ケミカルモンスター『シミズク』2
テレサが指を指した方向。ズシンズシンと豪快な足音を立てる半透明の巨人。
脚は短く、ずんぐりむっくりな見た目にその体の中に小さな何かが泳いでいる。目を凝らしてみると泳いでいるそれは魚のようだ。
シルエット的には完全にゴリラだ。腕が長くて太くてもはや四足歩行の域に達しているし、完全に歩き方がナックルウォークだ。本当に動きからしてゴリラだ。
でも、なんかこう、生物っぽくない。どちらかと言うと人工物に近いような見た目だ。
「あれがクソ強いモンスター?」
「スライムゴーレム。通称アクロン。かつてこの地に住む魔導士が溺愛するシミズクたちのために守護者を創り上げた。シミズクが休めるように水性の体で、その体に餌である魚を積み込んで、シミズクの巣を中心に徘徊しては侵入者を排除する魔導人形ね」
あれがスライム? スライム? つい先日スライムの洞窟で見たスライムに比べて肉付きが良すぎだろう。
スライムと言うなら巨大なスライムなのだろうが、巨大なスライムと言うより型取りされたゼリーみたいだ。何よりスライムの洞窟で見たスライムは球体だったってのにあれは人型だぞ。
それにオドロキなのがあれが人の手で作り出されたものだってこと。やっぱり人工物だったか。どっからどう見ても自然物じゃない……と言いたいところだけどブルーステラウェイの自然陣のこともある。決めつけは良くない。
ここは異世界だ。見解を広めよう。
にしても魔導人形か。魔導士が作り出した守護者。俺たちが捕獲しに行こうとしているシミズクを護る水のゴーレム。いかにも凄味がありそうじゃないか。
「でも結局シミズクはアクロンを止まり木としては利用してないのよね。ほとんど素に籠ってるし。だからあれはただ単に雑木林の生態系を滅茶苦茶にした代物なのよ」
「えぇ……何その落ち。魔導士が余計なことしただけじゃん」
「まあ今となっては結構数も減ったし、同じルートを徘徊してるだけなんだけど、見つかったら襲い掛かってくるのが厄介なのよね。センサーじゃなくて視界と音に反応するのが救いよ。草陰でジッとしてればやり過ごせる」
「動きはとろそうだな。ん? あれは」
アクロンの行く手。一匹の巨大なイノシシのモンスターが現れた。
日本とかにいるイノシシなんかより派手な色をしていて……鬣がもはやモヒカンレベルで上に立ち上がっている。
なにやら、興奮しているみたいだ。ぶるるんぶるるんと鼻息を荒くして、足で地面を何度も蹴って。まさに、今まさにアクロンに向かって飛びこもうとしているのではないか。
「これは見ものね」
「見ものって……動き出した!」
イノシシは猛る。鼻息を強く、まるで重戦車のように地響きを響かせ、草木をなぎ倒してアクロンへの道をその足元に刻み付ける。
そして接触した瞬間。ずぷんと音を立ててイノシシはアクロンに飲み込まれていった。
そう、飲み込まれたんだ。
巨大な体躯。ビルさえもなぎ倒しそうな突進。岩をも粉砕しそうなそそり立つ牙。全ての要素で剛健屈強なイノシシは、アクロンに触れたと同時にその体に包み込まれ、まるでホルマリン漬けにでもされたようにピクリとも動かなくなった。
「何……あれ?」
「あれがアクロンの食事よ。と言っても魔導生物だから捕食と言うより燃料にしてるんだけどね。ああやって生物を取り込んで体に生息している魚に食べさせる。中の魚が活発になるほどアクロンはより活動的になる。いわばあの魚とは共生関係にあるのよ。シミズクのエサの分際で生意気よね」
いや、いやいやいや。あれは完全に捕食だろ!
