ケミカルモンスター『ガラブレシア』7
「何、あれ?」
蟲……蟲なんだけど……蟲なんだけど! デカい。ぶぶぶぶって羽音を出していかにも元気のない大きなお花の周りを何十匹も飛んでいる。俺の顔面ぐらいある大きな蟲達。
「おかしいな。あれ? アブラムシでしょ? 植物にまとわりついて養分を吸い取る弱っちくて小さい虫でしょ? 何あれ? メガニューラか何か? デカくないですか?」
「何を勘違いしてるか知らないけど、あれがアブラムシよ。体からダラダラ気持ち悪い油を出しては獲物に塗る。油で動けなくなったところを頭からバリバリ食べる凶暴な蟲よ」
こえー! 完全なる害虫じゃないか! 取り除くって言うから殺虫剤振りまくぐらいがいいなーって思ってた自分が馬鹿だった。あの大きさは人間が素手でどうにかできるレベルじゃない。
と言うか根本的な問題がある。
俺は武器とかそう言うのが一切ない全くの丸腰。戦う術がない。
そりゃあアブラムシって聞いてたから戦うなんてことは頭の中にはなかった。けど目の前であまりにもプレデター然としているデザイン。
武器もない。テレサが使っていた人法とか言う魔法チックなものもない。俺にできることなんて無いじゃないか。
「できるとしたらせいぜい何をもって発動するかわからないスタン・トだけど、流石に逃げる力を戦う力にはできないし」
「それじゃあさっそく私が先陣をきるね」
「ちょ、っと待って!」
何いきなりアブラムシの群れに特攻決めようとしてやがる。
「何よ。あいつらの除去が私たちの仕事よ」
「待って待って。数が結構いるだろ。もうちょっと慎重に作戦を練ってからでも、」
「蟲には知性無し。特攻、あるのみ」
こいつ脳筋だ。殲滅するしか考えてない。
「だからぁ! ん?」
ぶぶぶぶと変な音が背後から聞こえる。
何か嫌な予感だ。恐る恐る振り返るのは逆に自分を追い詰める気がしたから一気に首を後ろに振り返る。
あぁ。まるで振り返るのを待ち構えていたかのようにいる。目と鼻の先。アブラムシが俺の目の前で飛んでいる。
そして待ってましたと言うようにアブラムシはその巨大な顎を上下左右にグァパっと開き、襲い掛かってきた。
「うごぁあ!」
俺は腰を抜かし、その場に尻もちを着こうとした。
しかし尻もちを着く前にアブラムシが真っ二つに切り裂かれた。
ビュオンと言う風切音と共に一陣の風が吹く。いや、吹くと言うより、無理やり作られた風。尻もちを着くまでの一瞬。湾曲した刃物が取り付けられた長い棒状のものが視界に入り、それがアブラムシを引き裂いた。
二つに引き裂かれたアブラムシは地面に落ちることなく空中に留まり、何がどうしてか小さな爆発を起こし、まるで空間に吸い込まれるように爆発の中心に集約し消滅した。
目の前の非現実。あり得ない光景。俺は尻もちを着いてなぜそうなったかを始めて理解した。
先ほどまで少し離れたところにいたテレサがいつの間にか俺の目の前にいる。その手には湾曲した刃物が取り付けられた棒状のもの、俺の背の丈ほどもある巨大な鎌を持っている。
「ほら、ここまで近づいたらアブラムシに見つかるのは時間の問題だからね。ほら、立てる?」
鎌を持っていない手を俺に差し伸べてくる。俺はその手を取ってフラフラと覚束ない足で立ち上がる。
俺は聞こうと思ったが聞けなかった。その巨大な鎌はどこから出したのか。どうやってアブラムシを倒したか、聞きたいことは山ほどあったけど、跳ね上がった心臓の鼓動に言葉が上手く吐き出せなかった。
「おぉ! それは姉御の十八番、核属の鎌。姉御本気ッスな」
「リーファの依頼な以上。完璧に駆除してやるわよ。レン。もうアブラムシとの戦いは始まったのよ」
「た、戦いって。俺は何をしたらいいか。あ、危ないテレサ!」
後ろからアブラムシ二匹。猛烈な勢いで迫ってきている。
俺は声を荒げてテレサに警告し、テレサはその鎌を横に薙いで二匹同時に真っ二つにする。
アブラムシは小さな爆発と共に圧縮され消滅する。
「……」
「あれが姉御の武装ッス。昔侵略者に責められた時に放たれたガルベロスの大群。姉御はその大群にあの武装を含めた多くの武具で応戦したッス。爆発の鎌グリムリーバオ。それらの武器をあのウエストバッグ《ジャングル・バッグ》にしまい込んでるッス。姉御はそこんじょそこらのランクジョブじゃない、ウィザード系統を極め、自分だけのランクジョブを持つ《ディメンジョンウィザード》。異次元と時空間を操る最強のウィザードッス!」
いや聞いてない。そんなこと聞いてない。突然にルーフィが語りだしたけど、そんな情報誰も求めていない。
だけどテレサの強さ、と言うより特異性を強く感じた。
なんか、普通じゃない。物理的にも強いと思っていたけど、他を追従しない根本的な強さがあると今まさに思えた。
「んー。レンにはこれね」
ウエストバッグ改めジャングル・バッグを弄り俺はテレサにある物を放り投げられ、咄嗟に受け取る。
「これは……?」
「レンには刃物は危ないからそれでアブラムシを退治してね」
「退治してねって、退治してねって! これ、トングじゃん! バーベキューとかでお肉ひっくり返すトングじゃん!」
こんなんでどうしろと言うんだ!
あ、テレサがガラブレシアの周りを飛び交うアブラムシの群れに行こうとしている。
「待ってテレサ!」
「行くんスね姉御! 姉御がアブラムシに立ち向かう以上自分もお供するッス!」
「ルーフィはレンと一緒にいて。お目付け役なんでしょ。レンはそれを使って一匹でも多くアブラムシを退治して、ルーフィはその様子をしっかり見ておくこと。じゃあ、行ってくる!」
そう言ってルーフィはアブラムシの群れに飛び込んでいく。
アブラムシとの全面対決が始まり、俺は遠目でテレサを見ていた。
一斉に飛んでくるアブラムシをあのグリムリーバオとか言う鎌を使って一度に何匹ものアブラムシを引き裂いてく。その様子は微塵の焦りもない。むしろ舞踊のごとく軽やかにステップを踏みながら退治している。
「あれ? 俺必要ないんじゃない」
「それだとリーファスシンボルあげられないッスよ」
「つってもあのテレサを見て折れにできることがあんのかって思うんだけど」
「そうッスよね。実際姉御一人で解決できる問題ッスしここで指咥えていても、」
ルーフィが突然その口を閉ざす。
何だ? と言うか……ぶぶぶぶと言う音が聞こえるんだけど。
「……」
バッと後ろを振り返ると、またしてもアブラムシが目の前にいた。
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スタン・トクーク
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俺は叫び声をあげることもせず、自然と本能的に足がその場から逃げることを選択した。




