ここは異世界
「うわ眩しぃ」
目に差す日の光を反射的に腕で遮る。
ビックリした。さっきより眩しい。
あの死神。何にも見えない所からいきなりこんな日の差す所に出しやがって。
何が移動させるだよ。ただ単に視界が変わっただけじゃないか。
真っ暗ではなくなったけど眩しさで目を瞑ったからまだ周りがどんなところかは知らない。
異世界だろ? 魔王がいる世界だろう? というより本当に異世界に来たのか? と言うより異世界に行けるって話も今思えばおかしい気もしてならない。
まあ色々考えるのは後だ。とりあえず塞がれた瞼を開いて周りの景色を見てみよう。
俺は恐る恐る目を開く。
「お、おぉ?」
広場、うん広場。石造りの広場。その周りを囲うような野菜や食べ物の露天商。
足元にはポッポポッポ……鳩なのかこれ? 地面を突く見たこともない色の鳥。なんか孔雀みたいな色してんぞ。
ここが魔王のいる異世界? ちょっと想像していたのと違う。
俺はその場を離れて道へ出る。
すると歩いてすぐに橋が目に入った。川があるのか? いやこれは川と言うより水路だ。
少しテンションが上がった俺は橋から水路を見下ろす。
やっぱり、思ってたのとは違うな。異世界っつーからこう、ずんぐりした田舎村を思い浮かべてたけど……ここはむしろ城下って言うか王都って言うか、栄えた水の都って感じだ。
「この街並みどっかで見たことある気がするな。日本的ではないから海外だけど……ヴ、ヴ……ヴァレチナ! ヴェネリア! なんか違うな」
うーんと草の根をかき分けるように頭を抱えてうなりながら川を見てると水路に手漕ぎの小舟が進んできた。
「ゴンドラだ。やっぱ水路が整った街ってこういう小船が通ってるんだな」
ゴンドラを眺めていたらゴンドラの舵手が俺の目線に気が付いたのか手を振ってくれた。
遠目ながらも優しく微笑みながら手を振ってくれたことに俺の心は舞い踊り手をブンブンと振り返した。
橋を潜り抜けてゴンドラは曲がり角へと消えていく。
ふっ。年甲斐もなく燥いでしまった。
「結構いいところじゃん。空気もうまいし景観もいい。おまけに人も優しそうだ」
ほんの少しだけ希望的で前向きな気持ちになってきたぞ。
死神に異世界で頑張ってくださいみたいな言われた時は無責任すぎると思ったけど……やっぱ無責任すぎる。
待って。異世界で魔王を倒せって言われてここに来たけど、どうすればいいの?
金もない。というより持ってたところで円じゃどうにもならないだろう。
雨風をしのぐ家もない。たった今よりプータロー。
衣服は今着ている部屋着の冬用甚平だけ。日本は冬だったけどここでは少し蒸すな。
どうしろというんだ。
こういう時、ゲームとかなら魔物を倒せば金が手に入るとかあるかもしれないけど、今いる場所もわかんないのに魔物を探そうなんて……いや、魔物を倒すって考え自体が無理な話しだ。
「うーん……どうすんの? このままじゃ野垂れ死に確実じゃん。どうすりゃいいの? こんなことになるならもっとファンタジー小説とかゲームとかで勉強(?)しとくんだったな」
かきたくない汗をかいて知恵熱を出す勢いで今後の展望を必死に思い浮かべる。
とりあえず魔王討伐は置いておこう。一刻も早い保護が求められるこの状況。
役所みたいなところはないのだろうか? そこに行ってこれからどうしたらいいかを聞いた方がいいのか?
マジで八方塞がりだ。
ああ、全然優しくない、服やおもちゃをほとんど買ってくれなかった父に母。むちゃくちゃキツく当たってくる妹……キツく当たってくれるだけ良心的か。
あんまり仲良くなかったけど、一人だと実感したらあんな家族でも会いたくなるなぁ。
「ほっほっほ。どうしたのかなそんなに頭を抱えて」
ムムムと唸っていると声をかけられた。
声の方に顔を向けるとにこやかに柔らかい物腰のご老人がいた。
「ハハハ。いや、ただ途方に暮れていただけです」
自然に笑いが出てしまう。
本当に途方に暮れた愛想笑いだ。
「途方に暮れてか。見たところその装束。異国の者とお見受けするが」
「あ、はい。まあそんなもんです。異国の地から送りこまれたようなもんです」
異国と言うより異世界なんだけどね。
日ノ本から来たんだけどな。来たって表現もおかしいけどな。
「……もしや、異世界から来たのではないかな?」
この老人。今異世界と言った?
