異世界王討伐2
「異世界王討伐?」
「写真には風景と共に何々王と書かれているのがわかりますか?」
見てみると確かに書いてある。
「跳王、空王、政王、武王……何だこりゃ? よくわかんない王ばっかだな」
「それぞれの異世界に君臨する王たちの名です。死んだ人たちの中で素質がある人のみ異世界に前倒しで新しい生を授け王討伐をしてもらう。つまり異世界に転生して新しい人生を歩んでもらいたいということです。煉瓦さん。貴方もその素質があるみたいですよ」
「王討伐……それって働くのと変わらなくない?」
結局これやってと言われて目標達成しないといけないとか仕事のノルマみたいじゃないか。
「異世界に入ってもらってからは自由に動いてもらって結構です。一から自分で行動して、それこそ急いで王を倒してほしいなんて言いません。自分のペースでいいです。そして王を討伐した暁には現世への転生エネルギーと転生先の条件を自由に設定できる権利を与えます」
「転生先の条件?」
「転生する時、どこの国で生まれたいとか、家柄、さらには生まれてからの他人との人間関係(幼馴染の有無等)、才能の有無などを自分で設定することができるのです。言ってしまえば自分の人生をある程度設定できるということです」
「人生の設定!? つ、つまり異世界の王を倒すことができたらすごく優しくしてくれる親が欲しいって設定できてその通りになるってのか!?」
「それを望むなら」
望んだ生を自由に設定できる権利。
ゴクリ、と生唾が喉を通る。
「……異世界王討伐。乗った!」
頑張って王様を倒せば笑顔で食卓を囲める家族関係を築ける。素晴らしいじゃないか。褒めるときは褒めて、叱るときは叱る親の存在。当たり前だけどそれが一番欲しい!
俺は自称死神にやってやると言われ、死神はそれならと眼前にたくさんの写真を提示してきた。
「どの異世界に行くか、行きたいと思う異世界を写真と王の名前から選出してください」
「うーん……写真にはそれこそ風景と名前しかないし……選べって言われても。もうちょっと情報教えてくれない?」
「すみません。規則でそれだけしかご提示できないんです。あまり情報を与えすぎると妙な先入観を持ったり難易度の安易な異世界に集中してしまうと上からお達しをもらっていまして」
とんだ不親切設定だな。
異世界の王様倒してきてと向こうがお願いしているのに情報はあんまり与えませんって、そんな説明書がないゲームみたいなことされてもなぁ。
実際難易度の安易な異世界って時点でゲームっぽい。
「ほんとにいっぱいあるな。異世界ってこんなに多いの?」
「もう本当に大変なんですよ。日増しにドンドン異世界の数が多くなるものですから対応には猫の手も借りたいものです」
その猫の手と言うのが俺みたいな素質のあるやつのことか。
異世界が日増しに多くなる。異世界がそんなバーゲンセールの投げ売りみたいな扱いなのはちょっと意外……と言うより期待外れだ。
もっとこう、異世界って言葉から特別感を感じてたんだけど。
「言語に関しては都合のいいように翻訳されますので。流石に私たちがそのあたりのフォローを怠ると王討伐なんて夢のまた夢ですから」
「そうなんだ。まあ異国の地に行くみたいなもんだもんな。言葉通じなかったら何にもできないもんな。でも、言葉が通じるだけでやっていけるとも思えないな。他になんかないの? こういうのって無駄にすごいスキルとかおまけ付きであるじゃん?」
「翻訳機能の他にも異世界に転生される際、各異世界に合ったチートレベルの能力を授けています。さすがに何もなしでは厳しいのが現状なので我々ができる精いっぱいの施しです」
「何ぃチートレベルの能力だと!? それがあれば異世界攻略なんて楽勝じゃないか! よし。どんな能力があるの?」
「それは異世界を選んでからじゃないと言えません。さぁさぁ。いい加減質問攻めも飽き飽きしてきましたし早く選んでください」
死神の声がしびれを切らしたのか言葉通り飽きてきたのか、どこかしら面倒くさそうに聞こえる。
かと言ってさっさと異世界を選ぶのも難しいだろう。風景と王の名前だけでは判断材料は少なすぎる。こうなってくると自分の直感に頼る方がいいのだろうか。
「……ん?」
一枚の写真が目に入る。
「決まりましたか」
