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短編

王子って暗殺技能持ってたっけ?

作者: 猫宮蒼

 ちょっと壮大な井戸端会議っぽい感じの話。



「は――?」


 普段は各々忙しいという事で滅多に顔を合わせて食事なんてする機会がなかったけれど、今日はお互いに時間があったから、という事で本当に珍しく家族が揃っていた中で。


 ふと、思い出したように口に出されたその言葉に侯爵家当主であるダミアンは思わず間の抜けた声を出していた。


 息子であるレックスは、ダミアンの聞き間違いでなければ確かにこう言った。


「王子って暗殺技能持ってたっけ?」


 ――と。


「何を馬鹿なことを」


 そもそも王子にそんな技能は必要がない。大体護衛がいるだろう護衛が。

 そういうのが必要なのは、もっと別の――国の暗部を請け負う者たちであって。王子にはそんな技能は全くと言っていいほど必要がない。

 あったとして万が一を考えての護身として、多少の武術の心得くらいか。


「一体どうしてそんな事を?」


 何かの娯楽本の影響だろうか。

 創作と現実の区別がつかない程愚かとは思わないが、それでもダミアンとて年頃だった時には、そういった空想をした事がない、とは言えないので。

 もしかしたら、そういう何か、影響を受けるものがあって、そこからそういう発想になったのかもしれない、と思ったのである。


「いや、なんか、ガノッサ叔父さんの事を殺そうとしてたから……?」

「待ちなさい。待て。ステイだ。レックス、どうしてそういう事になったんだ……?」


 ガノッサはダミアンの弟である。今は婿入りしてこの家にはいないけれど、元気でやっていると聞いている。少なくとも時々やってくる手紙からはそう判断できた。

 妻が暮らしている領地は、辺境と呼ばれるところに近い場所で、人によっては田舎だと言う者もいるだろうけれど、保養地としてそれなりの人が訪れる場所でもある。なので、何もないド田舎というわけでもなく、生活に不便というわけでもない。


「や、ミランダ嬢がさ」


 ミランダ、と言う名を聞いて、ダミアンは話が飛んだか? と一瞬思ってしまった。


 ミランダというのは伯爵家の令嬢だ。

 レックスと同年代で、才女と名高い娘である。

 貴族たちが通う学園では入学当初から今の今までずっとトップにいるのだとか。


 そんなミランダ嬢は、王子に求婚をされている真っ最中だ。


「まさか」

「うん、ミランダ嬢がさ、言っちゃったんだよね。それが原因でガノッサ叔父さんが殺されるかもしれない」


「身から出た錆です」

「それは流石に薄情ではないか?」


 今の今まで黙々と食事をしていたダミアンの妻、リコリスがバッサリと切り捨てたのを思わずダミアンはそう言っていた。



 昔は貴族の婚約というのはかなり早い段階で結ばれていた。

 下手をすれば生まれる前から、なんてのもあったくらいだ。

 婚約を結ぼうとしていた家の子がいざ生まれてどちらも同じ性別であった、とかであればともかく、そうじゃなければじゃあ婚約成立な、なんて家は結構あった。


 確かに早い段階でそういった契約を結ぶというのは、悪い事ではない。

 だが、良い事ばかりでもなかった。


 幼い頃から交流を重ねていけばいざ結婚、という年齢になった時にお互いそれなりに情はあるだろう。

 激しい恋に落ちなくとも、それでもその時点で愛はあるかもしれない。


 だが同時に、幼い頃からずっと一緒にいたせいで、兄妹、姉弟、というようなお互いをそういった家族としてみる事はできても、夫、妻、という風に見る事ができない、という者が出てしまったのも事実。

 家族として認識できても、伴侶とは考えられない。そういった者が複数出てしまったのだ。


 そのせいでかつて、この国の王子が大勢の前で婚約者に向かって婚約破棄を突きつける、などというどうしようもない出来事が起きてしまった事もあった。

 そして王子に感化されたのか、他にもやらかした者が出てしまったのだ。


 当時はそのせいで大なり小なりどこでもそれなりに荒れたらしい。


 危うく内乱からの国が滅んで新たな王朝誕生か、とまで言われていたらしいとなれば、どれだけ荒れたか察するに余りある。


 結果として、幼い頃に婚約を結ぶ、という部分が見直される形となった。


 物心つくまえに婚約者だなんだと言われても、そもそも幼子にそれらがピンときて理解できるはずもない。

 ある程度の年齢になってから決めた方がいいだろう、となったのである。


 既に婚約者がいながらも、そちらは家族のような認識のままな挙句、年頃になってから出会う異性にコロッといくケースがあまりにも多かったせいでもあった。

 もっと早くにそこら辺見直せよ、と突っ込まれるかもしれないが、困った事に……と言うべきか、王子がやらかすまではそこまでの問題になっていなかったのだ。

 それ以前は精々許されざる恋、くらいのスパイスとか、学生時代の淡い想いとか、まぁなんとなく綺麗な思い出で終わっていたのだ。初恋は実らないと言うが、それと大体同じ扱いだったのである。



