7、拾う神
7、拾う神
アヤの淡く光る軌跡を無心に追い続けた。
辺りの景色も目に入らない。
いつの間にかヤタの鏡も腕輪に戻っていた。
気が付けば闇夜の路地だった。
何故か寝転んでいる。走っていたはずなのに。
手足に力が入らない。荒れた息が静寂を乱している。
アヤが目の前に座り込んでいた。心なしかこちらも苦しそうだ。
「ご主人様、無理をされましたね」
「む、り?」
「ステータスをご覧ください」
白濁した頭でステータスを呼び起こす。
カンダソウタ
レベル1
HP1 SP0
神具SSS
なんだ、これ。
SPがゼロなのはいい。
ヤタの鏡を使ったせいだろう。
それでなんでHPまで減っているんだ。ダメージなんて受けてないぞ。走っただけでHPが減るっているのか?
「SPを使い切った後にスキルを使いますとSPの代わりにHPを消費します」
説明不足にもほどがある。
なんてことだ。今なら小石を投げられただけでも死にかねない。
「かい、ふく、は?」
「ポーションがあれば」
「ねえよ」
もう声を出すのもつらい。
最早、移動は不可能。
意識を失えば捕縛。
捕まらなくても空腹から餓死。
回復するにも金がなく、金が稼ぎたくても動けない。
(あれ、ツんだ?)
ちくしょう。やっぱり呪いのアイテムじゃねえか。
悪態を吐く力もない。
アヤまでも俺の頬にもたれてぐったりしていた。
妖精も持ち主と体調が連動するのだろうか。
なんてことだ。冒険に出る前に死亡とか。
死んでしまうとは情けない。ホントだよ。
ああ。
RPGみたいに復活できるとか、ないよな?
バカみたいな考えを最後に意識は暗転した。
「生きろ!」
跳ね起きた。
ばね仕掛けみたいに上半身を起こしている。
十七年の人生でこんな起床は初めてだった。
荒い呼吸のまま辺りを見回す。
跳ね除けた毛布が足元で絡まっている。意識を失った時と同じ服だった。左手の腕輪も。
ステータスを確認する。
カンダソウタ
レベル1
HP100 SP50
神具SSS
全快だった。
死は免れたらしい。
ほっとして視線を周囲に向ける。
真っ先に目に入ったのは穂先だった。
「ん?」
『目に入った』という表現が現実になりかねない程の近距離。瞬きしただけで瞼が切れそうな位置関係。
鋭い金属の切っ先が突きつけられている。
このままでは瞬きもできない。ゆっくりと身を下げる。切っ先はその場に留まってくれた。ぴったりついてきたりした日には失明を覚悟するところだった。
未だに凶器を向けられた状態ではあるが、切っ先の向こう側に視線を向けられた。
切っ先の正体は槍の穂先だった。
重厚な金属の穂先を支える柄。穂先はよくよく観察すると単純な刃ではなく斧のような刃物を有していた。ハルバードという奴か。和名で合わせるなら斧槍と呼ぶんだっけ。
当然、武器には使い手がいる。
凶悪な武装を構えているのは少女だった。
俺と歳は近いように見える。
女子にしては背が高い。斧槍を扱うだけあってかなり鍛えているようだ。余分な肉のない腕は引き締まっていた。
茶髪のショートから覗く目は鋭く細められている。整った顔立ちのせいで凄みがあった。
身に着けた革っぽい素材の鎧は実際に使われているのか細かい傷が多く、物騒さが増して見えた。
「アマゾネス?」
「?」
あ、なんかクラスメイト女子の反応に似ている。意見を求められたから答えたのにこの受け答えはどうかしていると思う。
まあ、こちらは単純に言葉の意味が通じなかったのだろう。
一難去ってまた一難。
「あー、おはよう」
「うん、おはよ」
間が持たないので挨拶してみたらちゃんと返ってきた。話は通じるのか。
「これ、どういう状況?」
このまま待っていても仕方ないので率直に尋ねてみる。
