一章2
「ですが……食べかけですよ⁉︎」
「花南だって僕の食べかけを食べたじゃないか」
おあいこって事で、万事解決だ。
「それはそうですが……」
「? まさかまだ食い足りないって言うの?」
「いえ、そういうわけでは……ただ」
「ただ?」
「こ、心の準備が……」
「何の準備⁉︎」
食べかけの大判焼きを渡すだけだっていうのにどうして心の準備がいるのか。
数回深呼吸をした花南は目をぎゅっと瞑り、ぷるぷると腕を振るわせて、食べかけの大判焼きを差し出した。
「では……どうぞ」
「……目は瞑る必要ないんじゃないかな?」
「いえ、あります! 絶対、あります!」
「そ、そう……」
大判焼きを渡すだけなのに、そんな大げさな。
「じゃあ……いただきます」
「は……はいっ」
身構える花南が持つ大判焼きを取ろうとすると、スッと横から小さな手が伸びた。
そしてその小さな手は僕が取ろうとした大判焼きを掠め取った。
「「あ」」
僕と花南が声をあげるが、既に遅かった。
そのまま大判焼きは一気に口の中へと運び入れられてしまった。
「僕の大判焼きが……!」
「夜切さん! 何をしているのですか!」
花南に叱られながらも、モグモグと大判焼きの咀嚼を続けるのは同級生の夜切 小昼子。
艶のあるしなやかな黒髪に、お人形のようなくりくりとした瞳。
花南も女子しては小さいが、小昼子ちゃんはもっと小さい。しかも童顔なので見た目がどう見ても『制服を着ている女子小学生』にしか見えない。……本人に言ったら怒られるけど。
「おいしい」
「大判焼きの感想は聞いていません!」
「とても、おいしい?」
「言い方の問題でもありません!」
「今日の晩御飯は唐揚げ。マヨネーズと合わせて最強」
「いきなり何を言っているんですか⁉︎」
性格に関しては……見ての通りだ。
見た目通り子供っぽく、びっくりするほどのマイペース的自由。
ネジが二、三本抜けているとも言っていい。
だから大抵の人とは会話が成立しない。というか、小昼子ちゃんの方が会話を成立させる気がないんだと思う。……ちなみに、その大抵の中に残念ながら花南は含まれてしまっている。
憤る花南をまぁまぁと適当に宥めた後、僕は花南と代わるように小昼子ちゃんの前で中腰の姿勢になる(こうしないと目線が合わない為)。
「小昼子ちゃん」
「あー君。おはよう」
随分と遅い朝の挨拶だ。もう日は沈みかけているというのに。
……何と言うか、相変わらずだなぁ。
「ところで今小昼子ちゃんが食べてるそれ、僕が貰う予定の大判焼きだったんだけど……」
「……ごめん。そこに大判焼きがあったから」
「そんなジョージ的名言で許されると思ってるなら窃盗なんて言葉は存在しなかっただろうね」
そして窃盗犯なんてものも存在しなかっただろう。
「……とにかく、窃盗は駄目だから。人の物を食べる時はきちんと許可と取る事。分かった?」
「あうー」
「あうー、じゃなくて。話聞いてた?」
「聞いた聞いた」
「そう。じゃあ、僕は何て言ったか言ってみて」
「あー君は童貞」
「よーしっ、その話どこで聞いたか詳しく教えてもらおうか!」
小昼子ちゃんが花南を指差す。サッと花南は顔を背けた。
お前か! 何小昼子ちゃんに吹き込んでくれてるんだ⁉︎
要らん噂が広まったらどうするつもりだよ! ただでさえ僕は学校の嫌われ者だっていうのに!
おのれ花南め……! この仕打ち決して忘れないぞ……!
怒りを伝えるように拳を強く握っていると、背後からポンと優しく肩を叩かれた。
小昼子ちゃん、だった。
「小昼子、童貞でも気にしない」
「僕が気にするんだよ!」