 ところが王家の人間が大勢の前でやらかした事もあって、それはもう大変面倒な事になってしまった結果、今まで秘めていた恋を諦めいい思い出としていた世代や、現在進行形で恋も愛も難しい、友人くらいの認識しか持てない婚約者との結婚を控えている者たちの不満がそれはもう大量に出てしまったので。


 とても今更ではあるけれど、ようやくそこで幼い頃に無理に婚約者を決めるよりは、ある程度の年齢になってからの方がいいだろう、となったのである。


 結果として困ったのは、ある程度の年齢になって家柄だけでは特に旨味もなく、また本人にもこれといった魅力のない相手であるけれど。

 逆に言えば、そうならないように己を磨けという話にもなるので。



 少し前から貴族たちの意識改革も行われていたのであった。



 さて、そんな出来事があってから早数年。


 成人前に学園で改めて学び直したり――これは各家の家庭教師だけでは充分な家もあればそうではない、となってしまったからだ――人脈づくりの場となっていた学園は、もう一つ、将来の伴侶を見定める場所、ともされるようになってしまった。


 学園を卒業後はそれぞれが成人し、家を継ぎ領地で働いたり、はたまた官僚として国の中枢で働いたりと、活躍の場は幅広くなってしまう。

 そちらで結婚相手を見つけるのもありではあるが、場合によっては異性との出会いが少ない、なんてこともあり得るので。


 大抵は学園にいるうちに相手を探すように、となっていたのだ。


 それ自体は、別に何も問題がなかった。

 学園を卒業後に知り合う相手は下手をすれば自分の親と同じ年代、なんてこともあり得るので、結婚相手にするにはちょっと……なんて場合もあるし、年上でも気にしない、といっても限度はある。

 故に、学園で知り合った相手か、はたまたその親族でいい相手がいるなら紹介してもらうだとか、そういう流れであったのだ。



 現在王子に求婚されているという話題の令嬢ミランダが口にしたガノッサの件は、数年前の――ガノッサが学生だった頃の話だろう。



 今現在学園に通っている王子は、ミランダを一目見て惚れたらしい。

 一目惚れだと王子自身も口にしていた。


 伯爵家、という家柄から王子の嫁になるのに不足はない。できるならもうちょっと上の身分であった方が望ましいのだけれど、伯爵家であるからダメというわけではないのだ。

 それに、ミランダは学園に入る以前、領地の方で親の仕事を手伝って様々な革新をしてきたとも言われているし、その頃から既に才女として知られていた。


 伯爵家自体も歴史が長く、王子の相手とするのであれば特に何の問題はなかったのだ。

 まぁ、王家の人間に近づいて上手い汁を啜ろうとしている者たちからすれば、それでも伯爵家はちょっと、だとか、女が優秀過ぎるのもどうかと……なんてのたまっていたのだが。


 王子の婚約者もその時点ではいなかった。

 何せ昔にやらかした王子がいるので、王家の人間もまたある程度の年齢になるまで婚約者を決める事はなくなってしまった。できれば早めに決めた方が王妃や王子妃になる相手にとってはいいのだが、結果早い段階で決めてまたもややらかす王族が出たら今度こそこの国は終わってしまうかもしれない。


 かつては学園を卒業後早い段階で王位を継承するなどして次代に繋いでいたけれど、時代の流れと共にすぐに王位を継ぐなどという事にはならなくなってきたのだ。


 だからといってあまりのんびりしていては良いお相手は他の誰かにとられてしまうかもしれないので、王子としては学園にいる間に自分の伴侶となる相手を見つけるしかなかった。

