割ったのは僕じゃないです3
「それじゃあ話、しようか」
「あ、はいテレサさん」
「テレサお姉ちゃん!」
「いや、流石に呼べないというか」
「何よ。さっきまで言ってたお姉さんがちゃんになるだけじゃない。テレサお姉ちゃんが無理ならテレサでいいわ。子供に呼び捨てってのもやんちゃっぷりがあってかわいいかもしれないしね」
さっきからだけど、この人からさらに常識外れな匂いがしてきたぞ。
「にしても君、男の子だったんだ。ぱっと見女の子だと、」
「誰が女だコラァアアア!」
「え? ナニ? いきなりなんで切れてんの?」
「俺が女だって? ふざけんな! 俺は男だろ! 何をもって女って判断した!? 骨格か? それとも顔か!?」
荒々しく憤慨して声を荒げる。
しょうがないんだ。昔からそうなんだ。
俺はとにかく顔が女っぽいというか、まだ15歳だから許される範囲でもあるかもしれないが、とにかく女と間違われる。
全部妹が悪いんだ。妹と同じ顔だから悪い。それに骨格も男の骨格と比べて細すぎるという点もあって顔、骨格がほぼ妹と一緒ということで初見のほとんどは女と間違われる。
「俺は男だ! 間違えるな! この現代のアラン・ドロンに向かってぇ!」
「ごめんごめん。女の子って言われるのが君の逆鱗だとは知らなかったのよ。あらんどろんってなに? とりあえず、君は男の子ってことは理解しとくよ。で、君は本当に異世界人なの?」
「ハァハァ……ああ、一応そうらしい。自称死神に魔王を倒してきてほしいって頼まれてここに来たんだ」
「魔王を倒す……ねぇ。確かに昔っから異世界人は魔王を倒すためにこの街に現れるってのが通説だったけど、異世界人と直接話すの初めてだからなぁ。実際何で魔王を倒そうとするの?」
その問いに俺は簡単に答えた。
というより倒す理由なんぞギブ&テイクだ。
クライアントは異世界の王を倒せと言い、その報酬として新たな生を授ける時に好き勝手設定していい権利をもらえると説明する。
「なるほど。生き返る時の設定って、随分とファンタジーチックな報酬ね」
「俺にとっちゃこの世界がファンタジーだけどな」
「でも、20年前はともかく、今魔王討伐はやめといた方がいいわよ」
「なんでだよ! 魔王だろ? 世界に害をなす魔族の王だろ! 俺はそれを倒しに来た勇者みたいなもんだ! 何で来て早々手足ブチ折られそうにならなきゃなんないんだよ!」
「まあ、まずその認識が間違ってるわね」
「認識?」
「何で魔王が悪だって決めつけてるかってことよ。『魔族』の『王』ってだけなのよ。『悪魔』の『王』じゃないのよ」
どういうことだ。
言っていることは、なんとなくわかる気はするけど。
「俺たちの世界の常識じゃ、魔王は倒すべき悪だって」
「魔王は悪じゃない。それがこの世界の常識。人と同じ、国を統治し、魔族を治める魔族の王。そりゃ悪さをする魔族は悪魔だけど、悪さをする人間が悪人と呼ばれるのと一緒よ」
今のも、言っている意味は分かる。だけどどうにも頭がこんがらがる。
だって死神が魔王を倒せって言ったんだし、必然的に魔王は倒すべき悪だって思うだろう。
「だって、死神が倒せって言ったんだ。だから!」
「確かに昔は受け入れられていたわよ。昔は人間と魔族は仲が悪かったって言うか、戦争もしてて20年前までは冷戦状態だったのよ。だけど人類と魔族の王が世代交代したことによって平和協定が交わされて、今では流通交易に技術の相互提供、お互いの土地に商売や観光に来るまで歩み寄りが進んだの」
「つ、つまり。この世界は人類と魔族の敵対してなくて遺恨がない世界なのか?」
「遺恨はあるけど今は仲良くしようていう考えが主流よ。昔は異世界人が来たら魔王と戦ってくれる強力な戦力として受け入れられてたけど、今となっては魔族を攻撃しては平和を破壊しようとするテロリストとして扱われているわけ」
だからあの老人は俺が異世界人だとわかった途端に異世界人だと騒いで、二人組は俺を捕まえようとしたのか。
「平和協定決裂の火種にもなりかねない異世界人を国が懸賞金をかけて取り締まってるってわけ。確か生け捕りで1000万、死んでても300万だったわね」
「じゃ、じゃあ俺が魔王討伐をしようもんなら、後ろ指さされるとか石を投げらるとか目じゃないくらいに……とんでもない迫害うけるってこと?」
「そゆこと♪ というより君みたいな弱っちそうなへっぽこ君が魔王を倒せるとも思えないけどね」
ふ、ふざけるな!
何百も送り込んでそのほとんどが死んだって、そういうことか!
最高難度の異世界って、完全に無理ゲーじゃないか!
魔王が敵どころか異世界そのものに迫害される世界でどう動けばいいってんだよ!
「随分と絶望した顔してるねぇ。可愛い顔が台無しよ」
「うるしぇー! じゃあ何か? テレサさんの、」
「テレサお姉ちゃんって言えやぁあ!!!!!」
「はいテレサお姉ちゃん! じゃない。テレサさ、テレサの言う通り魔王討伐を諦めろってか?」
「まあ、魔王を討伐されたら私も困るしね。君みたいな子供が死地に行こうとするのを眺めてるのも後味悪いし、わがまま言わずにお姉さんのいうことを聞いときなさい」
「フンっ! そんなの知るか。俺は魔王討伐のために異世界に来たんだ。魔王を倒して楽しく食事ができる家族を手にする。そのために、魔王討伐のために何だって……してやる!」
「今ちょっと考えたね」
「うるしゃい! 服も渇いたし、短い間でしたけどお世話になりました! 死神曰くチート能力もあるらししいし何とかなるだろ!」
店主であろうテレサとの会話を切り上げて早々にこの建物から出るために扉に向かう。
これだけ話の分かる人だ。外に出してくださいと言えば鍵も開けてくれるだろう。
外に出た後は適当に顔を隠しながらそのあたりを歩けば何かしらの案も見えてくるだろう。
要は無策なんだけどとりあえず外に出たかった。
だけどテレサがグイィと肩を掴んできた。
「何すんの? お世話になりましたんで外に出してください。異世界から来た者として使命を果たします」
「その前にさぁ。落とし前って言葉、知ってる?」
「落とし前?」
「ビジネスライクな話をしようか」
何だ? この人いきなり俺の頭を脇に挟んできたぞ。胸が、胸が当たってる。
だけどテレサはお構いなしに体の方向を変える。
「見てこれ。この店内。大惨事なんだけど……弁償、できるかしら?」
そう言って店内を指さす。
落とし前ってこの事か!
「あの、僕ここに来たばっかりで無一文と言いますか……できないです」
「そう。私もね。慈善事業でやってるわけじゃないのよ。だからさ。払えないなら体で払ってもらわないとね」
「か、体? あの……どうするつもりなの?」
「うふ、うふうふうふ……!」
テレサは大いに笑った。悪だくみしてますと顔に書いて笑った。まるで大魚を釣ったかのように笑った。
その邪悪な笑みとヘッドロックのせいで俺は逃げられず。俺は異世界に来て早々、借金を背負う羽目になった。