「……ああ。これにする。俺の討伐する王は『魔王』だ」
自然豊かな風景に書かれている魔王の文字。
数ある王の中でもメジャー中のメジャー。ゲームとかでよくラスボスに抜擢される魔王。
魔王ならこいつを倒せば異世界王討伐はOKだろう。RPGゲームなら少ししたことはある。多少の知識でも役に立つかもしれない。
それに他の跳王とか政王とか意味の分からない奴よりやることがはっきりしてそうだ。
「魔王、魔王を選ぶんですか」
「ああ。魔王を討伐ってことは勇者ってことだろ。カッコイイじゃないか」
「ふむ、では最後の確認です。貴方は魔王の異世界に行くのですね」
「うん。頼むな」
「本当に魔王でいいんですね」
「……うん」
「本当に最後の確認ですけど、魔王でいいんですね」
しつけぇなこの死神。何回も同じこと繰り返す機械みたいなことしやがって。
「いいって言ってんだろ! いいからぐっ! 何だ? 体が」
突然に光が発せられる。
今の今まで意識だけで、腕も足も胴体も何もなかったけど。光の筋からまるで投影されるように体が出現していく。
正月に過ごしていた甚平姿の、俺の体だ。
「死んだ人たちは異世界に行くにしてもあの世に行くにしても必ず最盛期の体を構築されます。その方が働くにも異世界に行ってもらうにも都合がいいですからね。貴方はまだ成長途中だったので死んだときの体を構築しました」
手がある。足がある。顔がある。
今まで当たり前にあったものがさっきまでなかったものだからつい体のくまなくまで触って確かめてしまう。
「おお、俺の体だ」
「では早速異世界に旅立ってもらいましょう! 貴方が選んだ異世界は数ある異世界の中でも屈指の難易度を誇る異世界です!」
…………今なんつったこの死神。
聞き入れたくないワードが耳に届いたけど、聞き違いかな。
「何百を超える転生者がその異世界に臨みましたがそのほとんどが道半ばで命を落とし再びここに帰ってきては普通の人たちよりきついお仕事を歯を食いしばりながらやっています」
「え、え? 待って。そんなに難しいの? だって魔王を倒すだけなんでしょ? 他の跳王とか政王は何をしたらいいかもわかんないし」
「戦わなければいけないから難しいんです。跳王ならより高く飛べば討伐したことになりますし政王ならより高い地位を獲得できたら討伐したことになります。その点魔王は肉体的に相当頑張らないといけませんし」
「待って! だって、チートクラスの能力あるんでしょ!?」
「チートの能力と言ってもランダムで付与されるもので使い方がわからず宝の持ち腐れって人も多いんですよ。まあ普通特殊能力の使い方なんてわかりませんからね」
ランダムだと! ふざけんな! そんなのほとんど詐欺じゃないか!
「やめる! 魔王討伐やめます! こっちの紙王にします!」
「無理ですー! もう変更は不可能! さっそく転生します!」
こっちの聞き入れをものともせず死神がそういうと眼前が今一度黒く染まる。
「ま、待ってよ! そんな、だって向こう行って何すればいいんだよ! 一から行動って、その時点で行き詰るよ絶対!」
「はい。そういう人は多いです。ですけどこれは同意の上で行くんです。あるんじゃないですか。王を討伐して、その先の新しい生に望む物が」
俺は言葉が詰まった。
そうだ。俺は王を討伐したら新しい人生のやり直しに楽しく食卓を囲める家族を望みたいと思って異世界王討伐を志願したんだ。
そりゃ高難易度の異世界を攻略しろなんて土台無理な気もするけど、俺ならできる。やりきるしかないんだ。
「いいぜ。やってやんよ。倒してやるよ魔王を。いいか死神。俺は宣言する。魔王をぶっ倒す! だからここに帰ってきた暁には俺を勇者として、英雄として称えろ! そして転生の設定とやらを用意しておくんだな!」
「オゥッケーです! たった今より転生プログラム『異世界王討伐』に貴方を招待します。移動しますので光の差し込みにご注意を」
躍動を感じる声から共におそらく出発の準備が整ったのだろう。
だけどどうやって異世界に行くんだ?
というよりもう行くの?
「ちょっと待って。心の準備が」
「行ってらっしゃい。願わくば貴方が王を討つ救世主とならんことを」
死神の声が途切れると同時に反転するように目に光が差し込んだ。