「夜中に宿の前で君がぶっ倒れていたから助けた。起きたらいきなり跳ねたから警戒中」
わかりやすい説明どうも。
目下の刺客ではあるが命の恩人だった。
「それは世話になった。ありがとうございます」
あの状況から回復しているということは噂のポーションを使ってくれたのだろう。
素直に感謝する。ちゃんと頭を下げたいが切っ先が刺さるので目礼だけ。
そこで少女はようやく武器を収めてくれた。斧槍がスルスルとほどけて手首でリングになる。あれも神具だったのか。
表情は変わらずに無表情。もともと表情が乏しいのかもしれない。それでも視線はいくらかやわらいでいた。
少女はベッド脇に置かれた椅子に座って手を差し出してくる。
「知らない人が変な動きしたから慌てた」
「当然だな」
「でも、ちゃんと挨拶もお礼もできる人みたいだから大丈夫。あたしミナモ。よろしく」
判断基準、甘々だな。
武器を構えている間は鋭い印象が,今はゆるくて気楽な雰囲気になっている。こっちが素か。
とにかく、矛を収めてくれたのはありがたい。
「安心した。昨日は神域に侵入者がいたり、城門が攻撃されたりとか物騒だった」
どっちも犯人は俺だった。
むしろ、この状況下で俺を拾ってくれたり疑いを持たないミナモがおかしい。
(と油断させて……はないか)
それなら助けずに通報しているだろう。 介抱するのは無駄だ。
どうも深く考えるタイプではないっポイ。恩人に対して失礼な感想だが。
「君」
「ん?」
「名前」
ああ。名乗らせて答えないのは失礼だ。というかこちらから挨拶するべきだ。
「神田蒼太」
「貴族の人?」
貴族? なんで? 神田家は一般家庭な庶民だぞ。
「ご主人様は家名をお持ちですから」
耳元で突然声がした。
いつの間にかアヤが肩に乗っている。アヤも回復したのか。
「それに、妖精」
つまり苗字――家名といったかを持つのは貴族のような権威のある人間で、庶民は名前だけなのか。強力だという妖精持ちの神具も判断材料のひとつか。
「あー、貴族じゃないんだ」
「わけあり……ごめん。もう聞かない」
否定すると勝手に納得してくれた。
没落貴族とでも思われたか。説明が面倒なので都合がいい。調べられても困るしな。今後もわけありで通してしまおう。
「はい」
「はい?」
「ん」
ミナモは朴訥というか独特というか、自分のテンポで話すから意図が読みづらい。
「ご主人様。手です」
「ん、ああ」
そういえばミナモはずっと手を差し出していた。無視するつもりではなかったが悪いことをした。
ベッドの上で申し訳ないが居住まいを正して向かい合う。
両手をついて頭を下げた。土下座一歩手前。
「悪いが持ち合わせがないんだ。謝礼は待ってもらえないか」
「や、握手。お金の請求じゃない」
その発想はなかった。
挨拶で握手なんて外国の人とか偉い人ぐらいじゃないのか?
勝手のわからないまま右手を出すと強引に握ってきて上下に振られる。
「よろしく」
「ああ。」
「妖精さんも」
「ご丁寧にありがとうございます。アヤです。よろしくお願いいたします」
アヤとも指先と全身を使った握手? をしている。
ぐううううううううううう
そんな間抜けな音がした。というか俺の腹の音だ。
ミナモとアヤの視線が痛い。
「まる一日なにも食ってないからな」
言い訳みたいなことを口走る。いや、沈黙に耐えられなくて。
ミナモはきょとんとしていたが、ひとつコクンと頷いた。
「ご飯たべよ」
しかし、金がないのだ。
ああ………それにしても金が欲しいっ!
「おごるから」
何か企んでいるのではないか。
そんな疑念がわくよりも先に半土下座が完全な土下座になっていた。
プライド?そんなのぜんぜん食べれない。