異世界王討伐
「屑桐煉瓦さん。ようこそあの世へ。歓迎します」
唐突に告げられる衝撃の事実。
あの世? 俺は周りをきょろきょろと見回す。
何も見えない。真っ暗。純黒の景色。上か下とかの概念がないような、意識だけの場所とでも言おうか。
これは夢だろうか?
指をグッパグッパと開閉する。している感覚はあるんだけど、しているはずの手が見えない。
頬を抓ってみよう。頬を抓ろうとしたけど頬が全然引っ張られない。
まるで顔が存在してないかのようだ。
「……」
「死んだことを認めたくない気持ちはよくわかります。あ、ごめんなさい訂正しますやっぱりわかりません。死神ですから死んだ気持ちがわかるなんて軽々しく言うのはいけませんよね。すみませんご冥福をお祈ります」
何だこいつ。話を切り出しておいて自分勝手に完結して何祈っているんだこの声の主は。
しかもこの声の主、自分で死神と言いやがった。死神と言われると黒いボロマントみたいな装束を纏った骸骨みたいなのを想像したけど、結局真っ暗で何も見えないからどんな姿かわからない、声だけの存在だ。
声だけ聞くならとても女性的で、年上の女性をイメージするに易い声質。おっとりしているというか、どこかしら優しそうな声だ。
言ってる内容は意味わかんないけど。
「……」
「どうやらこの状況を把握できていないんですね。大丈夫です。そういった方たちに一から説明するのが仕事ですから。貴方は」
「いや、待って」
思い出してきた。
そうだ。最後の記憶は正月三が日の最終日。
家族が俺を置いてグアムで年末年始を過ごすとか何とかで一人でいたんだ。
大晦日は友達と過ごしたいって言ったら俺を置いてあっさり海外に行きやがって。今どき正月をグアムで過ごすとかないだろ。
ムカついた俺は大晦日に友達を呼んで太鼓を響かすが如くどんちゃん騒ぎを敢行し、それを年明け2日目まで絶え間なく行って、皆が帰った年明けの3日目。寝起きに腹が減ったから棚の物を適当に焼いて食べて……食べて。
「そうだ。俺は死んだ。いや、殺されたんだ」
「そうです。貴方は死んだんです……殺された?」
「殺されたんだ……日本の冬特有のシリアルキラー。餅に!」
友達と大晦日に騒いでそのまま徹夜で正月を迎えて買い貯めておいた餅を一気に開放し餅パーティを開いた。皆が帰った3日も俺は残った餅を食べていたんだ。
正月に食べる餅は格別だ。冬という季節が餅をより一層おいしい物にしてくれて、味付け海苔を巻いて醤油にトントンとつけて。ハフハフと熱いのを息で和らげながら咥えて伸びる餅は本当に美味。
俺は餅を塊のまま焼いて豪快に食べていた。
それこそ美味しい美味しいと至福の時間を噛みしめていた。
だけど突然の悲劇。咽に引っかかる熱源が急に体の自由を奪ったんだ。
咽が焼けるように熱いとのたうち回り、胸板をドンドンと叩いた。咽に餅が詰まったんだ。
何とかして咽の餅を取ろうとするにもひたすらに胸板を叩くだけでどんどんと意識が遠のいて……。
「気が付いたらここにいた」
「完全に思い出したようですね」
「咽に餅詰まらせて死ぬとか……なんて情けない」
実際咽に餅を詰まらせること自体とても恐ろしいことだ。
日本の冬。餅による殺害件数は何件も起きて多くの命を奪っていく。
だけどまさかその一人に俺がなろうとは思いもしなかった。
「うわぁ間抜けな話だ」
「ですよね。家族に置いてけぼりにされてやけになって餅を口に詰め込んだ挙句死んじゃったんですから救いようがありませんよね。同情します」
カチン。その物言いにあったま来た。
「何が同情だ。結構歳行ってそうな声しやがって! どうせ俺に顔見せないのもお肌がボロボロだからだろ!」
「な、何を言うんですか! 私はまだ死神としては若い方です! お肌だってプルンプルンです。スキンケアは大事ですからね。寝る前にいつもしています!」
死神のくせにスキンケアをしているのか。
「まあアンタがおばさんかどうかとかどうでもいいや」
「よくないですよ。訂正してください。さもないと殺しますよ。あ、ごめんなさい死んでるんでしたね」
本当にこいつは。
「その、死神さん? 俺はこれからどうなるの? 死んだ後に意識があるってことはあの世に行くってことか? ようこそあの世って言ってたけど、あの世って本当にあるの?」
「あなたたち地球の人間たちの言うあの世は存在します。ただし俗に言う天国とか地獄とかはありません。死はどんな善人だろうと悪人だろうと平等ですから。皆等しく同じ場所に行きつくのです。わかりましたか?」
「いや、聞いてもないこと得意げに言われても。つまり連れてかれる場所があるってことか? 死んだんなら、もう適当にダラダラしてる感じなの?」
「いえ、死ぬまで働いてもらいます」
「は?」
間抜けな声を漏らしてしまった。
「だから、死ぬまで働いてもらうんです」
「死ぬまでって、今もう死んでるんでしょ? 死んでる状態でさらに死ぬまで働くって……冗談じゃない! 俺はまだ15歳なんだぞ! 働くなんて御免だ! てか何で死んでまで働かなくちゃなんないんだよ!」
「死んでいる状態で死ぬということは私たちで言う『生き返る』ことなんです。あの世で頑張って働く事で現世に転生できるエネルギーを蓄えることができ、あの世にとっての『死』を迎えることができます」
「つまり、生き返りたきゃそれ相応の努力をしろってこと?」
「そういうことです」
えぇなんかヤダ。
死ぬ前だって正直親達優しくなかったしそんな無理に頑張って生き返りたいとも思わないなぁ。
「あからさまに嫌そうな顔ですね」
「俺の表情見えるんだ。何にも見えないから消えてるとばかり」
「私には見えるんです。まあここに来て皆さん嫌な表情をしますよ。中にはふざけるなと声を荒げて喚き散らす人がいますが。そんな人たちは強制労働。もしサボろうものなら拷問器具が皆さんを暖かく迎え入れてくれますよ」
とんだブラック、いや。ブラックと言われる企業すらドン引きの獄ブラックの最悪労働条件じゃないか。
「全く。週休二日制で娯楽療養完備なのに皆さん本当に嫌がるんですから。わがままですねぇ」
「あ、字面だけなら結構良心的だ。まあ強制労働は否定できないけど」
「ですけど、働くのが嫌なそんな皆さんのために。ごく一部の選ばれた方のみ。とある提案をしているのです!」
「とある提案ってうぉ眩しっ!」
いきなり目の前に光が差し込み反射的に目を塞ぐ。
多少驚いたが、その光が何かを確かめるために目を開くと、いくつかの風景と文字が書かれた写真が浮かび上がっていた。
「これが死んだ人たちの中でも選ばれた人にしかできない『異世界王討伐』です」