どういうことだ。この老人は異世界のことを知っているのか?
いや、むしろこの世界では異世界の存在がごく当たり前の認識にまで広がっているのかもししれない。
死神が魔王討伐のために数多くの人々を送り込んだ難関の異世界だと言っていた。
何百の人を送り込んだと言っていたんだ。異世界の存在が常識になっているなら可能性もある。この老人に異世界から来たのではないかと聞かれても不思議ではない。
ここまで憶測だけど、もしかしてコレ。ゲーム的イベント!? この老人はもしや魔王討伐のためにこれからどうしたらいいかチュートリアルしてくれるNPC的な人物!
渡りに船だ!
「そうなんですよ! いきなりここに連れてこられて魔王を倒せとか何とか? すみませんけど役所的な施設は、」
「異世界人じゃああああ!!!!」
老人は突然に大声を張り上げた。
周りの人たちは一斉に注目する。
え? ナニ? 異世界人って、異世界人って叫んだけど。俺のこと?
「けんぺー! 憲兵来てくれ! 異世界人じゃ! わしが見つけたんじゃあああ!」
「あのおじいさん? そんなに叫んでどうしたんですか?」
憲兵憲兵と叫ぶ老人の声にやじ馬が集まってくる。
何で囲まれているんだ。
そしてその野次馬の中から二人。見るからに盗賊や山賊やってます的なざっくばらんとした豪快な装備の男二人が近づいて来た。
「な、何じゃお前ら! こいつはわしが見つけたんじゃ! だから賞金も、」
「うるせぇジジイ!」
老人は男のうち大きな斧を手にした大男に裏拳で顔を殴られて鼻血を吹き出して地面に倒れる。
大の大人が腰痛を患っててもおかしくない老人に裏拳?
さっきまでいいところだとか思ったけど完全に無法地帯の修羅の国じゃないか。
そのあまりにも非常識な光景に口を開けてみているしかなく、男のうち弓を持っている細男がこちらを見てきた。
ふと目をやると男たちの衣服に発電所の地図マークのような赤い丸が入っているのが目に入る。
「異世界人の懸賞金っていくらだったっけ?」
「首を取ったら300万シミズク。生け捕りなら1000万シミズクだ」
「なら、運びやすいように手足をブチ折ろうか」
「そうしよう」
ゾクンと背筋が凍った。手足ブチ折るって、ダルマにしようって言うのか?
斧を持った大男は何のためらいもなくその手に持った斧を振り上げてくる。
わかり易いほどの恐怖と戦慄に目を離せずに反応できなかった。
――――――――
スタン・トサーチ
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斧が振り下ろされる直前。無意識に身体を横に、斧の大男に対して半身の体勢になった。
斧はガキンと地面を叩き、一時の静寂が包んだ。
大男は避けられたことを不思議そうな表情をしながら俺の方を見てくる。
目が合って、少しだけ見つめる。
「避けんじゃねええええええ!」
「避けるよぉおおおおおおお!」
大男の無茶な注文に思いっきり無理だと答えると男は斧を横に振り被った。
横って、身体が真っ二つになるよな。
――――――――
スタン・トロード
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目の前に一筋の光の糸が伸びる。
俺は振り払われる斧をしゃがんで避け、身体がまるで自動的に動き、走り出した。
な、何? 体が勝手に動く?
そして走り出した体は空中へと放り出される。
そう、橋から飛び降りたんだ。
「う、おぉおおおおおおおおおおおおお!?」
このままじゃ水路に落っこちる!
甚平の服じゃ泳げないぞ!
―――――――――
スタン・トウォーク
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水面が揺れる。そして広がる波紋。
その光景を目の当たりにした人たちは一斉に声を上げた。
俺自身も驚いている。水に落ちたら水に包み込まれて水の中に入る。それが常識だ。
だけど俺の足は、まるで地面のように水面に着地した。
そしてそのまま勝手に走り出す身体。バシャバシャと水面に波紋を作り、大地を駆けるが如く、足は水に沈むことなく前へ前へと前進した。
この状況。走っている本人である俺自身理解ができていない。
何で斧を避けることができたのか、何で水の上を走れるのか。
何で何でと頭が混乱しているけど、それでも足は止まらない。
「死神……一体何だってんだよぉ!」
それは遡ること10分ほど前。