ケミカルモンスター『ガラブレシア』10
俺たちは謁見の間にいた。ガラブレシアからもう惜しみないほどの蜜をかき集めかたら依頼が完了したことをティターニティに報告しに来たんだ。
昨日のように悠然と腕を組んでいる。逆に俺は怯えるようにテレサの傍に居る。なんだかんだ言ってもリーファたちに睨まれているので居心地が良くない。
「アブラムシ。一匹残らず退治してきたわよ。証拠は……この大量のガラブレシアの蜜。そして狩ってきたアブラムシの首、」
「いいです。見せなくていいですそれは。あなたがアブラムシ程度に苦戦するとは思えませんし、依頼をこなしたことはきちんとわかっています」
「まあね。レプシャロ・フォーレは私にはレベルが低すぎるし、モンスターもドラゴンレベルじゃないと話になんないわ」
「本当にあなたは頼もしい人ですね。ですけど今回の報酬、リーファスシンボルをその子に渡す条件はその子が今回の討伐でどれほどの活躍をしたかどうかです」
活躍したかどうかと言われても、俺の討伐総数はアブラムシ一匹のみ。そのほとんどがテレサによって討伐されたんだ。これは……活躍したと言っていいのだろうか。
「どうですかレン。あなた自身、今回の依頼、活躍したと思いますか?」
「え、それは……」
「もちろん大活躍だったわ! 私もずいぶん助けられっちゃったしね」
テレサがドシンと肩に手を置いてくる。
俺の戦いの一部始終も見ていないのによくもぬけぬけとそんなことを言えるな。まあフォローしてくれているんだろうけど。
「あなたには聞いていません。あなたがそのようなことを言っても信憑性はありません。ルーフィ。彼はどうでしたか」
そりゃあテレサに聞いても都合のいいことしか言わないだろう。
となるとこの以来の行く末はルーフィの言葉次第ってことか。
指名されたルーフィが答える。
「正直、活躍と言うには程遠いッスね」
こいつ呆気ないほどに真実を語りやがった! もうちょっとオブラートに包むとかの人情、いや。妖精情はないのか!
「そうなのですか」
「アブラムシを見た途端に怖気づく。テレサがいなくなった瞬間に何もしなくてはいいのではと漏らす。アブラムシと顔合わせをしたとき一目散に逃げる。挙句の果てに転んで自分に助けられる始末ッス」
ズバズバと俺に不利な情報を吐いてやがる! いや、全部純然たる事実なんだけどさ。テレサも呆れてるし。
そうだよな。情けないよな。こうやって自分のやったことを言葉にされるととことん自分の臆病さが浮かび上がって、本当に情けない。
「だけど、自分はこいつに護られたッス」
「え?」
「アブラムシの油にやられて飛べなくなった自分を見捨てず、胸のポケットに収めて。逃げられる機会があったにも関わらずに足を止めて、護ってやると言ってアブラムシに立ち向かい、そして倒したッス。自分は助けられた。それは確かな事実ッス」
ルーフィが俺の前に飛んできた。そして手を差し伸べてくる。
「アンタを邪険にしてたけど、護ってくれるって言ってくれた時。素直に嬉しかったッス」
「改まって、そう言われると照れるな」
こっちも手を差し出すとルーフィが人差し指を掴んできた。サイズが違うから握手をするとこうなるか。
「レン。ルーフィを護ったんだ。凄いじゃない」
「いや、別に特別なことじゃないし。俺だってやればできるってところを見せただけで、」
「偉いぞーレン!」
「やめろ! 抱きつくなぁー!」
いつものように包容をかましてきて! 人前、妖精前なのに!
