ケミカルモンスター『ガラブレシア』8
「ノォオオオオオオウ! 追っかけてくる! 追っかけてくるよぉ!」
来た道を逆走しながら走る。テレサがいない今、俺に残されたのは逃げるという選択肢だけだった。
この蟲、とんでもないスピードで追いかけてきやがる。
「ちょ、待ってッス! 速いッス! 自分が振り落とされちゃうッス!」
「なんだよルーフィ! 俺の肩に掴りやがって! 自分で飛べや!」
「アブラムシとリーファじゃアブラムシの方が速いんッスよ! て言うかあんたも速いッスね! アブラムシに追いつかれないなんて!」
「アッハッハ! 運動部なめんなよ! ワハハハハ!」
そう、俺自身今とてつもない速度で走っている。森の中で障害物もあって足元も不安定だって言うのにまるで蛇のように軽やかに走り抜けていた。
スタン・トの発動を感じたから、おそらくスムーズに逃げるようになれるようになるスタン・トとかが発動したんだろう。逃げることに関しては頼りになるな!
「このまま逃げ切ってや、おうぁ!?」
油断。スタン・トにも欠点はあるのか? と言うかただの自分のミスなのか。足を木の根に引っかけて盛大に転んだ。
ゴロンゴロンと地面を転がり、最後に木にぶつかって回転が止まる。
それなりに防御力がある貴族服のおかげで外傷はないみたいだけど、気にぶつかった衝撃が体を叩いてくる。
「クソ……いってぇ」
「何転んでるんスか! アブラムシが来てるッスよ! 早く逃げるッス! あぁ来たぁ!」
迫りくるアブラムシ。俺は急いで体を起こそうとしたけどそれでも足が重い。
何でこんな時に限ってスタン・トが発動しないんだ!
ぐぁぱっと顎を開いたアブラムシから目を背けるように俺は腕で顔を護った。
「ライ!」
一瞬の閃光。目を塞いでいた俺は少し光った? くらいしかわからなかったけど、目を開けるとルーフィが飛んできた。俺は体で受け止めるが、ルーフィの体は何か液体のようなもので濡れていた。
「何があったんだルーフィ! なんかぬっちょぬっちょだけど。アブラムシは?」
「目くらましをして、今頃そこら辺を飛んでるッス。また戻ってくるから、この場を離れた方がいいッスよ。自分はアブラムシの油のせいでしばらく飛べないッスがね」
「なんで俺を助けたんだ? お前は人間を嫌ってるんだろ? 実際俺のことも邪険にしてたし、空飛べるんなら自分だけ飛んで逃げればよかったじゃないか!」
「はん。若造が自己犠牲の尊さを何語ってるんスか。そりゃ嫌いッスよ人間なんて。あいつらはリーファを消耗品としか見ていないッス。アンタは姉御と自分の仲を裂こうとするし」
いや、そんなこと一切した覚えないんだけど。
「でもだからってアンタを置いて逃げるなんてできるわけ無いッスよ。情がある生物ならそれが普通ッス。それに、アンタに何かあったら姉御に怒られるッスから」
俺はルーフィに嫌われていた。実際とてつもなく邪険にされていた。だけど彼女に護られた。その事実が今存在する。
「ルーフィ。胸ポケットに入ってろ」
「わっぷ。なんスか押し込んで。今のうちに逃げるッスよ」
「いや、逃げない。戦う」
俺は立ち上がり、手に持つトングを構えてその場に踏みとどまる。
「何考えてるんスか! アンタがアブラムシを倒せるわけないじゃ無いッスか」
「かと言って逃げ続けても体力の差で結局こうなるだろう。それに、俺はテレサと一緒にアブラムシを取り除きに来たんだ。もう、逃げない」
小さなナリのルーフィが飛べなくなってまで俺を護ってくれたんだ。ここで怖気づいて逃げ出すなんてテレサと約束した頼りになる男とは違うことになる。
「今度が俺がルーフィを護る。安心してくれ」
「安心してって、姉御じゃないのに安心なんて。来たッス」
先ほどのアブラムシが帰ってきた。
戦い方の一つもわからない俺はとりあえず適当に腰を落として構える。
そう、戦うと言っても今の自分が持っている武器はテレサに渡された本当に武器として活用できるのかわからないトングと逃げる力スタン・ト。
今の自分は驚くほど冷静だ。今持っている力をどう活用したらアブラムシを倒せるか、なんとなくだけど想像できていた。
鍵を握るのはスタン・ト。逃げる力だ。
グッと手に力が入る。アブラムシもまだ空中でとどまって襲い掛かってこようとしない。
スタン・ト。テレサ曰くこの力は過去に指名手配された大盗賊が開発した逃げるための術らしいくかなり特異なものらしい。逃げるためと言うあまりにも後ろ向きな性能と会得するまでにとんでもない手間と時間がかかることから今ではほとんど使われていない、と言うよりその大盗賊以外使ったやつがいるのかと言われるくらいの骨董品らしい。
逃げる力。後ろ向きと言われればそうかもしれないけど、俺は見方を変える。
逃げるということはその場から離脱すると真っ先に考えるかもしれない。だけど逃げるというのはただその場から離れるわけじゃない。逃げることの真骨頂は『安全の確保』にあると思う。
一番最初、斧を持った大男に襲われた時に発動したスタン・トサーチ。あの時は逃げるのではなく体を半身にして攻撃を『避ける』行動だった。
避けると逃げるは似ているようで違う。だけどどちらも安全の確保と言う点では共通している。
だから俺のすべき行動。それは最初のスタン・トサーチのように最小限の動きで避けること。そうすれば、
構えていたその時。アブラムシは顎を開き飛びかかってくる。
――――――――
スタン・トサーチ
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発動した! 俺は意識を逃げるではなく避けるに集中する。最小限の動きだ。体を横にスライドし、アブラムシが掠らない程度に体を動かす。
カシュンと頬にアブラムシの羽が掠める。避けた。最高のポジション。
俺はトングをカチカチと鳴らしながらアブラムシに差し向ける。頼むぞテレサ。このトングを渡した以上、アブラムシを倒す戦力であることを死んでいるぞ。
トングをアブラムシに向け、そして挟む。ちょうど胴体の部分にかちりと挟み込む。頼む。これで終わってくれ。
しかしアブラムシは体をぶるっと震わせ、トングが弾かれる。放り出されたトングはカンカンと地面を転がり、アブラムシは今一度俺たちに迫り来た。
「ちょいちょいちょーお! テレサ! ナニ? このトングなにも役に立たないじゃん!」
「あはぁ! アブラムシがこっちに来てるッス! ニゲナイト! ニゲナイトレーン!」
「「イヤアアアアアアアアアアアア!」」
恐怖のあまりルーフィと抱き合って叫び声をあげる。
しかしアブラムシの動きが止まる。そしてさっき見たグリムリーバオのような爆発が起き、アブラムシは爆発と共に空間に飲み込まれていった。
「……なんスか今の?」
「さ、さぁ。とりあえず。勝ったんだ。俺は勝ったんだぁ!」
勝利の咆哮をとどろかせて勝ったことを体一杯で喜ぶ。
モンスターを倒した。テレサ! これで俺も一人前だ!
「まさか倒せるとは思わなかったッス!」
「ハッハぁバカ野郎! 俺がその気になりゃこんなもんだ!」
「これで危機は回避……なんか変な音がするッスね」
「音……何の音だ?」
俺たちはそのぶぶぶぶと言う音のする方向に視線を向けると、先ほどの倍ほどの大きさのアブラムシがそこにいた。




