ケミカルモンスター『シミズク』3
アクロンとの戦い……と言っても戦ったのはテレサで俺は何もしてないし、何より目を瞑った一瞬で勝負がついたので戦ったという実感もないに等しいのだけど、とにかく紆余曲折しながらもシンオークの雑木林の最深部。シミズクの源泉にたどり着く。
源泉と言えば水の湧き出る地点のことを言うけど、デカいというより広い。ぽっかりと空いたクレーターに水が溜まっているんじゃないかと思える、もはや湖のような源泉だ。
「ここにシミズクがいるのか」
「そう。シミズクは鳥類の分際で水中での活動にも適している。なんたって水の中に巣を作るんだからオドロキよ」
「それはそうと……シミズクって聞いたことあるんだけど。お金の単位だよな?」
「うん。シミズクは国の記念指定生物に認定されてるいわば国の象徴の一つよ。捕獲や飼育も全面的に規制されてて国の認可が下りなくちゃ手元に置いとくこともできない超希少生物なのよ」
「は? そんな生物を捕まえて……ポーションの素材にするのか!? 待てよ! 違法じゃないのか?」
もしかして俺、犯罪の片棒を担ごうとしているのではないだろうか。
裏ポーションショップなんてものがあるんだ。それ相応の黒さがあるに違いない。
「シミズクのポーションはただ単純に美味しいのよ。だけど国から作っちゃダメ―って通告があったのよね」
「じゃあダメじゃん! 獲っちゃダメじゃん!」
「大丈夫よ。私はお上から許可をもらって、ニブルハイセキスに置いてるの。禁止になってもやっぱりあのおいしさをお偉いさんは忘れられないのよねぇ」
シシシと笑うテレサ。ああ、国の許可をもらってるって話が本当かは分からないけど、禁止したものを国の認可で販売してるって辺り……やはり裏ポーションショップだ。
「さあて早速シミズクの捕獲と行きましょうか!」
宣言し、テレサは服をおもむろに脱ぎだした。
「ちょい、ちょい待って! 何で脱いでんの? 腹見えてるって!」
「シミズクは水の中にいるのよ。服を着たままじゃ泳げないじゃない。それじゃあ!」
「だーちょっとま……! あれ? 水着?」
上着を脱いだテレサの胸には水着がつけられていた。
なんだ。準備をしていたのか。あたふたして損した。
「君のそういうところがヘタレ臭いよねぇ。ハイこれ君の水着」
「思うけどそのウエストバッグどうなってんの? 四次元ポケット? ていうか俺ももぐんのか」
「あったりまえじゃない。君、私に借金あること忘れないでね。私を手伝って悦ばせることが君の仕事なんだから」
「それはわかってるよ。じゃあ向こうで着替えてくるからくんな! 自然に着いてくるな!」
「いいじゃない。誰かに見られるわけでもないし」
「テレサが見るんだよ!」
いつものやり取りを終えて、俺はトランクスタイプの水着を着て湖畔に立つ。
「この池は結構深いから気を付けて。シミズクは壁の穴に巣を作って昼間はじっとしてるから。見つけたら私に知らせて。ちなみにシミズクの源泉で取れる水はブルーステラウェイの水に勝るとも劣らない良質な水だからおいしいわよ」
とっても簡易な説明とちょっとした豆知識を教えてもらった後、俺は水しぶきを立てて池に飛び込んだ。
池の中は……こういっては何だけどかなり澄んでいる。俺の体三つ分ほどある深さの池の底が見えるからその程度がうかがえる。
とりあえずシミズクだ。俺は池の壁を伝って穴の開いている部分がないか探す。
時折息継ぎのために水面へと上がっては潜ってを繰り返す。
池の壁にあからさまに掘られた穴を発見する。ここがシミズクの巣か。
俺は穴の中を覗き込む……何もいないじゃないか。ただの穴だぞ。水藻が積まれていること以外何も変なところはないようだけど。
なんて思っていた矢先、水中に黄色い、ぎょろりとした球体が出現した。
「ごぼがばっ!?」
肺の空気が一気に漏れ出し、俺は急いで水面へと上がる。
「ぷはっ! テレサ! 何かいた! 何かいたぞ!」
「お、シミズク見つけた?」
「シミズクかはわかんないけど、水の中で黄色い丸い物がぎょろりって出てきた」
「シミズクね。シミズクは水と同化してて目以外は肉眼じゃ見ることができないのよ」
「擬態してるってことか?」
「それもあるだろうけど、水の中でのストレス軽減のためとも言われてるわね。じゃあ捕まえてくるね」
「待って! 俺が行く。俺が捕まえに行く」
そう言ってテレサの返答を待たずに俺は水中に潜る。
人をヘタレだのなんだの言いやがって。俺だってやるときはやるってところを見せてやる。
潜っていき、先ほどシミズクがいた穴の前で止まる。
穴はそんなに大きくないし、手を伸ばせばシミズクに届く距離だ。簡単に捕まえられるはず。恐る恐るだけど、少しずつシミズクに手を伸ばす。
もう少し、もう少し。
(もうちょっと……届いた!)
