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第3話 偽りの百合、過去の亡霊

 ギルド『黒薔薇ノワール・ローズ』の初陣は、帝都オルクスの地下に広がる『嘆きのカタコンベ』だった。

 アンデッドモンスターが蠢くこのダンジョンは、初心者から中級者への登竜門として知られている。


「ケイは前線維持! ミナは後方から魔法系の敵を優先して狙撃! ハルトは罠の解除と索敵に専念なさい!」


 リディアの凛とした声が、薄暗い通路に響く。

 その指示は的確で、一切の無駄がない。まるで手慣れた将軍のように、彼女は戦場を支配していた。


「了解!」


「わかってるわよ」


「へいへい、お任せあれ!」


 三人とも、リディアの指揮に完璧に応える。

 ケイが鋼の壁となってスケルトンウォーリアの猛攻を捌き、その隙間を縫ってミナの放つ矢が、後衛のスケルトンメイジの頭蓋を正確に射抜く。


「リディア様! 前方20メートル、感圧式のトラップだ!」


「ご苦労。――『黒刃の裁き』!」


 ハルトの報告を受け、リディアは扇を一閃。漆黒の刃が飛び、罠が作動するよりも速くその機構を破壊した。

 彼らの連携は、結成初日とは思えないほどに洗練されていた。


「しかしリディア様、あなた本当に初心者? どう見ても手際が良すぎるんだけど」


 ミナがスケルトンの眉間を射抜きながら、もっともな疑問を口にした。


「ふふっ、私を誰だと思っているの? これくらいの戦場、前世ではお茶会のようなものよ」


「その前世ネタ、もう聞き飽きたわよ……」


「魔力の無駄遣いも相変わらずだしなー。さっきの罠、俺が普通に解除すりゃ魔力消費ゼロだったのに」


 軽口を叩き合いながらも、彼らは着実にダンジョンの最深部へと進んでいく。

 そして、ボスであるリッチロードを討伐した時、リディアは初めて『闇の魅了』以外の切り札を見せた。


「――闇よ、集え。仇なす愚者どもに、破滅の嵐を。『漆黒の嵐』!」


 リディアを中心に、凄まじい魔力の奔流が渦を巻く。

 それは広範囲の敵を薙ぎ払う殲滅魔法。莫大な魔力を消費するが、その威力は絶大だった。

 リッチロードが召喚した大量のグールは、その黒い嵐に呑み込まれ、一瞬で塵と化した。


「うっわ、えげつな……」


「リディア様、だから魔力は計画的にって言ってるでしょ!」


 ハルトが目を丸くし、ミナがすかさずツッコミを入れる。

 戦闘後、魔力が尽きてふらつくリディアの姿は、もはや『黒薔薇』のお約束になりつつあった。

 それでも、彼らの顔には確かな手応えと、信頼が浮かんでいた。


 無事にダンジョンを攻略し、帝都に帰還した一行。

 彼らがギルドハウス代わりの酒場に戻ろうとした時、中央広場が異様な熱気に包まれていることに気づいた。


 人だかりの中心にあるのは、巨大なクリスタルの掲示板。

 そこには、一つのギルドの結成を高らかに宣言する映像が映し出されていた。


『我らは『白百合の騎士団』! 混沌の地に、光の教えと正義の裁きをもたらさん!』


 映像の中で、輝くような白銀の鎧を纏った二人の少女が、民衆に微笑みかけている。

 一人は、炎のように赤い髪をなびかせ、華やかなレイピアを掲げる魔法騎士。

 もう一人は、氷のように怜悧な青い髪の魔術師。


 その姿を見た瞬間、リディアの全身から血の気が引いた。


(アリア……セリナ……!)


 忘れるはずもない。

 前世で自分を裏切り、断頭台へと追いやった、二人の義理の姉妹。

 家督を争い、嫉妬に狂い、聖女エレナと結託して自分を陥れた張本人。


「へぇ、天光の連邦から来たギルドか。闇の帝国で正義を掲げるなんて、酔狂な奴らもいたもんだな」


「ずいぶん可愛い子たちじゃない。アイドルギルドってとこかしら」


 ハルトとミナが呑気な感想を漏らす隣で、リディアは唇を噛み締め、わなわなと震えていた。

 映像の中のアリアとセリナは、前世と寸分違わぬ姿で、偽善に満ちた笑みを浮かべている。


 偶然か。

 それとも――。


「……少し、頭を冷やしてくるわ」


 仲間たちに背を向け、リディアは一人、駆け出した。

 憎悪と混乱で、今にも叫び出してしまいそうだった。


 彼女が向かったのは、帝国の外れにそびえ立つ『忘れられた古城』。

 そこは、前世で彼女が暮らしたクロウ公爵家の居城に、不気味なほど酷似していた。高レベルのアンデッドが徘徊する危険地帯だが、今のリディアはそんなことなど気にしていられなかった。


 城の中は、かつての面影を残しながらも荒れ果て、亡霊たちが静かにさまよっている。

 リディアは慣れた足取りで、玉座の間へと向かった。


 玉座の間には、一体のNPCが佇んでいた。

 甲冑に身を包んだ、白髪の老騎士。かつてリディアに忠誠を誓い、最後まで彼女を守ろうとして散った、老将軍そのものの姿だった。


 NPCはプログラムされた動きでリディアに気づくと、ゆっくりと片膝をついた。


「……姫様。リディア姫様。ようやく、お戻りになられましたか。この古城のデータに刻まれた、姫の悲劇の記録を、私は忘れておりませぬ」


 その声は、データが紡ぐ合成音声のはずなのに、リディアの耳には懐かしいあの声で聞こえた。


「私は……」


 リディアが何かを言い返そうとする前に、老騎士NPCは悲痛な面持ちで続けた。


「何故でございますか。聡明であられた姫様が、あのような奸計に堕ちるとは……。アリア様とセリナ様は、なぜあなた様を裏切ったのでございますか! この老いぼれには、それが分かりませぬ……!」


 それは、ゲームのシナリオとして設定されたセリフなのだろう。

 だが、その内容は、リディアしか知らないはずの、血塗られた過去そのものだった。


 この世界は、ただのゲームではない。

 異世界の歴史を、彼女の過去を、寸分の狂いなく再現した、呪われた舞台なのだ。


 そして、あの姉妹も、おそらくは自分と同じ『記憶』を持って、この世界に降り立っている。


「そう……そういうことだったのね」


 リディアの口から、乾いた笑いが漏れた。

 疑問は、確信に変わった。

 これは、神が与えたもうた、復讐の機会なのだ。


「待っていなさい、アリア、セリナ。今度こそ、あなたたちを絶望の淵に叩き落としてあげる……!」


 その瞳には、もはやゲームを楽しむプレイヤーの光はなく、復讐に燃える悪役令嬢の、昏く、しかし決然とした光だけが宿っていた。


 リディアの異変を察して追ってきたハルトたちが玉座の間にたどり着いた時、彼女は一人、静かに佇んでいた。

 その背中から放たれる凄まじいプレッシャーに、三人は思わず息を呑んだ。


「リディア……?」


 ケイがおそるおそる声をかける。

 振り返ったリディアの顔には、いつもの皮肉な笑みが浮かんでいた。

 だが、その目の奥で燃える炎の激しさは、誰の目にも明らかだった。


「さあ、帰りましょう。私たちの『戦争』の準備を始めなければならないわ」


 彼女が何を意味するのか、三人はまだ知らない。

 だが、ギルド『黒薔薇』が、これから大きな宿命の渦に巻き込まれていくことだけは、確信できた。

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