ケミカルモンスター『ガラブレシア』
スライムの洞窟。シミズクの源泉。この二つのダンジョンに行ってそれなりの危険にも遭遇しながら帰ってきた。
今日も今日とてポーション保管庫の整理と品数のチェック、不足している在庫を書いてはテレサに報告する。そんな仕事をしていた。
ヴァルハライズで働き始めて既に二週間。仕事も少しずつ覚えてきて自分で考えて動けるようになってきた気がする。
死神には15歳だから働くなんて御免だと啖呵を切っていたけど、異世界に着て本当に働く羽目になるとは更々思っていたかった。でもそんな俺でもこうやって頑張って働けているんだ。
人ってのはいつどんな風に変わるかわかんないもんだな。
「蟲よけポーションの在庫が足んねーな。飲んだら蟲が寄ってこなくなるポーション。自棄的に蟲が多いのかヴァルハライズで一日で結構売れてる。フレグランスポーションもねーな。飲んだら香水のごとく香りが付くポーション。ヴァルハライズは女性向けだしこれも売れ筋は抜群……ん?」
フレグランスポーションの隣の開いている箱。ストレグランスポーションと書かれた札が掛けられた箱だ。ストレグランスポーションなんてヴァルハライズでは見たことない。ニブルハイセキスの商品かな。
「おっと、横道は厳禁だ。ちゃんと仕事しないと」
止めていた手を動かす。
仕事に撃ち込む姿勢もこれまた以前の自分では考えられないことだった。
「えっとビアポーションは……」
「レーン! どう? 仕事は順調!?」
保管庫の扉を開けてテレサが聞いてくる。ついでにいつものように頭に両手と顎を載せてくる。
まるで現場に視察に来た上司が肩を揉みながら近況を聞いてくるようだ。
The・セクハラ。
「おかげさまですごい頑張ってるよ」
「ポーション保管庫の在庫整理って肌寒いからねぇ。私冷え性だから君がいて本当に助かるよ」
「冷え性ねぇ。常に熱発してるイメージがあるけどな」
「それってどういう意味かな? それより在庫整理を頼んどいてなんだけど、勝手に飲んでないよね?」
「……ノンデナイヨ」
「そうかしらー!? ほらこの箱とか一個もポーション入ってないよー!? もしかして飲んじゃったとかー!?」
「最初から入ってなかったっつの! 第一ストレグランスポーション自体見たことないし」
「これストレグランスの箱か。在庫切れてたんだ。ふーん」
テレサが溜息を洩らしながら考え事をする。というか俺の頭に体重かけて考え事をするなよ重たいだろう。
「よし決めた。ガラブレシアの蜜を取りに行きましょう」
「ガラブレシアの蜜って、なんか名前がすごく強そうなんだけど……モンスター?」
「モンスターって言えばモンスターだけど、大丈夫よ。10メートルくらいあるけど」
「やだ! やだー! 俺行かない! ポーションショップサイコー!」
俺はテレサを振り落として保管庫の隅に逃げる。
「ちょっとー。ヴァルハライズの従業員なら素材の場所もしっかり把握しなきゃいけないわよ」
「だって10メートルって、花粉だろ? 花だろ? 植物だろ! ぜってー食虫植物だ!」
「別に食虫植物じゃないわよ。何回も取りに行ってるし、ちなみに食虫じゃなくて食獣植物よ」
「ほらー! 絶対危険だ! 俺は行かねーぞ! この前のアクロンみたいなのはごめんだ!」
アクロンのイノシシを捕食するあの場面。大自然の厳しさを知ったというか、流血とかではない捕食があんなにも心を抉るものだとは知らずちょっとしたトラウマになっていた。
「どうしても行かないの?」
「行きたいくない!」
「……シミズクの源泉で男らしいところ見せるーって意気込んでたのに。あの時の君はどこに行ったのかしら」
その言葉が胸に突き刺さる。
そうだ。シンオークの雑木林であまりにも情けない醜態を見せて名誉挽回をするとテレサに誓った。だけど今また臆病風に吹かれてダンジョンに行くのを必死に拒んでいる。
これでは以前と何も変わらない。そうだ。テレサに男らしいところを見せてやると誓った以上、これ以上の醜態はあまりにもカッコ悪い。
覚悟を決めろ煉瓦!
「わかった。行くよ。こうなったら大車輪の活躍をしてやる!」
「じゃあ行こう。レプシャロ・フォーレに」
冒険用の服に着替え、いつも通り手荷物は持たず、街の正門でピュールに乗り、大地を駆ける。
体に強いGを感じながら着いたのはとある森の入り口。10メートルを超える食獣植物が生息するダンジョンと言うだけあって背の高い木々が重なるように立っていて、何とも禍々しい。
入り口から深々と生い茂る木々のせいで光の入らない薄暗い森。シンオークの雑木林とは比較にならないほどの立派にそびえ立つ木々。なんかこう、今までのダンジョンとは全く毛色の違う、難関ダンジョンな予感。
「ゴクリ。なかなか立派な森じゃないか」
「レプシャロ・フォーレ。多種多様の動物や魔物のモンスターが生息する、この地方きっての野性の宝庫であり最大級のジャングル。別名『赤ずきんの森』」
赤ずきんの森と言われて、真っ先に思い浮かんだのが童話だ。
確か、赤ずきんがおばあさんに化けた狼の所に行って食べられてみたいな話だったな。助かるか助からないかは書き手によって変わるとか何とか。
異世界に赤ずきんの話があるのか? 俺たち転生者が話を広めたではないのだろうか。
「この森にはかつて白いズキンと白い衣服をまとったかわいらしい女の子が住んでいたの」
「この森に? え? 不便だろ」
「女の子はこの森で取れる木の実などを街で売って生計を立てていたんだけど。ある日、木の実を集めていた時にそれは起きた」
「木の実売って生計を立ててたって、こんなところに住む仙人みたいなヤローのくせに人のいるところに行くのか」
「そう、狼の魔物に襲われたのよ!」
「普段この森に棲んでるなら何かしら対策してたはずだろ。その日だけ油断してたとかかな」
「君はほんとに揚げ足取りが好きだね! もうちょっとワクワクしながら話を聞けないかな?」
静かに聞いてくれないことに憤慨してくる。
ちょっと突っ込みを入れただけじゃないか。
「で、そのあとどうなるのさ」
「狼に襲われた女の子は頭を噛み砕かれて死んだ。だけど死んだはずの女の子は今でも街で見かけることがある」
「ご、ゴクリ」
「街を歩くその子の純白のズキンは血によって真っ赤に染まっている、その子が頭から血を流しながら!」
迫真の声でテレサの話が終わった。
前半はいろいろと突っ込みどころが多かったけど、オチは本当に怖い物だった。
白いズキンをかぶった少女が血の頭巾をかぶるなんて、そこいらのホラーより幾分も怖い設定だ。
「呪われた森なんだなここ」
「まあウソなんだけどね。本当はある時期の森の木々が一斉に赤く色づいて赤いズキンをかぶっているように見えるから赤ずきんの森って言われてるんだよ」
「……」
「結構怖かったでしょ私の話。マンガールにも負けないストーリーテラーに……およ? どうしたのレン?」
「なんか……怖がって損した」
兎に角俺たちはレプシャロ・フォーレへと足を進めることにした。




