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第1話 悪役令嬢、黄昏の地に舞う

今回から始まる『異世界悪役令嬢、VRMMOで無双ログイン!』は、前世で処刑された悪役令嬢が、VRMMOの世界を舞台に復讐を果たす物語です。


ゲームの世界だからこそできる「無双」と、悪役令嬢としての「優雅さ」。そして、憎しみから始まった旅路で、かけがえのない仲間たちと出会っていく。そんな物語を目指して執筆しています。


闇の魔女と化した主人公リディアの、少しダークで、とても華やかな復讐劇。ぜひ、最後までお付き合いいただけたら嬉しいです!


それでは、どうぞ!

 無機質な起動音が響き、黒崎玲奈くろさきれいなの意識は現実から切り離されていく。

 網膜に浮かぶシステムメッセージがカウントダウンを終えると、視界は一度、完全な闇に閉ざされた。


 次に目を開いたとき、そこに広がっていたのは煤けた石畳と、天を突くように聳え立つゴシック様式の建築物が織りなす、黄昏の街並みだった。


 VRMMORPG『エターナル・ネクサス』。

 それが、この世界の名前。

 フルダイブ技術が普及した2030年の日本で、玲奈が心の安寧を得られる唯一の場所。


「……ようやく、戻ってこられたわ」


 ふわりと漏れた呟きは、もはや「黒崎玲奈」のものではなかった。

 艶のある黒髪は腰まで届き、血のように赤い瞳が昏い光を宿す。身に纏うのは、幾重にもフリルが重ねられた漆黒のゴシックドレス。その手には、優雅な装飾が施された黒い扇。


 アバターネームは、リディア・フォン・クロウ。

 かつて玲奈が異世界で生きた名。

 そして、断頭台の露と消えた、悪役令嬢の名だった。


『――罪深き悪女、リディア・フォン・クロウよ! その罪、死をもって贖うべし!』


 脳裏をよぎるのは、聖女の偽善に満ちた声と、愚かな民衆の歓声。

 信じた者に裏切られ、すべてを奪われた記憶。あの日の絶望と屈辱は、今も玲奈の魂に焼き付いている。


 だが、この世界では違う。

 ここでは、私がルール。私が、最強の『悪』だ。


 リディアは扇を軽く振って口元を隠した。瞳は獲物を探す肉食獣のように鋭く、どこか愉しげに細められる。


 ここは闇の帝国オルクス。

 混沌と夜闇を信奉する者たちが集う、無法の地。そして、彼女が前世で過ごした帝国の街並みを、不気味なほど忠実に再現した場所。


 だからこそ、選んだ。

 復讐の舞台として、これほど相応しい場所はない。


 彼女がログインした広場は、ちょうどプレイヤーたちの往来が激しい場所だった。物々しい鎧に身を包んだ戦士、怪しげなローブの魔術師、身軽そうな斥候。誰もが思い思いの姿で、仮想の生を謳歌している。


 その中で、リディアの存在は明らかに異質だった。

 レベルを示すマーカーもなければ、所属ギルドの紋章もない。ただ一人、圧倒的な存在感を放ちながら、広場の中央に佇んでいる。


「なんだ、あの女?」

「新規か? ずいぶん派手な格好だな」

「コスプレ勢ってやつ? あんな装備じゃ、スライムにも勝てないぜ」


 周囲から聞こえてくる囁き声に、リディアは小さく鼻を鳴らした。

 愚かな者たち。見た目だけで強さを測ることしかできない、浅はかな連中。


 その時だった。

 広場の一角がにわかに騒がしくなり、屈強なプレイヤーの一団が姿を現した。胸には揃いのエンブレム――『赤鉄の牙』。この一帯を縄張りとする、中堅のプレイヤーキラー(PK)ギルドだ。


