プロローグ3
「さて……それなら帰りましょうか」
「え、でも日誌とプリントがまだ……」
「明日の朝に出せば問題ありませんよ。それに今職員室に行けば嫌な人の顔を嫌でも見る事になって嫌になりますからね」
「そこまで嫌なんだ……」
「寧ろ、梓こそよく嫌がらせしてくる人物に会おうと思えますね。M……いえマゾなんですか?」
「言い直しても変わってないからソレ。……別に嫌がらせって言ってもこの程度なら可愛いものだしね。教室の隅でこそこそ陰口叩かれてるよりずっとマシだよ」
「……やはり噂話というのはそう簡単に払拭出来ませんか」
「こればっかりは仕方ないって」
「梓は頭が悪く見た目も良くありませんし空気も読めなくてシスコンですが、人と話せないアウストラロピテクスではないというのにどうして皆……」
「花南。フォローになってない」
「フォローしてるつもりはありませんから」
「じゃあただの悪口だよね⁉︎」
ツッコミを入れると、冗談ですよと花南は舌を出した。
その顔には少し陰りを帯びていたのが僕には分かった。
何だかんだで心配してくれてるんだろう。嬉しいけど、あの事は花南が気にする事じゃないんだけどな……。
……でもどうして花南はどうしてここまで僕を気にかけるんだろうか。付き合い長いからほっとけないのかな? そう思うと……。
「やっぱりいいやつだよね、花南って」
しまった。つい心の中で思った事がポロリと口に出てしまった。
でも、そんな大した事を言ってないから大丈夫……って、めちゃくちゃ引かれてる⁉︎ どうして⁉︎
「罵倒された事を理解した上でそんな台詞が出てくるなんて……まさか梓は本当にマゾだったんですか⁉︎ む、鞭を用意するべきでしょうか……?」
「マゾ⁉︎」
言われて先ほどまでの会話の流れを思い返す。
……なるほど。罵倒された後にこんな台詞を口にすればそう誤解されてもおかしくないのかもしれない。
が、僕は断じてMでもマゾでもない! 慌てて僕は花南に弁解した。
「い、いや誤解だよ⁉︎ 今のはそういう意味で言ったわけじゃなくて……!」
「ではどういう意味で言ったのですか……?」
「そ、そのままの意味で花南は『いい人』だって事だよ!」
「それはそれでショックなのですが⁉︎」
「なんで⁉︎」
妙なタイミングで妙な事を口走ってしまったせいか花南は相当動揺しているみたいだ。「私はいい人……? ここまで尽くしていい人止まりなのですか……?」と焦点の合わない目でワケの分からない事を呟いてしまっている。早く正気に戻そうとガクガクと肩を揺さぶり、ついでに胸を揉んだ。
「はっ⁉︎ 私は一体何を⁉︎」
しばらくすると花南はちゃんと正気に戻ったようだ。
直後、渾身と思われる右ストレートが僕の左頬をとらえた。
いくら正気を戻すためとはいえ、胸を揉むのは花南的にNGだったらしい。今度からは太ももにしよう。
「それでどうします? もう昇降口には着きましたが」
「あ、うん。日誌とプリントは明日でいいかな。正直に言うと、僕も顔を合わせるのは嫌だったからね」
「そうですか。それなら帰りにたいやきでも食べて行きましょう」
「校則で買い食いって禁止されてたような……」
「男の子が細かい事を気にしてどうするのですか。そんなのだから梓はモテないのですよ」
「も、モテないのは噂のせいで……」
「そんなのだから梓は童貞なのですよ」
「うるせぇっ!」
確かに童貞だけどっ! 人生でラブレターすら貰った事ないけどっ! それに関してだけ言えば大きなお世話だと言いたい。
悔しかったので僕は反撃を試みてみた。
「大体、花南だって彼氏がいないじゃないか」
「作らないだけですよ。梓だって知っているでしょう。男子生徒の私への告白が絶えない事は」
「知ってる。超知ってる」
花南は非常にモテる。
というより美少女というだけでもモテるのに、頭も良くて人当たりも良いっていうんだからモテないわけがない。
くそっ、付け入る隙がどこにもない!