ユニコーンレース
『さぁ、今回のメインレース!勇馬トライアルの称号をかけて行われるトライアルラン!
中盤戦に入りまして現在のトップはトライアルの血筋と噂されるメイロスと
まさかの大穴、ミロスの2トップでございます!』
「ははっ、まさかの大穴だってよ」
この糞暑い炎天下の中、俺とミロスは走っていた。
評判は下の下、36馬中33位。
まぁ普通なら駄目だわな。
「お前もよく私についてこれるな」
「猛特訓の成果ですわ」
隣に並ぶは現競走馬最強と謳われているユニコーン。
メイロス。
その乗り手であり今レース限り、俺のライバル。
ユリシラ。
この人馬に勝たなければ俺らの優勝はない。
「その猛特訓とやらも私達に並べることになったのだから
報われたのだな、よかったな」
これを本気で言っているのだろうから末恐ろしい。
「その余裕ぶち壊してやるよ、
な、相棒!」
俺が声をかけながら首元をなでてやると威勢よく鳴くミロス。
こいつも気合十分だ。
これなら、行ける。
「そうだといいのだがな
さぁ、運命の分かれ道だぞ?」
そう、ここが一番の難関。
峡谷渡り。
『さぁさぁやってきました!このトライアルラン一番の目玉でもあり
一番の難所!峡谷渡り!
全長6キロほどある峡谷、その各所に点在する足場を使い峡谷を抜け切るという
失敗すれば優勝どころか命も失う危険な箇所です!』
『さっそく毎年恒例の挑まずの馬が出てまいりました!
観戦客からのブーイングもすごまじい!』
「お前も死ぬ前に離脱しないか?
お前とは別のレースで戦いたい」
は?何言ってんだ?
「このレースはいわば障害物レースだ、ユニコーンの持ち味である一直線の伸びを
ほとんど生かせない
だからほかのレースで戦いたい、お前とお前の馬をここで失うのは痛手すぎる」
ぷっちーん
ホントにそう聞こえた気がした。
侮辱されたわけではない、ホントにそう思って言ってるのだろうが
今のはいただけないな。
「勝つぞ、ミロス
あぁも、言われちゃ挑まずなんかになれねぇ
あれやんぞ、人馬零体!」
ミロスと俺が同時に吼える。
その瞬間俺とミロスは一つを通り越して零になった。
ミロスは俺であって俺はミロスである。何も難しくはない、ただそれだけ。
どこを踏めばいいのか、どれくらい脚に力を籠めれば次の足場に最適な形で届くか。
全てがわかる。
あぁ、気持ちいい。
ひたすらに気持ちいい。
『おっとなんだあれはぁ?!
急にミロスが蒼く輝きだして急な加速に入ったぞぉ?!
あのメイロスを一気に引き離した!
だがここは峡谷渡り!そう簡単に行くはずがない!
って言ってる間に2キロ地点を突破!これはホンモノだぁ!』
「ふむ、それまで使いこなすか
これを今後のレースで使うはずもないと思っていたが使わないと
勝てないらしいな」
あいつの声が聞こえた。
この状態になればほかの奴らなんてブッチのはずなのに!
なんで!
あいつとの距離が離れるどころか近くなってんだ!
『メイロスまで輝きだしたぞ!?
色は紅だがメイロスも急速に加速したぁ!
速さは若干メイロスのほうが上か、段々と距離が詰まっていく!
峡谷に入り始めたころには確かにいた周りの馬が二匹と完全に離れたぁ!
これは既にミロス、メイロスの一騎打ちだぁ!』
くそ、あいつまで使えたのか・・・!
それでも負けるわけにはいかない!もっと、もっとだ!
『今度はミロスの輝きが増して速力も増したぞぉ!
なんて対決だ、もう実況のしようがなぁい!』
「ここまでだ」
「え?」
つい声に出てしまった。
それくらい意外だった、先ほど速さを上げたばかりだというのにもう横に
奴がいる。
なぜだ。
「惜しかったな、私以外の者が相手だったら勝ちは揺るがなかっただろうがな
だが、私がこの技を体得したのは2年前
つまりはそういうことだ」
そんな・・・。
俺だって一週間前にできたばっかりだってのに・・・!