 リーダーと思しき、大斧を担いだ大柄な男が、リディアの前に仁王立ちになる。


「嬢ちゃん、見ない顔だな。この辺りで遊ぶなら、挨拶ってもんが必要だろう?」


 下卑た笑みを浮かべる男に、周囲のプレイヤーたちが蜘蛛の子を散らすように避けていく。面倒事に巻き込まれたくないのだろう。


 リディアは扇で顎を軽く撫で、静かに男を見据えた。


「挨拶、ですって? 弱者が強者に道を譲るのは、この世の理でしょう? あなたたちが私に跪くのが筋ではないかしら」


「あぁ?」


 男の顔から笑みが消え、獰猛な殺気がリディアに叩きつけられる。システム的な威圧スキルだ。並のプレイヤーなら、それだけで竦み上がってしまうだろう。


 だが、リディアは微動だにしない。

 それどころか、心底楽しそうに、くすりと笑みを漏らした。


「……面白い。その程度の威圧で、私が怯むとでも? いいわ、遊びましょう。あなたたちの無価値な生で、私の復讐劇の幕開けを飾ってあげる」


「てめぇ……!」


 激昂した男が、大斧を振り上げる。

 それと同時に、リディアは動いた。


 いや、彼女自身は一歩も動いていない。ただ、その赤い瞳が妖しく輝き、呪文とも詠唱ともつかない言葉が、その唇から紡がれただけ。


「――跪きなさい」


 スキル『闇の魅了』。

 対象の精神を支配し、5秒間だけ意のままに操る、リディアの切り札。

 膨大な魔力を消費し、クールダウンも長い。使いどころが難しいせいで、誰も見向きもしないロストスキル。


 だが、その効果は絶大だ。


 リディアの言葉が響いた瞬間、大斧を振り上げていた男の動きが、ぴたりと止まった。その目からは意思の光が消え、虚ろな瞳がリディアを映す。


「なっ……リーダー!?」

「どうしたんだ、おい!」


 周囲のギルドメンバーたちが困惑の声を上げる。

 リディアはそんな彼らに、悪魔のような笑みを向けた。


「さあ、見せておやりなさい。あなたたちの無力なリーダーが、無様に仲間を屠る様を」


 命令と共に、男は獣のような雄叫びを上げた。そして、その手に握られた大斧の切っ先を、すぐ隣にいた仲間へと向けた。


「ぐ、うわあああああっ!」

「リーダー!? やめろ、正気に戻れ!」


 悲鳴と怒号が広場に響き渡る。

 仲間からの攻撃に、ギルドメンバーたちは為すすべもなく混乱に陥った。反撃しようにも、相手は自分たちのリーダーだ。戸惑いが動きを鈍らせ、その隙を大斧が無慈悲に刈り取っていく。


 わずか5秒。

 されど5秒。


 硬直が解けた時には、リーダーの男の周囲には、光の粒子となって消えていく仲間たちの無残な姿だけが残されていた。


「な……にを……俺は……」


 正気に戻った男は、己の手で仲間を殺戮したという現実に愕然とし、その場に膝から崩れ落ちた。


 広場は静まり返っていた。

 誰もが、目の前で起きた惨劇を信じられないといった表情で、ただ呆然と立ち尽くしている。


 リディアはゆっくりと男に歩み寄り、扇の先でその顎をくいと持ち上げた。


「どうかしら? 仲間をその手で殺める気分は。あなたたちが、いつも罪なき者たちにしてきたことよ」


 冷たく言い放つと、リディアは扇を一閃させた。

 黒い軌跡が走り、スキル『黒刃の裁き』が男の首筋を的確に切り裂く。男は断末魔の声を上げる間もなく、光の粒子となって消滅した。


 残った『赤鉄の牙』のメンバーたちは、恐怖に顔を引き攣らせ、後ずさる。


「ひぃ……ば、化け物……」

「なんなんだよ、こいつ……!」


 彼らにとって、これはただのゲームだ。だが、リディアが放つ威圧感と、その瞳に宿る昏い光は、仮想世界の枠を超えた、本物の『恐怖』を植え付けていた。


「ふふっ、愚かな者たちよ」


 リディアは扇を軽く振って一礼した。

 その姿は、まるで舞台の上で喝采を浴びる女優のようだった。


「私の名はリディア・フォン・クロウ。この帝国の新たな支配者となる女。覚えておきなさい」


 その宣言を最後に、彼女は踵を返した。

 残された広場には、恐怖に凍り付くプレイヤーたちと、急速に広まっていく一つの噂だけが残された。


 ――黄昏の街に、扇を操る『闇の魔女』が現れた、と。


 こうして、異世界での記憶を胸に秘めた悪役令嬢の、VRMMOを舞台にした復讐劇は、静かに幕を開けたのだった。

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