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取り繕う笑顔の裏は

昼下がりの中庭。

ライナーは石壁にもたれ、腕を組んで空を見上げていた。

陽射しは柔らかく、風は心地よい。だが、彼の思考は曇っていた。


「あの王女……屈託のない笑顔を浮かべるが、何だか企みを感じるな」


誰にでも優しく、誰にでも同じように微笑む。

そういう人間こそ、何かを隠している。


「何だか、ルシアン殿下とは違うんだよな……ずっと笑顔だけど……何か違うというか」


その時、軽やかな足音が近づいてきた。

振り返ると、アウレリアが眩しい笑顔で立っていた。


「ライナーさん! 一緒にお食事しません?」


声は澄んでいて、まるで鈴の音のようだった。


ライナーは一瞬だけ表情を止めたが、すぐに柔らかな笑顔を作った。


「ええ、いいですよ」


彼女の隣に歩きながら、ライナーは心の奥で警鐘を鳴らしていた。

その笑顔の裏にあるものを、まだ誰も知らない。

だが、彼だけは――その違和感を見逃さなかった。


---



翌日、ライナーはフィリシアを探していた。

中庭のベンチに座る彼女を見つけると、少し躊躇してから歩み寄る。


「なあ、リュミエール……お前に相談つうのも何だけど、ちょっと話を聞いてほしくてな」


フィリシアは顔を上げる。


「何?」


声はいつも通りだった。穏やかで、どこか距離のある響き。


ライナーは少し言いづらそうに言葉を選ぶ。


「王女のことについてなんだけど」


その瞬間、フィリシアの瞳がわずかに揺れた。

だが、すぐに優しい笑顔を浮かべて言った。


「うん、二人とも仲よさげよね。ライナーにとってアウレリア様は大切な人だものね」


その笑顔は、あまりにも優しすぎた。

まるで、何かを手放すような微笑みだった。


ライナーは眉をひそめる。


「そりゃ、そうだけど……」


フィリシアは寂しそうな表情で、ふっと笑った。


「そっか」


そして立ち上がる。


「じゃあ、私もう行くね」


「は? おい……」


ライナーの声は彼女の背に届かない。

フィリシアは振り返らず、静かに歩き去っていった。


ライナーはその背中を見つめながら、ため息をついた。


「何だよあいつ……相談できねぇじゃん」


彼はまだ何も知らない。

フィリシアの胸の奥に、どれほどの痛みが渦巻いているかを。


---




フィリシアは廊下を歩いていた。

窓から差し込む光が床に伸び、制服の裾が静かに揺れる。

その時、背後から聞こえてきた話し声が、彼女の足を止めさせた。


「なんか最近、ライナー様とアウレリア様って距離が近いわよね」


「それ思ったわ。お二人ともお似合いだと思うの。騎士と王女様なんて、おとぎの国の話の組み合わせみたい」


「でも私…実は前までライナー様とフィリシア様もお似合いだと思ってたの」


「え?あの2人が?あんなに犬猿の仲なのに?」


「でもそれがいいのよ!だけどフィリシア様は少し気が強いから、アウレリア様のような守りたくなるような女性の方がいいのよね、きっと」


その言葉に、フィリシアは唇を噛み締めた。

何も言わず、何も返さず――ただ、胸の奥が静かに軋んだ。


“気が強い”

“守りたくなる女性”

“お似合い”


誰かが決めた“理想”の形に、自分は含まれていない。

それが、ただの事実として語られることが、何よりも痛かった。


フィリシアは歩き出す。

足音は静かで、表情は変わらない。

けれど、心の中では、何かが確かに崩れていた。


---



ルシアンは一人、テラスの席で紅茶を口にしていた。

夕暮れの空は淡い紫に染まり、風がカップの縁を静かに撫でる。


「あのフィリシアの顔…」


彼はぽつりと呟いた。

笑っていた。けれど、あれは“本当の笑顔”じゃなかった。


フィリシアの表情が脳裏に焼きついて離れない。

あの、ほんの一瞬だけ見せた悲しげな目――

それは、誰にも見せたくないはずの顔だった。


「フィリシア…僕は…ずっと…」


言葉が喉で止まる。

彼女への想いは、まだ形にならない。


ルシアンは空を見上げた。

雲の切れ間から、星がひとつだけ顔を覗かせている。


「君のそんな顔、もう見たくないよ 。誰が、君をそんな顔にしたんだい…?」


風が少しだけ強く吹いた。

彼の問いかけは、誰にも届かない。

けれど、彼の心には確かに残った。


“守りたい”という、静かな決意が。



---



ルシアンは、紅茶の湯気を見つめながら、ふと記憶の扉が開くのを感じた。


――12歳の頃。

王宮の厨房で、彼はワクワクしながらチョコレートを溶かしていた。

甘い香りに包まれながら、誰にも見られないように、そっと型に流し込む。


だがその背後から、冷たい声が響いた。


「ルシアン…お前は未来の国王としての自覚が足りない。菓子など、作るな!王太子の分際で!」


「ごめんなさい、お父様…」


その日から、彼は人目を避けて学園の片隅でお菓子を作るようになった。

けれど、父の言葉が頭をよぎるたび、手が止まる。


そんな時だった。


「わあ!ルシアン様すごい!お菓子作られてる!美味しそうだなー!」


フィリシアが、目を輝かせて言った。

彼は戸惑いながら答える。


「フィリシア…そうかな…でも俺、こんなこともう…」


フィリシアは笑顔で言った。


「ルシアン様!お菓子できたら私にも食べさせてください!もちろん一番で!」


その笑顔に、ルシアンは見惚れていた。

誰にも認められなかった自分の“好き”を、初めて肯定してくれた人。

それが、フィリシアだった。


そして今――


「君はあの時、僕のことを救った。そしてまた救ってくれたんだよ、フィリシア」


彼女が言った言葉が、胸に蘇る。


「ルシアン様のことを悪く言う人は、私が許しませんわ!」


その言葉は、彼にとって何よりも尊いものだった。

誰にも言えなかった痛みを、彼女だけが見抜き、守ってくれた。


ルシアンは静かに目を閉じる。

そして、気づく。


――自分はもう、フィリシアに心を奪われていたのだ。



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