流石ゴーレムでもスライムの名を冠するだけあって体全体を使ったダイナミックなお食事をしている。
イノシシが完全に食虫植物にハマった蟲の状態じゃないか。
ゆっくりと消化されていく感じ。想像しただけで怖気が走る。
「あんなの相手にしてたら命がいくつあっても足んねーよ。このままやり過ごそう」
「じゃあレンはここで待っててね。行ってくる」
そう一言告げてテレサが立ち上がろうとしたので反射的に服の裾を抓みそれを阻止する。
「お、何? 行って欲しくないの? 大丈夫だって。ちゃんと戻ってくるから」
「違う。違う違う! 待って今の見たでしょ? 巨大なイノシシが何の抵抗もできずにゴックンされたの。何で今の見て行こうとするかな? 怪我をするじゃすまないんだよ」
「心配してくれるの? やっぱり君はいい子だねぇ。でもアクロンの体組織はポーションの素材にもなるのよ。せっかくなんだし、討伐しようかなーって」
「やめて。やめて! 危険だから! 俺が一人になるだろう!?」
「戻ってくるって言ったじゃない。男の子ならどんと構えないさい」
どんと構えなさいと言われても、目の前であんなもの見せられたら構えるもクソもないだろう。
もしテレサが飲み込まれでもしたら、助け出すことなんてできない。
「ここはやり過ごそう。何かあったら大変だし。ね?」
「……心配してくれる君は本当に優しいねぇ。でも大丈夫。私は壊れることへの快楽を覚えてるから。何にも心配ないわよ」
そう言って俺の静止を振り切って立ち上がる。
アクロンは己の視界にテレサが入ったことを察知し、ゆっくりとこちらに顔を向ける。
「こっち見た! テレサ! ニゲナイト! 本当に死ぬぞ! さっきのドM発言も意味わかんないし、危ないって!」
もはや隠れる意味なんてない。
俺も立ち上がってテレサの服を引っ張り、背中を叩いて逃げるように促す。
ひぃい! こっちに体向けた! ゆっくりとゴリラが歩くみたいにこっち来てる!
もうなりふり構ってられないというか、逃げないと逃げないとと言う考えが先走ってどうにもならない状態だ。
見かねてかテレサが俺の頭を小脇に挟んだ。そしてオチつけと言わんばかりにわしゃわしゃと頭を撫で繰り回してきた。
「大丈夫よレン。私は負けないから。君が来る前に何体もアクロンを討伐してるから何の心配もない」
「そうかもしれないけど、もしもってことがあっぷ」
アクロンが迫りくる中、テレサが俺の口に口を押し当ててくる。
「慎重なのはいいことかもしれないけど。あんまり弱腰だと、かっこ悪いぞ少年」
テレサは俺を逃がす様にとんと胸を押してくる。
俺はふらつき、後ろへと数歩後ずさりした後男その場に尻もちを着く。
アクロンはすぐそばにまで来て、その大きな腕を振り被る。
「テレサ!」
「怖かったら、目を瞑ってなさい!」
アクロンの腕が振り下ろされる。
俺はその瞬間に目を閉じ、さらには顔をそむけてしまう。
いくらテレサと言えど……いや、テレサの何かを知っているわけでもないけど、でもあのテレサでもあんなデカ物に勝てるわけが。
「レン。ほら。いつまでビビってるのよ。顔あげなさい」
「ん? て、テレサ! 無事だったのか! あれ? アクロンは?」
テレサが何食わぬ顔で俺の頭を叩いて来た。
襲い掛かってきたアクロンはと言うと、巨大な体躯のくせに一瞬にしてこの場から消え去っていて目の前にはホルマリン漬け状態だったイノシシが倒れ伏せていた。
「倒したわよ。じゃーん。これ。アクロンの核」
「核?」
「アクロンは魔導人形だから本体となる核があるんだけど、それを取り出せば形を保てなくなってただの水になるのよ。でもちゃんとアクロンの素材もとったわよ」
もう片方の手にはアクロンの体組織であろう物が入ったフラスコが握られていた。
「そうか。よかった。無事でよかった」
「私は昔と違ってこんなにも心配してくれる子がいるからね。猶更モンスターなんかにやられるわけにはいかないわよ」
「ちょ、頭撫でるなよ。子供じゃねーんだから」
「んー。にしても異世界に来てまだ十日くらいとはいえ、君は男とは思えないほどへっぴり腰だねぇ。そんなんでよく魔王を倒すーとか言えたね」
その言葉に俺のプライドと言う名の糸が断ち切られた気がした。
そりゃあ、あんな光景を目にしたら一人の人間として恐怖は抱くのは当然だ。当然のはずだけど……確かにあまりにもヘタレていたのは否めない。
そうだった、俺ってやつは魔王を倒すために異世界に来たって言うのに……。
「まあいいよ。君は私が護るから。ほら、先に進も」
テレサが先行する。俺はテレサの言葉に歯がゆさを覚えながら後を着いて行った。




