共鳴の予感
6話
教室のざわめきが徐々に薄れていく。ペア発表の余韻が残る中、フィリシアは席を立つライナーの背に声をかけた。
「……あなたは、何とも思わないの? ペアが私だなんて」
ライナーは足を止めたが、振り返らない。
窓から差し込む夕陽が彼の横顔を淡く照らす。
「別に……どうでもいいな。思ったところで変わるわけじゃないしな」
その言葉は、まるで感情の温度を拒絶するように冷めていた。
フィリシアは言葉を探すように唇を動かす。
「でも……」
ライナーは椅子の背に手をかけながら、目を合わせずに言った。
「あくまで課題なんだから、そこは割り切った方が良いんじゃねぇの?」
その瞬間、フィリシアの胸に小さな棘が刺さる。
“たしかに”──彼の言うことは正しい。
でも、正しさだけでは割り切れないものが、彼女の中には確かにあった。
ライナーは立ち上がり、無造作に鞄を肩にかけると、ふと付け加えた。
「まあ、お前の技量は魔法学科で一番だから、それはそれで楽だわ」
言い終えると、彼はそのまま教室を出ていった。
フィリシアはその背中を見送る。
その時、彼女は目を丸くしていた。
“楽だわ”──その言葉に、ほんの少しだけ、心が揺れた。
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「何となくライナーとペアになる予感はしてた……」
フィリシアは、机に肘をついてぼそりとこぼした。
セシルは魔法札を指でくるくる回しながら、軽く言った。
「でも、ライナーさんって特に何も言ってなかったよね? 何だか、何とも思ってなさそうだった」
その言葉に、フィリシアは一瞬、言葉を失った。
胸の奥が、じわりと熱くなる。
(……そう。何とも思ってなさそうだった)
騒いでいたのは、私だけ。
勝手に感情を動かして、勝手に意味づけして。
(……バカみたい)
彼は淡々と受け入れていた。
騎士として当然のように、任務として。
(責任があるのは、私だって同じなのに)
なのに私は、子どもみたいに……。
何か特別な意味があるかのように、勝手に騒い
で。
(……何やってんの、私)
イラッとした。
ライナーにじゃない。 自分に。
勝手に動揺して、勝手に意味を探して。
フィリシアは、そっと指先で髪を耳にかけた。
その動作は、感情を整えるための小さな儀式のようだった。
そして、表情を引き締める。
誰にも見せないように、静かに、冷静に。
セシルがちらりと視線を向けたが、何も言わなかった。
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ニ週間後──ついに夜間捜索課題の当日となった。
校舎裏の広場には、生徒たちが次々に集まり始めていた。
夜の空気はひんやりとしていて、遠くに見える森の方からは風に揺れる葉音が微かに聞こえる。
その森は、校舎から少し離れた場所にあり、普段は立ち入りが禁じられている。
教師たちが張った結界によって、魔力の流れも遮断されていたが──今夜だけは違う。
課題のために、結界は解除された。
森は、生徒たちを受け入れる準備を静かに整えている。
その沈黙は、まるで何かを待っているかのようだった。
フィリシアは、支給された魔法札と小型の結界石を確認していた。
光源札、探知札、簡易防御結界、そして攻撃用の雷撃札──
今夜の課題は、ただの探索ではない。
森に隠された黒曜石を見つけ、怪物を倒しながら持ち帰るという実践型の捜索課題。
(……黒曜石。魔力の乱れを吸収する性質があるって言ってた)
それを見つけるには、探知魔法だけでは足りない。
怪物の気配を察知し、戦闘に備えながら進まなければならない。
騎士科と魔法学科の混成ペアでの行動が義務づけられている。
「ペアごとに、探索ルートの地図と報告用紙を受け取ってください」
担当教員の声が響く。
生徒たちが資料を受け取りながら、ざわつき始める。
フィリシアは、ライナーの姿を探す。
彼はすでに地図を受け取り、支給品を淡々と確認していた。
その横顔は、いつも通り無表情で、何も感じていないように見える。
(……本当に、何とも思ってないの?)
