ケミカルモンスター『ガラブレシア』6
日は暮れていないけど、アブラムシを取り除きに行くにはもう遅い。今日はファストフォレストで夜を明かし明朝クエストを開始しようということになった。
手すりのない階段を下りる恐怖を味わいながら、俺はすれ違うリーファたちに奇異な目で見られながらルーフィに案内された客間で一晩過ごすことに。
テレサと二人で。
「ぜってーこっちくんなよ。ぜってーこっちくんなよ! 変なことしたら叫ぶからな」
「君っていちいち言ってることが女の子っぽいよね。それフリ?」
「るせー! 俺はもう寝る! お休み!」
用意された布団にくるまり俺は横になる。
森を歩いて疲れたし、何より起きていたらテレサに何をされるかわからない。
ただ、寝ると言っても簡単には寝付ける心境じゃなかった。
依頼を、クエストを受注したんだ。それはそれで異世界に来たって気持ちになれて悪くない。だけど、不安がないわけではない。明日になったらどうなるのか。アブラムシとはどんな蟲なのか。思考が不安で塗り潰されて言って頭が熱くなってくる。
「大丈夫……大丈夫だ」
「レン」
「うわっ! 何だよ! 布団引っぺがすなよ! ハッ!? まさかそのまま俺の服を引っぺがそうとするのか! やめろ! やめてー!」
「君の中の私はどんだけ変態なのよ」
どれだけ変態も何も純然たる事実を言っているだけだし。
「だったら寝かせてよ。明日のこと考えて頭がぐるぐるなんだよ」
「最初ダンジョンに行くときはあんなにもウキウキだったのに、初クエストはそんなにも嫌なの?」
「ダンジョンだって今じゃ怖いよ。とにかく今日は寝る!」
布団をひったくってもう一度包まる。
落ち着け。心を鎮めるんだ。
自分にそう言い聞かせていると今度は優しく頭に手が置かれる。
またテレサか。もういい。無視だ無視。頭を撫でさせるくらいで噛みついていちゃあ疲れが溜まるだけだ。撫でるだけなら好きなだけ撫でさせよう。
でも、この撫で方は優しくて、ゆったりして、自然と身体から力が抜けるような優しさを感じた。
「レン。不安なら、それは仕方ないよ。でも、私が一緒なのよ。それだけは安心できるんじゃない」
「……それでも不安なんだよ」
「でも、私は期待してるよ少年。明日、カッコイイ所見せてね」
カッコイイ所を見せてと言われ、はいそうですかとも返事はできずに俺はゆったりと意識を混濁に落としていった。
翌日。俺たちは森の北へと目指し歩いていた。
ギャーギャーと畜生共の声が響き、より鬱蒼とした獣臭い景色になっている。
「ここまで歩いて、モンスター類に遭遇しないのは奇跡だよな」
「遭遇しないように気を付けてるからね。皆私に恐れて出てこないのよ。野生は危機回避が大事だからね」
恐れてって、野生の本能がテレサの危険を察しているみたいな言い方だけど、こいつの言うことだからどこまで本気かわかんないな。
言葉の真偽はどうかわからないけど、モンスターと遭遇していないことは事実。このまま無事にガラブレシアにに辿りついてほしいもんだ。
「姉御はヤバいッスからねぇ。その気になればレプシャロ・フォーレを敵に回しても勝ちそうッスもん」
アブラムシの駆除にルーフィが同行することになった。
どうにもティターニティは俺が解決するというのを信用せず、全てテレサが解決するんじゃないかと思っているようで監視役としてルーフィを遣わしたみたいだ。
「姉御。いくら姉御の頼みだからって隠ぺいは出来ないッスよ。こいつがしっかり働かないならリーファスシンボルは上げないってティターニティは言ってたッス」
「それなら心配ないわよ。レンはもうこれ以上に無いくらいの活躍をするから。ねーレン」
「あ、ああ」
実際アブラムシを取り除くと言われてもアブラムシが何なのかがわからないから二つ返事で大活躍するなんて言えないし。
「うーん」
「なんスかアンタ。そーんなに悩むなら別にやめてもいいんスよ。こちとら姉御がいてくれるなら何ら問題はないんでスので」
「……なあルーフィ。聞きたかったんだけど、何でテレサはあんなにもリーファたちに慕われてるんだ?」
レプシャロ・フォーレに来てリーファと出会ってからずっと思っていたけど、何であんなにもテレサはリーファたちに受け入れられているのか。
リーファは人間のことが嫌いなんだろう? 何で嫌いな理由は知らないけど、例外的にテレサを認めている以上、それなりのことをしたに違いないだろう。
「あの人は……自分たちの恩人ッスから」
「今回のアブラムシ駆除みたいに何かの問題解決をしたとか?」
「そうッス。今回のアブラムシとは比較にならないほど、それこそ侵略されかけていた時に入り口の番人を退けてレプシャロ・フォーレに入ってきたのが6年前のことっす。姉御は見ず知らずの自分たちの味方になって、それこそ劣勢を一瞬にして跳ね返すほどの働きを示して、侵略者を退けたんス。あの時姉御が来ていなければ自分たちは負けて支配されていたかもしれなかったッス。だからティターニティも皆も姉御には頭があがらないんッスよ」
侵略者を退けた。
口で簡単に言っているけど、随分と豪快な恩の売り方をしたみたいだ。
その侵略者がどこのどいつか知らないけど、武勇伝と言うか一つの種族の存亡の危機を救ったということは確かに慕われたり受け入れられたりするのは納得のいく理由だ。
だけど逆に思ったのがテレサと言う人物がどういう人間なのかが気になったな。多分素材を集めるためにレプシャロ・フォーレに来たんだろうけど、それでも妖精の戦いに首を突っ込むか普通。その時だってリーファは人間のことを嫌いだっただろうし、無茶と言うかなんというか。
「だからリーファの皆、姉御が大好きなんッス」
「救われたんなら、そうなるか」
「ほら二人とも、ガラブレシアに着いたわよ。少し歩くペースを落として」
ルーフィと話しているうちにガラブレシアの馬車に到着したみたいだ。
俺はテレサの言う通り歩くペースを落とし、テレサが木の陰に隠れたので俺も同様に隠れる。
「なんか、すごい匂うな」
「ガラブレシアの匂いは強烈よ。今はアブラムシのせいで活動が鈍くなってるみたいだから匂いも抑え目だけどね。にしても……結構いるわね。アブラムシ」
アブラムシと言われて、真っ先に思い浮かぶのが野菜と科の植物にいるあのアブラムシだ。テントウムシに食べられてはアリに護られる弱っちい蟲。正直、アブラムシを取り除くと言われて楽なのかと思った。
だけどテレサにつられて木の影からガラブレシアを見てみるとその考えが甘い考えだったと思い知らされることになる。




