそれこそお偉方やら表には出れない裏の帝王とか、どこまで本当かは知らないが兎に角、表立って商売している店ではなく、完全なる会員様やお金持ち限定の裏ショップとのこと。
そんな何十万もするもんただの棚に置いとくんじゃねーよ! んなバカ高いもん押したら倒れる棚なんかに置いとくとか、もっと対策しろっつーの!
「ホラホラ。いつまでも落ち込んでないで。お店のためにせかせかと働きなさい」
立ち上がった俺の尻を叩いて急かしてくる。
俺は渋々と陳列されているポーションにはたきをかける。
「ちくしょう。魔王を討伐するために異世界に転生されたって言うのに何でこんなコンビニのバイトみたいなことしなくちゃなんないんだ。俺はまだ15歳だぞ。高校にも行ってないんだぞ」
「うるさいわねぇ。さすがに裏の方をぐちゃぐちゃにされたら私も黙ってるわけにもいかないのよ。言っとくけど500万ってのもかなり控え目なのよ。本当は750万くらいは行くんだけどまあ子供だし三分の一まけてあげたんだけど、文句を言うんなら250万増額でも、」
「いやぁ働くって素敵! 汗を流すって素晴らしいねほんと!」
俺は勢いよくはたきをかける。
ちくしょう。本当にちくしょう! 異世界に来て早々借金背負って強制労働させられるなんて本当に不運だ。
と言いたいところだけど逆に言えば住むところに困らないと言えなくもない。
今日の三日目までに脱衣所を寝床としてこのポーションショップで寝泊りをしている。
もちろん脱衣所があるなら風呂場もあるためお風呂にも入れるし何よりご飯も食べさせてもらえる。
言ってしまえば住み込みのバイトみたいなものだ。
そうだ。いい方へと考えよう。
ここを拠点に魔王討伐の準備を行い、そして来るべき日にこのポーションショップから離反し魔王を倒す旅路に着く。
「いいじゃないか。異世界らしくていいじゃないか。クックック」
「悪い顔してるねぇ。さぁさぁ。もっと景気よく働きなさい。そして落ちた埃はちゃんと塵取りに」
「言われなくてもわかってるよもう」
「ウフフフ。そういう生意気な返しも悪くないわね。ウフフ、ウフフフフフフ」
やっぱりこの人、どこかしら常識外れな匂いがしてならなかった。