0、序
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お前の目には覇気がない。
そんなことをよく言われた。覇気って何?覇王色のこと?ワ〇ピースかよ。
曰く、目が病んでいる。
曰く、気合が足りない。
曰く、夢遊病者みたい。
よく本人に言えたものだ。
お前らにはデリカシーがなさすぎ。
三白眼の人が不機嫌だと誤解されるという話はフィクションでもノンフィクションでも耳にしたことがあるが、彼らとは気が合うのではなかろうか。
おかげで小さな頃から苦労した。
いじめなんて日常茶飯事。
無視される。
物を隠される。
殴られる。
一通りは経験した。
目がおかしいとか。
気持ち悪いとか。
理由なんてなんでもいいのだろうけど。
残念ながらケンカは人並み程度だったので集団相手に勝てるわけもなかった。
とはいえ泣き寝入りなんてたまらない。とりあえず、教師や親に訴えるというのは悪手と実体験したので早々に諦めた。
俺がやったのはいじめの主犯格への徹底的ないやがらせ。
殴られた時の反撃は全てそいつだけなんて序の口。
物を隠して仲間のバッグに仕込んだり、仲間内の陰口を書いた手紙を偶然を装ってグループに回したり、クラスで世話した花壇を壊してそいつに疑いを向けさせたり、偶然の事故さえも責任を押しつけたり。陰険上等。手段なんて選んでいられない。
とにかく慎重に慎重を重ねて、犯人が自分であると悟られないように。
そいつが不幸になるように活動する。
我ながら陰湿で発展性のない行動だと思う。
でも、小学校の高学年になるころには狙い通りの噂が立つようになった。
あいつに関わると不幸になる。
それからは無視されるだけ。実際の被害はほとんどなくなった。
関わらなければお互い傷つくこともない。
彼らには良い教訓になっただろう。
俺も色々と学べた。
最後に頼れるのは自分だけ。
正義も愛も法律も論理も利己には負ける。
手段を選ばなければ大概何とかなる。
なんてひねくれたガキだろう。
両親も目が子供らしくないと俺を嫌っていた。
まして性格がこんなでは尚更だった。
二人とも普通にかわいい妹ばかり構うようになった。
それに文句はない。
嫌われるといってもネグレイトというレベルではなかった。義務教育は当然として高校進学も許してくれたし学費も出してくれた。大学への進学だって反対していなかったし。
距離はあっても親の義務を果たしてくれていたのだから感謝している。
だから、問題は俺にやる気がなかったことだった。
見た目に対する指摘は間違っていない。
幼少期の経験からなのか。それとも元々の性質なのか。
鶏が先か卵が先か。親子丼の理論は置いといて。
とにかく、自分は気力というものが欠落していた。
原因は器用貧乏さにあるのではないかと自己分析している。
俺は昔からどんなことでも人並み以上にできた。才能だけでは足りなくても努力を重ねれば確実に平均値以上の成績を残せる。勉強も運動も遊びも。苦労はしても挫折はしない。
代わりに特筆した結果も残せない。
才能ある人間が努力した一点には必敗する。
なんとも贅沢な悩みだという自覚はある。
けど、人生の楽しみを得ることもできない能力なのだ。
なにせ、刺激がない。
淡々と平らな地面をひたすら歩いているだけ。なにを楽しめというのか。そこにあるのは無味乾燥の作業だけだった。
真剣に自殺を検討した回数は覚えきれないほど。
生きている意味がない。
死ぬ理由もないから生きているだけ。
資源を消費するのが申し訳ないぐらい。それも自殺を促すには決定打が足りない。
鬱々とした日々。
繰り返す停滞。
不吉に暮らした小学校。
死んだように生きた中学校。
終わりを待ちながら進学した高校。
微かなノイズ。
漠然とした空白。
遠い微睡。
そして、覚醒。
夢現の長いトンネルを抜けると森の国であった。