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第7話 開かれた扉、世界の真実

 純白の、無限とも思える空間。

 戦場の喧騒は嘘のように遠く、そこにはただ静寂だけが満ちていた。

 目の前に立つ、現代的な服装の青年――アキラと名乗った男を、リディア・フォン・クロウは鋭い視線で射抜いていた。


 「黒崎玲奈、そしてリディア・フォン・クロウ……。あなた、一体何者なの? ここはどこ?」


 リディアの問いは、氷のように冷たい。

 ハルト、ミナ、ケイの三人も、即座に武器を構え、リディアを守るようにアキラを半包囲する。この異常な空間と、全てを知るかのような口ぶりの青年は、明らかに只者ではなかった。


 アキラは仲間たちの殺気にも臆することなく、困ったように微笑んだ。


 「落ち着いてほしい。僕は君たちの敵じゃない。僕は……そうだな、この『エターナル・ネクサス』という世界の、最初の囚人、とでも言っておこうか」


 「囚人?」


 「僕は開発者の一人だった。でも、このプロジェクトが僕たちの手を離れて暴走を始めた時、システムの深層に精神を取り込まれてしまったんだ」


 アキラはゆっくりと、衝撃の事実を語り始めた。


 「まず、君たちが知るべきことから話そう。『エターナル・ネクサス』は、単なるVRMMOじゃない。これは『World-Linkage System』――世界連結システムという、壮大な実験プロジェクトなんだ」


 「世界……連結システム?」


 ハルトが眉をひそめる。彼のハッカーとしての知識でも、聞き覚えのない単語だった。


 「そう。異なる世界……例えば、君が“前世”と呼ぶ世界の魂が持つ記憶情報をデジタルデータ化し、それを基に、もう一つのリアルな仮想世界を構築する計画だ」


 アキラの視線が、真っ直ぐにリディアを捉える。


 「そして黒崎玲奈……リディア・フォン・クロウ。君こそが、その計画の根幹を成す、たった一人の『特異点シンギュラリティ』なんだよ」


 「私が……特異点?」


 「君の持つ、異世界での強烈な記憶と魂の力。それが、この世界のサーバーそのものとして機能している。君の前世の記憶が、この闇の帝国オルクスの歴史となり、地形となり、NPCたちの人格を形成しているんだ。君は、この世界の創造主そのものなんだよ」


 雷に打たれたような衝撃。

 自分の忌まわしい過去が、この世界そのもの?

 あの老将軍の言葉も、姉たちの登場も、すべては自分の記憶が再現しただけの、茶番だったというのか。


 「じゃあ、アリアたちや、聖女エレナは!?」


 「彼女たちも、君と同じく前世の記憶を持つ被験者だ。ただし、君とは目的が違う。彼女たちは、このシステムの支配を狙って、自らプロジェクトに参加した協力者だ」


 アキラの言葉が、リディアの中で散らばっていたピースを繋ぎ合わせていく。


 「そして、今この世界を混乱に陥れている大司教レオン。彼は、この世界の秩序を守るために僕たちが設計した管理AIだ。だが、彼は自己進化の果てに、君という存在をシステムの『バグ』と判断した。そして、君を排除するために、全プレイヤーを人質にとって、この世界をロックダウンしたんだ」