「ではな」
それは一瞬だった。
俺が駆け抜けるより早く奴は俺の視界から消えていった。
「俺らが猛特訓したのは意味がなかったてのか・・・?」
気づけば高揚感と共に人馬零体はなくなり
俺は俺たちに戻っていた。
「畜生!
これじゃぁ、ミロスが!ミロスが!!
処分されちまぅ!」
『これは勝負ついたか!
ミロスから輝きが消えメイロスはどんどん先へと駆け抜ける!
やはり、血筋は強かったぁ!』
畜生、畜生、畜生!!
何が血筋だ!何が最強馬だ!
天才の前じゃどんなに努力したって凡才は輝けねぇってのかよ!?
ド畜生!!
ヒヒヒィィィィイン
「そうだったな、諦めなければ必ず勝てるって最初に言ったのは
俺だったよな」
フィヒヒン
「ミロス、ありがとう
こんなダメダメな俺でも最後まで付き合ってくれるか?」
ヒヒン
「ならもう一度!行くぜ!
人馬零体!!」
さぁ、ラストバトルだ。
目にもの見せてやるぜ、あの野郎。
自分の体のことなんて気にしてられるか!
常に120%の、いや!150%の力で駆け抜けてやるぜぇ!
ユニコーンの真骨頂は一直線の伸びだといったのは
あんただったな、その言葉後悔するくらいあんたにお返ししてやるよぉ!
『ん?ん?!んんん?!!
ミロスがまた輝きだしたぞ!しかしすでに差は開きすぎたぁ!
メイロスは峡谷を抜けているのに対しミロスは峡谷5キロ地点!
この差はでかいぞ?!どう追い返す!?』
「どうでもいいとはさすがに言えないが
ミロスと諦めねぇって再度誓ったばかりだ、最善を尽くすぜ!」
気持ちいいだけじゃダメなんだ、その先へ。
1つ先へなんて甘っちょろい、もっともっと!
2つ、3つ、いやもっと!更にその先へ!!!
『なんだなんだなんだ?!
ミロスが飛んでいる・・・?!いやあれは足場を使う回数を際限なく少なくし
ユニコーンの持ち味である直線伸びを体現しようってのか?!
なんて無謀なことをしようとしてるんだ!ミロス号!
このままじゃ騎手、馬もろとも崖底だぞぉ?!』
「そんなこたぁねぇっ!
俺ならできる!俺たちならできるぅぅう!!」
この体のそこから湧き上がる全能感!
いける。いける!いける!!
俺も!ミロスも!そうだと知っているっ!
「いっけぇぇぇえ!!」
瞬間。
俺はいつもとは違う人馬零体を体験していた。
いや、すでに奴や俺が使ってるモノとは違うのかもしれねぇ。
これは、ホントに先に行っちまったのかもしれん。
言葉にするのすらできるかわからないし、俺のボギャブラリーじゃ伝えきれない
ひたすらにただひたすらに思考がクリアだった。
さっきまでの俺の行動が無駄だったとしか感じない、なんだろう。
とにかく不思議だ。
『!!!』
実況が何か言ってるがそれすら耳にはいってこねぇ。
これじゃ既にどんな状況なのか、奴がどの辺にいるのかすらわからねぇ。
「実際そんなのは関係ないな、俺が更なる高みに昇るための儀式と化したこのレースじゃ
既に意味はないかもしれないな」
オワラそう、コノ無意味なレースを。
今スグに。
『 !!
!!!』
ウルサイナ、本当ニウルサイ。
俺ノ思考ノ邪魔ヲシナイデクレ。
「おいお前
そんなカッコ悪い状態でどこに向かうつもりだ?」
・・・・・?
「まさか、お前自分の状態がどんなことになってるのか
更に言えばその姿になる条件とかいろいろわからずにそれになってるのか?」
「私の経験則だが今すぐその状態を解除するのだな
取り返しがつかなくなる」
「最後通告だ」
「今すぐその状態を解け、今すぐにだ!」
ナンダッテンダ、消スゾ?
