6、ヤタの鏡
6、ヤタの鏡
再度上空に昇ったアヤが円を描くように飛んだ。合図だ。
握りしめたヤタに念じる。
(砕け)
なんて中二。恥ずかしい。
そんな羞恥心は直後に吹っ飛んだ。
アヤが飛んでいた辺り――城門の外側直上に白い柱が構築されていく。氷柱ほどの大きさから成人サイズ、電信柱サイズと巨大化していき、やがて重力に導かれて落下した。
接地する。
地震が起きたかと思ったが本当に地響きが起きた。
(やりすぎだろ!)
城門の外を目にするのが怖い。
衛兵たちが一斉に騒ぎ始めた。当然だ。内側を警戒していたら外から襲撃を受けたのだから慌てもする。
続けて煙幕。
最初の衝撃から立ち直るタイミングを失って指揮系統が混乱する。
頃合いだ。
戻ってきたアヤに先導してもらい煙幕の中に突っ込む。
伸ばした手の先程の視界も効かないがぼんやりと光るアヤのおかげで方向は見失わない。
門の近くまで来たところで叫ぶ。
「襲撃だー!外に魔物がいるぞー!」
「やはり昼の奴は木人だったか!」
「神域まで入られるとは!」
「さっきのは胞子攻撃だ! 守護者レベルがいるぞ! 外に救援を出せ! 内側からの挟撃に気をつけろ!」
指揮官らしき声で統率が戻る。
訓練された動きでそれぞれが持ち場につく。この視界の悪さで大したものだ。
「開門!」
「突撃!」
門が開くと同時に衛兵たちが喊声を上げて突っ込んでいく。
隣の人間もシルエット程度しかわからない状況だ。紛れるのは簡単だった。
内側に意識が向いていたところを反対から襲撃されたら混乱する。加えて煙幕で現状認識を阻害して情報誘導。
初歩的な心理トラップだけどうまくいった。
それにしても。
(なんか、体が重いな)
本殿で眠ったとはいえ昼間に走り回ったせいだろうか。
ともかく、ここまで来たら行くだけだ。
城門を超える。すぐに走り抜けたいが我慢。
外のナノデバイスは既に分解していた。後にはクレーターじみた大穴が残るのみ。
アヤには人に当てるなと言っておいたが、これは直撃しなくても衝撃波で怪我をしかねないのではなかろうか。
しかし、外の守衛たちの安否を確認している暇はない。無事を祈る。
「閉門!」
「敵はどこだ!」
「防御陣を組め!絶対に侵入を許すな!」
「遊撃隊、偵察隊、散開!」
数人が部隊から離れたタイミングでもういっちょ煙幕。
二度目ともなると心構えができていたのか先程のような混乱は起きなかった。
だが、ここまで濃い煙幕では単純に視界が役に立たなかった。せいぜい、各々が持ち場を維持するのがやっとだろう。
ここで離脱する。
今なら人影が離れていくのが見えても遊撃か偵察の誰かと勘違いするはず。
唐突に何故か酷い倦怠感に襲われた。
気のせいなんかじゃない。フルマラソンでも走った後のような消耗。いや、フルマラソンの経験なんてないのだが。体育の長距離走とは比べ物にならない。
すぐにでも倒れ込んで意識を手放してしまいたかったが、ここで倒れれば確実に捕まる。
それも城門の襲撃犯として。逃げ切るしかない。
まだ誰にも咎められていない。
走り抜ける。