昼間のセシルの言葉が、ふと胸をよぎる。
フィリシアは、髪を耳にかけて表情を整えた。
感情を見せるわけにはいかない。
魔法学科の代表として、冷静に課題に臨むべきなのだ。
周囲では、他のペアが小声で作戦を確認し合っていた。
「光源はどっちが持つ?」
「結界は交代で張ろう」
「怪物が出たら、まず防御」──
緊張と不安が、空気に滲んでいる。
フィリシアは、雷撃札の魔力調整を終えると、支給品を鞄に収めた。
そして、ライナーの方へ歩み寄る。
まだ言葉は交わさない。
でも、もうすぐ出発だ。
協力しなければ、課題は乗り越えられない。
(……やるべきことを、やるだけ)
夜の森が、静かに彼らを待っていた。
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森の入口に立つ二人の間に、風が通り抜ける。
教師の声が遠くで響いていたが、フィリシアはそれを聞き流し、ライナーに向き直った。
「……協力するわ。あなたと組むのは不安だけど、目的は同じ。黒曜石の回収。それだけよ」
ライナーは地図を折りたたみながら、ちらりと彼女を見た。
「信頼されてるとは思ってないけど、俺も回収はする。無駄なことはしない」
フィリシアは頷いた。
そして、少しだけ声を低くして言葉を続ける。
「危険な場面では、私の判断を尊重してほしい。あなたを否定するつもりはないけれど、無視されると動けなくなる」
ライナーは数秒黙ったまま、彼女の目を見つめた。
その瞳には、揺るぎない意志が宿っていた。
「……提案くらいなら、聞いてやる。無駄な衝突は避けたいしな」
フィリシアは、わずかに口元を緩めた。
「それで十分。じゃあ、行きましょう」
ライナーは剣の柄に手を添え、森の方へ歩き出す。
「……時間は限られてる。さっさと済ませようぜ」
フィリシアはその背中を見つめながら、静かに後を追った。
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斜面の手前で、ライナーが立ち止まった。
苔に覆われた岩肌は濡れていて、足場は不安定だった。
だが、黒曜石の反応はこの先にある。ライナーは斜面を見上げながら言った。
「……黒曜石の反応、こっちの方が強い。登った先だ」
フィリシアも地図を確認し、斜面を見つめる。
眉がわずかに動いた。
「でも、地形が不安定。下から回り込んだ方が安全よ」
「時間が無駄になる。登った方が早い」
「早さだけで判断するのは危険よ。もし滑ったら、怪我だけじゃ済まない」
「……だからって、遠回りしてる間に他のペアに回収されたら意味ねぇだろ」
フィリシアは一歩前に出て、ライナーの横に並ぶ。
声の調子は冷静だったが、言葉にはわずかな圧があった。
「もしそうだったら、他の場所を探せばいいじゃない」
「早く取ってきた方が良い評価を貰えるだろ」
「それで怪我したら意味ないじゃない。回り込んだ方が安全でやりやすいわ」
「…じゃあお前はそうしろよ。俺はこのまま登る」
「さっき、お互い協力しようと言ったわよね? それに、私の判断を尊重してほしいとも言った」
ライナーはようやく彼女の方を見た。
その瞳には、苛立ちと焦りが混ざっていた。
「協力するなら、お前も俺の言うことを聞く義務が あるよな?
それに、お前の判断に従う時は“危険な時”だろ。今はそうじゃない」
フィリシアは数秒黙ったまま、斜面を見つめた。
そして、静かに言った。
「……わかった。じゃあ、登るわ。あなたの判断に従う。ただし、滑ったら止めるから」
ライナーは何も言わず、斜面に足をかけた。
フィリシアも、少し距離を置いてその後を追った。
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登りきった先の岩場は、月光に照らされて静まり返っていた。
風は止み、木々のざわめきも消えた。まるで何かが息を潜めているような、そんな空気だった。
フィリシアは足を止め、眉を寄せる。
「……ライナー、感じる?」
ライナーも剣の柄に手を添えたまま、周囲を見渡していた。
「魔力の揺れが……妙に濁ってる。何かが近いな」
フィリシアはそっと指先を空に向ける。探知魔法を使うまでもなく、肌がざわついていた。
空気が重い。魔力が、どこかで渦を巻いている。
「……音がしない。鳥も、虫も」
彼女の声は低く、警戒の色を帯びていた。
ライナーは剣を抜いた。月光が刃に反射し、冷たい光を放つ。
「来るぞ。小さいのが群れてる……数は多い」
フィリシアも杖を構えた。
「準備はできてる。私たち、意外といいコンビかもよ?」
ライナーは鼻で笑った。
「言うのは自由だな。……でも、今だけは信じてやる」
その瞬間、岩陰から複数の影が飛び出した。
小型の怪物たち――牙を剥き、爪を振りかざしながら、二人に向かって突進してくる。
フィリシアの魔法が光を放ち、ライナーの剣が空を裂いた。
戦いが始まった。
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怪物たちは四足で地を這い、鋭い爪と牙をむき出しにして襲いかかってくる。
その数、十を超えていた。小型とはいえ、動きは素早く、群れでの連携も侮れない。
「左から三体!」
フィリシアが叫ぶと同時に、杖の先から光の矢が放たれた。
矢は空を裂き、三体のうち二体の胴を貫く。残る一体はライナーが踏み込んで斬り伏せた。
「お前、意外と正確だな」
ライナーが言いながら、背後から迫る怪物の爪を剣で受け止め、反撃で首を落とす。
「意外とって何よ。魔法は計算よ。あなたの剣みたいに力任せじゃないの」
フィリシアは冷静に次の魔法陣を展開しながら、口元だけは少し笑っていた。
ライナーは舌打ちしつつも、彼女の魔法のタイミングに合わせて動いた。
フィリシアが怪物の足元に氷を張り、滑ったところをライナーが一閃。
剣が怪物の胴を裂き、血が地面に飛び散る。
「……今の、悪くなかった」
ライナーが息を整えながら言うと、フィリシアは肩をすくめた。
「でしょ? あなたが突っ込む前に、ちゃんと魔法で足止めしてるの」
怪物たちは次々と倒れていく。
二人の動きは、最初のぎこちなさを抜け、まるで長年の戦友のように噛み合っていた。
最後の一体がフィリシアの雷撃で焼かれ、地に伏した。
静寂が戻る。月光の下、二人は肩で息をしながら、互いを見た。
「……ふぅ。終わった?」
フィリシアが杖を下ろす。
「いや。まだだ」
ライナーの声は低く、剣を構えたままだった。
その時、地鳴りのような音が遠くから響いた。
岩場の奥、暗闇の向こうから、重い足音が近づいてくる。
「……今度は、でかいのか」
ライナーが呟く。
フィリシアは目を細め、魔力の揺れを感じ取った。
「……来るわ。さっきのとは、比べものにならない」
二人は再び構えを取る。
戦いは、まだ終わっていなかった。
これから毎日投稿をしていきます。
お楽しみに!