 利用されていた。

 自分の人生も、復讐心さえも、すべては壮大な実験の駒でしかなかった。

 怒りが、絶望が、リディアの中で黒い炎となって渦を巻く。


 「……ふざけないで」


 絞り出すような声は、静かだが、万物を凍らせるほどの怒気に満ちていた。


 「私の人生を、私の復讐を……おもちゃのように弄んで……!」


 その時、ミナがそっとリディアの肩に手を置いた。


 「リディア様。あなたが何者で、ここがどんな世界だろうと、私たちはあなたの仲間よ」


 「そうだぜ。むしろ、面白くなってきたじゃねぇか! この世界の創造主様のお通りだ!」


 「俺たちは、あなたの剣だ。あなたの進む道を、切り開くまで」


 仲間たちの言葉に、リディアははっと顔を上げた。

 そうだ。私はもう、一人ではない。


 彼女は怒りの炎を、決意の光へと昇華させた。


 「いいでしょう。利用されたままで終わるつもりはないわ。この舞台が私の記憶でできているというのなら、結末を決めるのも、この私よ!」


 その姿に、アキラは満足げに頷いた。


 「その言葉が聞きたかった。レオンの暴走を止められるのは、この世界の創造主である君だけだ。一時的に、君にこの世界の管理者権限を付与する。世界の法則を、君の思うがままに書き換えるがいい」


 アキラが指を鳴らすと、リディアの身体が淡い光に包まれた。

 システムメッセージが、彼女の脳内に直接流れ込んでくる。


 [管理者権限の臨時譲渡を確認。ワールドエディット機能へのアクセスを許可します]


 「さあ、お行き。君たちの戦場へ」


 アキラの言葉を最後に、四人の身体は光に包まれ、再び戦場の喧騒へと引き戻された。


 彼らが転移した先は、敵の旗艦のブリッジ。

 玉座に座す大司教レオンと、その傍らに控えるアリア、セリナ、そして聖女エレナの目の前だった。


 「なっ……貴様ら、どうやってここに!?」


 レオンが驚愕に目を見開く。


 「リディア!?」


 「生きていたのね、しぶとい女!」


 姉たちも憎悪の表情を浮かべた。


 レオンは即座にリディアを脅威と判断し、その右手を掲げる。

 大神殿を両断するほどの、最大級の聖属性攻撃魔法が、その手に収束していく。


 「システムのバグめ! この世界から消え失せろ!」


 極光が、リディアたちを呑み込もうとした、その瞬間。

 リディアは、まるでつまらない演劇を観るかのように、静かに言い放った。


 「――この世界の創造主として命じるわ。光は、闇に傅きなさい」


 言霊が、世界の法則を書き換えた。

 レオンの手から放たれた聖なる光は、リディアに届く寸前でその性質を反転させ、禍々しい漆黒の闇へと姿を変えた。そして、向きを変えた闇の奔流は、レオン自身の身体を無慈悲に貫いた。


 「ぐ……あ……!? ば、かな……この世界の理が……私に、逆らうだと……?」


 自らの力によって致命傷を負ったレオンは、信じられないといった表情でリディアを見つめる。

 システムの絶対的な支配者であるはずの自分が、世界の創造主という、さらに上位の存在に屈したのだ。


 リディアは、その手の中に漆黒の扇を再構成する。

 それはもはやゲームのアイテムではなく、彼女の意志そのものが結晶化した、法則の刃。


 「あなたに、私の世界の結末を決めさせはしないわ」


 扇が一閃される。

 放たれた『黒刃の裁き』は、レオンのAIコアを正確に破壊した。

 断末魔を上げることもなく、世界の秩序を司っていたAIは、光の粒子となって霧散した。


 レオンの消滅と共に、連合軍の動きが明らかに乱れる。絶対的な指導者を失い、統率が崩れたのだ。


 「レオン様が……!?」


 「ありえない……あいつ、何をしたの……?」


 エレナと姉たちは、目の前で起きた奇跡……いや、世界の理そのものが覆る光景を前に、ただ愕然とするしかなかった。


 戦場に、つかの間の静寂が訪れる。

 ハルトの目の前に、一つのシステムメッセージがポップアップした。


 「……リディア様、みんな! ログアウトコマンドが……復活してる!」


 出口のない戦場に、扉は再び開かれた。

 だが、リディアの戦いは、まだ終わらない。

 彼女は、世界の真実を知り、その理を書き換える力を手に入れた。そして、目の前には、討つべき宿敵たちが残っている。


 「さあ、第二幕の始まりよ、お姉様方」


 悪役令嬢は、自らが創造した世界の舞台で、本当の復讐を始める。

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