2、神器
2、神器
どうやら眠っていたらしい。
寝ぼけた目で辺りを窺う。
最後に見たまま本殿の風景だった。寝ている間に捕まって牢屋に入れられたりはしなかった。
体感時間で半日は寝たのではないか。
そこで遅まきながら気づく。
最初はあわてていたので気にならなかったが、どうして部屋の様子がわかる? 昼でも夜でもこの本殿には明り取りの窓すらない完全な密閉空間だ。
照明器具なんて点けていないのに明るい。
見回せば光源は中央のケースだった。淡く白い光が灯っている。
そっと近づいてみる。警報装置の可能性が頭を過ぎったがそんなものがあったならここに入り込んだ段階で引っかかっている。
「なんだ、これ?」
ケースには蓋がない。
柔らかな絹の上に三つの塊が置かれていた。どうやら光っているのはこれのようだが原理がわからん。発光性の物質なのか?
好奇心に負けてそっと触れてみる。
指先でつんと。
瞬間、塊が分解した。
違うよ!
壊したんじゃないよ!
どういう力が働いているのか。塊がいくつもの部品に分かれて回遊する魚群のように俺の周囲を飛び回り始める。
(う、浮いてる)
びっくりして倒れそうになる。慌てて手をついたら他の二つにも触ってしまった。
(またあ!)
悲鳴を上げなかっただけ誉めてほしい。
ひとつ目と同じようにパージした部品が俺を取り囲む。回り込まれた。逃げられない。
包囲の輪はじりじりと近寄ってくる。
と、覚悟を決める前にいきなり突っ込んできやがった。
(容赦ないな!)
部品たちは左手の辺りに集まってくる。それぞれは僅かな光でも集まるとそれなりに眩しい。
反射的に目を閉じて、おそるおそる目を開くと左腕には三つのリングがついていた。当初よりは落ち着いたがまだ光っている。
「え!? ええ!?」
どんなギミックだよ。
完全に物理法則を無視してやがる。
どうやって浮いてたの? 塊の時より腕輪の方が体積少ないよね?
ありのまま今あったことを話すぜ。光る変な塊に触ったらひとりでに分解して空中に浮いてから俺の左手で腕輪になった。な、何を言っているかわからねーと思うが俺も何をされたかわからなかった。
軽くポージングまで決めてみた。うん。それぐらいの余裕が出せるぐらいには落ち着いた。
改めて腕輪を調べてみる。
表面に木目の文様が浮いているので一見すると木製に見えるが、触れてみると感触は金属に近い。互いがぶつかると奇麗な澄んだ高音がする。淡い白光は原理不明ではあるものの本殿の中で暗闇に包まれずに済んでいるので助かる。
ちなみに現在全裸に腕輪。どこの部族だ。未来に生きてやがる。
なんにしろこんな得体のしれないものを身に着けていられない。外そう。
「あ、れ?」
外れない。掌よりわずかに輪が小さいから手首から先にいかない。継ぎ目もない。あんなにバラバラになっていたのにどういうことだ。
脳内にトラウマBGMとテロップが流れた。
このアイテムは呪われていて外せません。
ま・じ・か・よ。
大変なことになった。今まで神も悪魔も信じていなかったがこれにはぞっとした。
どんな呪いがこめられているのだろうか。ダメだ。想像もできない。
そろそろ心が折れそう。
思わずしゃがみこんでしまう。
「なんなんだ、今日は。裸で放り出されるわ。変質者扱いで追いかけられるわ。しまいには呪いのアイテムが引っ付くし。それも三つも」
「呪いのアイテムではありません。訂正してください」
突然の声に顔を上げた。
いつのまにか目の前に女の子がいる。
いや、これはそもそも女の子という認識でいいのか? 確かに姿形は女子だろう。加えてかなりの美少女でもある。桜色の長い髪。新緑色のドレス。
だが小っちゃい。身長が20センチほどしかない。背中には翅が生えている。
所謂、妖精というやつだろうか。
いい感じに頭が茹ってきたな。妖精とか受け入れちゃってるよ。
「あー、待て。色々と待て。少し落ち着かせてくれ」
「はい。ですが、その前に訂正だけお願いします」
なんか言ってたな。呪いじゃないって。
「じゃあ、なんなんだ、これ」
彼女は器用に空中でホバリングしたままスカートの裾を僅かに持ち上げ優雅に一礼した。
「これらは神具の中でも神器と呼ばれる秘宝です。ご主人様の万難を排する手助けとなれば幸いでございます。これから末永くお願いいたします」
なるほど。
妖精に神具に神器ね。
「だが断る」