「ルーフィを護った、ですか……。大臣!」
声高くティターニティが叫ぶ。大臣って、そんなんいるんだ。
「レン。あなたがルーフィを助けた。ルーフィはウソをつく子ではありません。あなたのその勇気を認め、リーファスシンボルを授けます。此方に来てください」
こっちに来いと言われたなら、行くしかないだろう。テレサの法要を剥ぎ取り、ティターニティの下に行く。
「どうもです。ティターニティ……様」
「様はいりません。あなたは私の家族を護ってくれた。その勇気に私はアナタに最大限の敬意と親愛の証としてこのリーファスシンボルを授けます。私たちリーファの友になってくれますか?」
小さな手のひらに乗せられた石のアクセサリー。テレサと同じものだ。
俺は手を伸ばし、手に取る。
「……謹んでお受けします」
「これであなたは私たちリーファの友であり家族です。さあ、今宵は宴の席を開きます! 新たなる家族の誕生を盛大に祝いましょう!」
その言葉に歓声が上がる。
夜。外は月の光が照らされているのだろうがここでは関係ない大樹の中。
リーファたちが躍り、歌い、笑い、決して堪えぬ喜びの歌が湧き上がっていた。
リーファの皆にはルーフィを護り、アブラムシを倒したことが広まって俺はリーファに囲まれていた。
「お前なかなかやるな! アブラムシを倒すなんて大したもんじゃないか!」
「アブラムシの油のせいで私たちは上手く飛べなくなるから私たちじゃどうにもならないんだー」
「今日からお前は兄弟だ! じゃんじゃん食ってじゃんじゃん飲め!」
先ほどまで奇異な目で見られていたのが嘘のようになれなれしくなりやがった。こいつらは一度心を開いた人種にはとことん人懐っこくなるのか。
「あはは。飲んでる。飲んでるよ。ちょっと外の風に当たってくるね」
もみくちゃにされて疲れた。テレサもルーフィたちと飲んでいるし放っておこう。
俺はファストフォレストを出て夜風に当たる。森の風は案外温い。
「ふぅ。俺もこれで異世界デビューできたのかな」
「お疲れの様ですねレン」
後ろから声をかけられた。
誰だ? 振り返るとそこにいたのはティターニティだった。
「ティターニティ。いや、疲れたわけじゃないんだけど。ていうか小っちゃいですね」
ファストフォレストの中と外とじゃ身長が倍違うからティターニティも飛んでいるからなんとなくだけど、地面に立ったら腰くらいしかないほどの身長だ。
「小さいことは気にしてるんですけどね」
「……聞きたかったんですけど、何でリーファは人間のことを嫌ってるんですか? ルーフィは消耗品としか見ていないからって言ってましたけど」
ずっと聞きたかった疑問だ。別に話したくないなら話さなくてもいいけど。
「知っていますよね。20年前まであった人間と魔族の争い。戦いの中で人間はその傷を癒そうと我々からある物を搾取していたんです。それがこれ」
ティターニティに小さな小瓶を渡される。これは……中に粉が入っている?
「これはいったい?」
「リーファスシュア。リーファの鱗粉です。リーファの鱗粉は高い治癒効果があり人間たちは私たちを捕らえ、それはもう酷いことをされてきたんです。戦争が終わった際に一度解放され、私たちはもう人間とは関わりたくないとしてここ、レプシャロ・フォーレに強力な番人の魔法を築き、人間との関わりを断絶したんです」
「でも、何でこれを今持ってたんですか?」
「それをあなたに。テレサにも訪れるたびに差し上げています。それこそ、リーファスシンボル以上に、テレサを友として認める証なのです」
確かに、今まで人間に搾取されて来たものを人間に贈り物とするのは並大抵の心情ではできない。本当に、心を開いているからこそできる芸当なのだろう。
「俺がもらっていいんですか」
「はい。ぜひもらってください。あなたもテレサと同じ、リーファの家族ですから。いつでもいらしてくださいね。私たちはレンを温かく迎える準備をいつでもしておきますので」
家族。家族か。
「へへへ」
「あー! ティターニティがレンと逢引きしてる! レーン。そんな色覚える年頃なの? お姉ちゃん悲しい」
「なんだ!? テレサうわっ! 出来上がってんな!」
「そりゃ宴の席だもん。羽目外さなきゃ。ん? レンもリーファスシュアをもらったんだ。ちょっと貸して!」
リーファスシュアをテレサに取り上げられる。ジャングル・バッグからいつもの様にフラスコを取り出し、リーファスシュアを混ぜ込む。
「ふんふふーふーん。完成! リファスポーション! 最高級の治癒能力を持つリーファスシュアを混ぜ込んだ最高峰のポーション! ヴァルハライズでも、ニブルハイセキスでも置いていない。本当に私が楽しむためのポーション! レン。どーぞ♪」
酔っぱらいながら作ったポーション。まあ、テレサが作った以上マズくはないんだろうけど。
「い、イタダキマス!」
フラスコに口を当てて一気に飲み込む。
「どう?」
「……テレサ。俺はテレサと出会って色んなポーションを飲んできた」
ミルキーポーション。シミズクポーション。ストレグランスポーション。どのポーションもおいしかった。けど、このポーションはおいしいとかとは違う。暖かい気持ちになる。そんなポーションだった。
「本当にポーションってのはいろんな可能性を秘めている。俺はテレサとダンジョンを回ってそれを思った」
「うん。いいことねぇ」
「そしてこのリファスポーションを飲んで。今までどうしようか悩んできたことに決心がついた。テレサ。俺にポーションを教えてくれ!」
「ポーションを?」
「ああ! 俺はヴァルハライズの従業員なんだろ! それだったらポーションを作りたい! そしてみんなにおいしいって言われるポーションを作りたいんだ!」
俺の気持ちを素直にすべて吐き出した。
テレサはウーンと唸り、考える素振りを見せる。
「私はシゴキは厳しいわよ」
「の、望むところだ!」
「うん! じゃあ今日は君のための宴なんだから、精一杯楽しみなさい」
「ああ! 戻ろう! ティターニティも一緒に!」
俺は駆け足でファストフォレストに戻る。
魔王を倒す。その使命を脱線しかけているかもしれない。だけどとりあえず。今が楽しかった。