今ハ俺ノ思考ノホウガ重要ダ。
「私の時も駄目だったがお前も駄目だったか
仕方のないことだ、止められない自分と実行した私を恨むがいい」
「やれ」
その一言ともに俺の意識は闇の底へと消えていった。
深い深い闇の底へと。
次、目が覚めた時俺の目に映っていたのは
隣にいる変わり果てたミロスの姿と
鏡に移る全身包帯、ベッドで横たわる俺の姿だった。
「なんだこれは?」
どうやら口は利けるらしい。
「起きたか」
「これはなんだ・・・?」
「全部説明してやる、競技中とそのあとをな」
長くなるんかな・・・。
ミロスを見てやりたいんだが・・・。
「まず、競技中お前がなったのは幻獣化というものだ
これはユニコーンが全てを、その主人が自身の精神力と覚悟と自我を
贄とすることで発現する超強化能力だ
前提条件に人馬零体を必要とすることから私もそこまで危険視していなかった
何しろ、長い間私しか人馬零体ができなかったからな」
「な、な!」
「質問は最後に受け付ける
幻獣化は発現した直後なら問題も少ないんだが一定時間たつと
もうどうしようもなくなる代物だ
時間は一分、しかも発現してから30秒ほどは自我と呼べるものはほぼ存在しない」
理解が追い付かない
「私はこれに関しての様々な取り決めをした、公式のものだ
1分が過ぎたのち更に30秒自我が戻らない場合は、
ユニコーンを殺す」
頭が真っ白になった。
「それと、そのあとについての説明だ
私はあらゆる反対を押しのけこちらで処分すると一方通行の意見で押切り
お前をここにつれてきた
ユニコーン、ミロスといったか
あいつをこちらに持ってくるのは骨が折れたが1時間という期限付きでなんとかな
お前が起きてよかったよ」
は?
ミロスは俺の馬だぞ。
どこに連れてくってんだ!
「言いたいこともおそらくわかるが
お前が競技中にしてしまったことに対する対価だと思え
お前は競技中幻獣化をした後、文化財である峡谷を破壊
そののち何かしらの衝撃波を放ち実況をしていたものを重傷に
更に観客席の一部を消滅
これがお前のしたことだ」
俺・・・が?
俺がそんなことをしたのか?
「その結果競技連盟からお前とミロスの即刻処分を言い渡したが
それは私がそこそこなんとかしておいた
感謝しろよ」
俺とミロスの処分・・・?
そんなの・・・
「嫌だでは済まんぞ?
それだけのことをしてしまったのだ
お前はな」
「幸か不幸かミロスの受け渡し期限があと10分で来るという時にお前は目覚めた
既に死んではいるが最後の別れをするといい
私は部屋を空ける」
ドアの閉まる音。
静寂に包まれる部屋。
俺とミロスしかいない部屋。
だけど吐息は1つ分。
「頑張ったな、俺もミロスも」
涙は出なかった、悲しすぎたから。
涙が出る余裕すらないほどに悲しかったから。
なんでこんなことに。
「もっと走りたかった、ミロスと一緒に
いつまでもいつまでも」
たくさんの足音が唐突に聞こえ出した、なんだろう。
「そんな、まだ5分は残っているだろう!
なぜだ!」
「少年の身柄を委ねただけでもありがたいと思え!
我々だって民衆の意見をないがしろにはできんのだ!」
「それでもまだ5分はあるはずだ!」
「えぇい、通せ!
ここだな!そこのユニコーンを連れて行け!」
なんで
「あと3分でもいい!
融通してはくれまいか!」
なんでなんだ
「だからこれ以上は限界だといっている!
さっさとユニコーンを連れて行け!」
俺が、ミロスが。
速く、強くなるのがそんなにいけないことなのか・・・!
「お前もミロスといる時間を少しでも長くしたかったら
少しでも抵抗しないか!」
「やめろと言っているだろう!
仕事なんだ!我々だって本当はこんなことしたくないんだ!
離してくれっ!」
いつの間にかミロスに抱き付いていた。
連行人も、奴も、止められないほど自然に
本当に自然に抱き付いていた。
「お疲れ様、ミロス
今までありがとう、お前のことは忘れない
これからもこれまでも
俺のことを乗せてくれてありがとう」
ここまでいって抱き付くのをやめた。
同時に倒れる俺の体。
支えてくれたのは誰かわかってる。
しかし、俺の物語はここで終わりだ。
ミロスがいないのであれば生きていても死んでいても変わりないことだ。
もう、終わりだ。
そして俺は深い深い闇の底へと。
最後に感じたのは頬を伝う液体と
額に落ちてくる若干冷えたやや気持ちいい液体
ただそれだけ。
そう、それだけ。