シミズクの羽の部分に手を触れた瞬間。水中に浮かぶ黄色い球体がこっちに向かってきた。シミズクが近づいてきてるのは分かるんだけど、その姿が全く分からない。そしてシミズクが俺の顔の前で大暴れしてとんでもない状態になった。
まるで顔をひっかかれているかのようだ
「ごばふぁがば!?」
またしても肺の空気をすべて出し切って、半ば逃げるように水面へと上がっていく。
「どぶぁっはぁ! し、死ぬかと思った!」
「やっぱ無理だったか。捕まえるのは私がするから」
「いや、大丈夫だ! 俺が何とかする。俺だってやればできるってところを見せたいんだ」
「……シミズクは昼間は巣穴でジッとしていて、もし巣穴に侵入してきたら必死で追い返そうとするの。だけど半水性生物のシミズクを呼び出す音を私は知ってる。それがこの笛」
テレサから変わった形の笛を渡される。
「これを吹けばいいのか?」
「それを咥えてシミズクの巣の前に言って、軽く吹く。そしたらすぐに水面に戻る。そうしたら一緒にシミズクがついてくるから。もう一回やってみなさい」
「わ、わかった」
テレサに後押しされて俺は今一度シミズクの巣の前に行く。
咥えた笛を軽く吹けばいいんだよな。と言うより水中で笛を吹くというのもおかしな話だけど、とにかく俺は笛を吹いた。
そしたらすぐに水面に戻る。俺はテレサの言葉を信じてすぐ水面へとあがる。
「ぶはっ! 笛吹いて来たけど、シミズクは」
テレサに聞こうとした瞬間。ポチャン、と水面に波紋を作って水中から飛び出してきた。
鳥。そう鳥だ。水面にまるでカルガモのように浮かぶそれはどこからどう見てもミミズクなのだけど、全体的に水色っぽいというか、まんま水の色だ。
これがシミズクか。
「見ずにぷかぷか浮いてて……かわいいじゃないか」
「シミズクはいちいち水に潜らないと取れないのが難点なのよねェ。さぁこれで一匹目確保」
「あのさぁ。聞きたいんだけど、シミズクをポーションの素材にするってことは……屠殺するってこと? そういうことならさ。俺のいない所でやってくれないかな?」
本音ではやめてほしい。水面にぷかぷか浮かぶ水色のラブリー毛玉を殺すなんてことを受け入れたくない。
シミズクが俺をじっと見ている。笛を吹いたから俺を見ているのかは分かんないけど、何の曇りもないまんまるなその瞳に一切の邪念もない。
「俺にはこいつが死ぬなんて事実は受け止めきれねぇ」
「別にシミズクの肉を使ってポーションを作るってわけじゃないわよ。水の中じゃシミズクの姿が見えないから地上に出しただけよ。私が採ろうとしてたのは……これ」
「それ……シミズクの羽?」
「シミズクをすり潰してポーションに混ぜる。そうすればシミズクのポーションが完成する。ただし一匹のシミズクから一回で取れる羽の数は決まってるのよ」
良かった。シミズクを殺すとかではないんだな。
「よーしレン! 水から上がって上がって。シミズクポーション飲ませてあげる」
「いいのか? 裏の店に置く希少な素材なんだろ?」
「いいのよ。むしろうちで働くんだから味を見てもらわないと。シミズクの羽とアクロンの体組織に薬草で……完成! 即興『シミズクポーション』! 裏ショップのポーション。たんと召し上がれ」
「おう。イタダキマス!」
豪快にポーションを飲み干す。
「どう? 水着姿で、泳いだ後だから清涼感がすごいでしょ」
「……」
「どうしたの? 急に黙って? おいしくなかった?」
「いや、そんなことない。そんなことないんだけど……味がないって言うより、そう。清涼感が強すぎて飲んだって感覚がない。不思議な感覚だ」
「だからこそ、シミズクポーションはおいしいのよ。さぁ。どんどんシミズクを捕まえて羽を毟るわよー! 目指せ50匹!」
高々と宣言してまたしても水に飛び込む。
俺も後に続こうかと思ったけど、清涼感が強すぎるせいか少し意識が別の場所にあった。
「レーン。早く来なさいよー」
「あ、ん、ああ! なあテレサ」
声をかける。かけられたテレサはなあにと聞き返してくる。
唐突かもしれない。だけど今言っておきたかった。さっきも見栄を張ってシミズクを自分一人で捕まえると言ってミスをしたけど、どうしても言いたかった。
「テレサに認めさせてやりたい。俺はただのヘタレじゃなくて、やるときはやる男だって。だから……頑張るよ」
俺は魔王を倒すために異世界に来た。だけどテレサにへっぴり腰で魔王を倒すなんて夢のまた夢と言われて心底プライドが傷ついた。
目的成就のために、プライドを取り戻すために、テレサに一言言いたかった。
唐突な宣言にテレサは少し無言になり、フフッと笑った。
「そういうことは口にするものじゃないよ。だけど、期待にしてるね。君の男らしさってやつを」
「あ、ああ!」
「じゃあ早速シミズクたちを捕まえてきて。頼りにしてるよ」
テレサはそう言って水の中に潜った。俺もそれに続くように飛び込んだ。
二つ目の冒険は夏休みの田舎のような冒険だった。




