第3話:揺れる心と届かぬ距離
教室の窓辺に座る藤原紬は、淡い春の陽光が差し込む中で、静かに桜の花びらが揺れる校庭を見つめていた。風に乗って舞う花びらが、まるで彼女の胸の中で揺れる不安と重なっているようだった。
あの日、昼休みに北川颯太と過ごした時間が何度も鮮明に蘇る。彼の瞳の奥に潜む孤独と、言葉にできない何かが、紬の心を締めつけて離さなかった。
「どうしてあんなに距離を取ってしまったんだろう……」
その問いは、胸の奥の小さな棘となって、紬の心を刺し続ける。
彼のことを知りたい。もっと、そばにいたい。けれど同時に、自分の無力さを感じていた。彼の秘密に触れてしまったら、彼を傷つけてしまうのではないかと、怖くて震えていた。
翌日の放課後。紬は決心を胸に、校舎の静かな図書室へと足を運んだ。薄暗い書棚の間を歩き、彼が好きだと言っていた本を手に取る。ページの感触が指先に伝わり、彼とつながる小さな糸のように感じた。
「北川くん」
声に力がこもり、少し震えていたが、彼女は真っ直ぐ彼を見つめて呼びかけた。
颯太は驚きと戸惑いが入り混じった表情で顔を上げる。その瞳に、一瞬だけ迷いが浮かんだが、すぐに柔らかな光を宿した。
「図書室か?」
声は普段より少しだけ優しく、紬の心臓は大きく高鳴った。
「うん、あなたが読んでいた本が気になって……」
紬の声は小さくも、揺るぎない意思が込められていた。
ページを一緒にめくる静かな時間の中で、颯太の胸に溜まっていた言葉が押し寄せてくる。しかし、それを吐き出す勇気はまだ持てなかった。
「どうして急に?」
彼がふと尋ねる。
「もっと、あなたのことを知りたいから」
紬の言葉は静かだが、深く強かった。その純粋な願いが、颯太の心の闇を少しだけ照らす。
彼の胸の奥には、誰にも打ち明けられない秘密が重くのしかかっている。けれど、彼女の瞳の奥に見える温かな光に、少しだけ救われる自分がいた。
「紬、俺には話せないことがある」
小さな声で呟くように告げると、心臓が激しく脈打った。
「それでもいい。私に話して」
彼女の瞳は揺るがず、どこまでも受け止める覚悟を感じさせた。
その夜、颯太は病院からの帰り道、冷たい風に頬を撫でられながら、胸の内で揺れ動く感情と向き合っていた。秘密を守り続ける孤独と、誰かに寄り添ってほしい渇望。恐怖と希望が絡み合い、心は千々に乱れていた。
「僕はまだ、彼女に本当のことを話せるのだろうか――」
自問自答を繰り返しながらも、一筋の光を見つけたいと願っていた。
翌日、学校の廊下ですれ違った紬に、颯太はつい自然と小さく微笑んでしまった。たったそれだけのことで、胸の奥の重い何かが少しだけ和らいだ気がした。
春の風が優しく吹き抜ける中、二人の間に見えない糸がゆっくりと紡がれていく――。