一章1
「絶対にこれはイタズラですよ」
花南がたい焼きを頬張る。
女の子がたい焼きを両手でかじり付く様子は小動物を見てるかのようで可愛らしい。
「差出人の名前すら手紙なんてイタズラ以外に考えられません」
「でも、差出人が名前を書き忘れたって事はないかな?」
「百歩譲って差出人がラブレターを書く際に自身の名前を書き忘れるようなドジっ子だとしても、本文が『あなたの事が好きです。』の一文だけなんて中身がないというレベルを軽く超えてますよ。……いえ、それはラブレターですらない。梓をからかうために作られたただのイタズラ文です」
「そうなのかなぁ」
「そうですよっ」
一個目、二個目を軽々平らげた花南は三個目に突入する。
頭からかじられたたいやきはみるみる内に花南の胃の中に収まっていく。
見てる分にはいい食べっぷりなんだけど……太るよなぁ、確実に。
女の子ならそういうのを気にしそうなものだけど、花南は気にしてないのかな?
「許し難い行為です。女子にまっったくモテない梓の気持ちを弄ぶなんて」
「……強調する必要ある?」
「これは差出人にはきっちりお礼をしなければなりませんね……!」
「あ、これは駄目だ。聞いちゃいない」
花南はどういうわけだか、たまにこうやって暴走するんだよなぁ……。
こうなった花南は僕にも止める事は出来ない。
どうしたものかと僕はたいやきを一口……あれ? そういえば、いつ間にか手に持ってたたいやきがない。
一体どこに……あ。
「こうなったら生徒会の総力を挙げて犯人を探し出しましょうか……いえ、捜し出すだけじゃ生温いですね。二度とこんな真似が出来ないようしっかり……」
「花南、花南」
「……? 何ですか梓」
「今花南が食べてるたいやき……それ僕のじゃない?」
「っ⁉︎ むぐっ……⁉︎」
「花南⁉︎ だ、大丈夫⁉︎」
食べているものを喉に詰まらせたのか苦しそうにする花南の背中をトントンと叩いてやる。
びっくりした……いきなりどうしたんだろうか。
ケホケホとむせ返った花南は涙で潤んだ目で僕を睨んだ。
「梓の食べていたもの……⁉︎ それは本当ですか⁉︎」
「あ、うん。さっきの中身小豆だったよね? 花南はクリームしか頼んでないから、やっぱり僕のだよ」
食べる前に気づけばよかったんだけど、少しタイミングが遅かった。花南はもう食べ切っちゃったみたいで、たいやきは残っていない。ここのたいやきは美味しいから少し残念だ。
「そ、そうですか……梓の食べてたものを私が……」
「? どうして唇に手を当てて顔を赤らめてるの?」
「な、なんでもありません!」
「そう?」
どう見ても何でもあるようにしか見えないけど。
もしかして僕の分を食べちゃった事を反省してるのかな?
別に僕は気にしてないんだけど……花南が気にするって言うんならこうしよう。
僕は花南の前に手の平を差し伸べて言った。
「花南、今食べた分頂戴」
「えっ。たいやきを、ですか……?」
「一匹頂戴」
すると、花南はすごく申し訳なさそうにたいやきの入っていた紙袋を見せてきた。
中身は……空っぽで、たいやきは一匹も入ってはなかった。
「……すみません梓。さっきのが最後のたいやきでした」
「そっか……なら仕方ないか」
「あ、でも! おまけで一個貰った大判焼きならありま……す……」
花南の手、そこには既にかじられた跡がある大判焼きがあった。
どうやら自分でも気がつかない内に花南は大判焼きを食べていたらしい。
「……本当にすみません梓。これじゃあ流石に駄目ですよね……」
「いや、別にいいけど」
「はい知ってま……ええっ⁉︎」
「まだ食べられるし、全然いいよ。僕、大判焼きも好きだし」