 そうでなければ、学園を卒業後、他国の王族やそれに近しい血筋の貴族との縁談がまとめられてしまうので。


 勿論、学園で王子のお眼鏡にかなう相手がいなければ、結局は他のところからの伝手で縁談を、となるのだが。



 ミランダも、王子の事は最初そこまで悪印象を持っていたわけではない。

 ただ、王子が告白した時のセリフが悪かった。


 一目惚れだと言ってしまったのである。


 それは、ある意味でミランダにとって――というか、ミランダの家の人間にとって地雷ワードであった。



 ミランダの親戚の令嬢が過去、そうやって告白された令息と婚約を結ぶはずが――実は令息は相手を利用する気満々で実際一目惚れなんてしていなければ、密かに他の恋人を作っていたという、とんでもない状況になっていたのである。


 その令嬢は当時、幼いミランダからすると、憧れのお姉さんであった。

 姉ではなく親戚なので毎日顔を合わせるわけではなかったけれど、ミランダの誕生日にお祝いをしてくれたり、何かの折にミランダの家に顔を見せにきてくれたりした時、それはもうミランダは大興奮で憧れのお姉さんに纏わりついていた。将来はおねえさまみたいになるわ! と目をキラッキラさせて言うくらいには、ミランダにとっては大切な存在だったのである。


 その親戚のお姉さんでもある令嬢――ジョゼットは学園では大層優秀であるだとか、そういう噂は特になく、取り立てて目立つ存在でもなかったけれどその人柄か人気はそれなりにあったのだ。

 彼女といると気が休まる、とか、些細な事でイライラしていたけれど、彼女と話をしているうちになんだかすっかり安らいでしまった、とか。


 太陽のような女性ではないが、穏やかな陽だまりのような存在として密かに人気だったのである。



 そして、そんなジョゼットに一目惚れをしたのだと告白して求婚してきたクソ野郎が――ガノッサだったのだ。



 ジョゼットは将来的に婿をとって家を継ぐ予定であった。

 ガノッサは次男で家を継ぐのは兄のダミアン。

 つまりは、ガノッサの将来は家にいて兄の補佐として働くか、どこかの家に婿に行くか、実力で役人や騎士という己の身を立てる職へ進むか――大体大きく分けてこの三つのどれかを選ぶしかなかったのである。


 ガノッサの身分的には当時は侯爵令息だったし、学園に入る前にもそれなりに家庭教師から学んでいたので、婿入りするにしてもまぁ、問題はなかったと思われる。

 将来家を継ぐ予定のジョゼットからしても、できるなら優秀な婿が欲しい。

 ついでに自分に一目惚れをしたと言っているのなら、お互いに歩み寄って素敵な夫婦にもなれるかもしれない。

 そういった打算も勿論あったとは思う。


 他にもジョゼットに想いを寄せて求婚に名乗りをあげていた者はいたけれど、家柄という点ではガノッサに及ばなかったのだ。

 ジョゼットは穏やかで優しい、慈母のような存在に見られていたけれど、中身までそうというわけではなかった。確かに彼女は優しいけれど、打算もきっちりあったし将来家を継いで領地を盛り立てていくためには何が必要であるかも考えていた。


 そういったあれこれを考えた上で、伴侶にするならば、婚約者として名乗りを上げてきた相手の中で誰が一番向いているかを考えるくらいはしていたのだ。



 そして、それじゃあガノッサと婚約すればいいかなぁ、と思っていたし実際その方向性で話は進んでいたのだけれど。


 いざ正式に婚約が調う前に、ガノッサが実はジョゼットの事など何とも思っていなかったと発覚したし、挙句他に恋人がいたという事実も発覚したし、もっというならジョゼットの家を乗っ取ろうと考えていたらしい事まで明らかになったのである。

 普通に大罪待ったなしであった。


 明るみに出たのは些細なきっかけだ。何か一つが駄目でそこから綻びが……とかではない。

 いくつかの出来事やそれぞれの行動が奇跡的にかみ合って、結果ガノッサの企みは明るみに出てしまった。

 身も蓋もなく言うのであればただそれだけの話である。


 とはいえ、ただそれだけ、で済まされるはずもない。


 お家乗っ取りは貴族にとってやったらダメなやつトップ3に入る悪事である。

 それをまさか弟が……と当時ダミアンは衝撃でしばらく声を出せないくらいには驚いたし、両親だってそうだっただろう。

 今の今までそんな愚かなことをしでかしそうなそぶりはどこにもなかったのだ。


 ただ、当時のガノッサはどうやらダミアンに激しく劣等感を抱いており、そのせいでやらかしたらしいというのは聞いた。

 別段仲の悪い兄弟というわけでもなかったので、ダミアンは何かの悪い冗談ではないかと中々信じる事ができなかったが。


 成人前のやらかしとはいえ、何もなかったとして水に流すわけにもいかない。


 ジョゼットだって打算で自分を好きな相手の中から一番よさげな相手を選んだとはいえ、ジョゼットの方もガノッサの事はそれなりに歩み寄ってお互い想いを通じ合わせようとは思っていたようなのだ。

 ところが蓋を開けてみれば、自分の事など何とも思っていないどころか、利用するための踏み台扱い。そりゃあまだガノッサに対して恋も愛もなかったとはいえ、それでも心を踏みにじる行いである。


 ジョゼットだけではなく、彼女の家だって怒りを抱くには充分であった。


 とはいえ、家を乗っ取るためにジョゼットを害しただとか、金銭をだまし取るような真似をした、などといった悪質な部分まではまだ実行されていなかったし、成人前という事でいきなり処刑、とかは流石にできそうになく。



 ジョゼットに関してはこの一件で他に、きちんとジョゼット本人の為人を好いていた相手と最終的にくっついたとはいえ、ガノッサをそのままにしておくわけにもいかない。


 ジョゼットの家も伯爵家であるとはいえ、侯爵家相手にだからって泣き寝入りするはずもない。


 そしてダミアンとガノッサの両親は、身分はこちらが上だから、という理由で罪を揉み消すような大人ではなかった。

 家を追い出すにしても、笑顔の裏でこんな作戦を企むような奴だ。


 今回はたまたまその悪事が明るみに出て何かが起きる前に台無しになってくれたけれど、次もそうとは限らない。

 下手に家を追い出して平民にしたとして、他の国に流れてそちらで貴族になって厄介な感じに力をつけてこの国に戻ってこられても困るし、かといって家に置いたままにもできず。


 結局、顔と身分がそれなりに良い相手を結婚相手に欲しているご婦人がガノッサを希望したので、そちらに売り払うような形で引き取ってもらったのだ。



 貴族のままでいられてはいる。

 けれど、間違いなくガノッサが望んだ未来とは大きくかけ離れているだろう。

 それなりに賑わっていると言ってもやはり保養地。意図的に田舎っぽさも残されているし、娯楽がないわけではないが、ガノッサには合わないだろう。


 だが、妻となった女性に見捨てられたなら、次こそガノッサには未来がない。


 妻が言った身から出た錆、という言葉に薄情ではないか? なんてダミアンも言ったけれど、正直一切否定できなかった。


 ちなみにガノッサの妻となった女性は色々と癖の強い人物で、社交界のドクダミ、終末のシューティングスター、ドラゴンを物理的に土下座させた女、と様々な二つ名を持っている。

 正直彼女と比べるとガノッサなど小物中の小物である。彼女の目が黒いうちはもう何にもできないんじゃないかな、とジョゼットの家もそれで留飲を下げたようなものだ。勿論家からも直接謝罪と慰謝料といったものはしたし払った――からこそ、あちらの家とは特に揉めたりはしていない。


 悪いのは色々と拗らせてやらかそうとしたガノッサだし……という風に向こうの家は受け取ったのである。

 思春期故の暴走、ではあるのだけれど、やらかしが酷すぎた。


 正直ガノッサがあまりにも猫を被るのが上手過ぎたせいで、彼があんな心に色々と抱え込んでいるなど誰も知らなかったのだ。ちょっとくらい欠片でもちらっとそういう面を見せてくれていたならまだしも、一切なかった。それで気付けは無理がある。



 ともあれ、両家に今はわだかまりといったものは特にないのだけれど。


 めちゃくちゃ根に持ってる相手はいた。

 ミランダである。


 大好きなお姉さまにあんちくしょう……! と幼いながらに恨みを拗らせていた。

 とはいえ、その系譜であるレックス相手に突っかかったりはしていない。ミランダは優秀であるがゆえに、ガノッサとレックスは別人であるときちんと理解しているので。


 これでレックスもまたガノッサのようなクソ野郎要素があったなら、ミランダはきっと容赦していなかったに違いない。


 だが、それはそれとしてミランダの中で地雷ワードが生まれてしまった。


 一目惚れである。


 これがまだ、ミランダが生まれる前の話だったならまだしも、幼い頃の話なのだ。

 ダミアンとガノッサの年齢が少し離れていたのもあって、つまりは当時の事はほんのりとレックスも把握している。


 今はもうほとんど会う事もなくなった叔父だけれど、幼い頃のレックスにガノッサはそれなりに良くしてくれた――とレックスは思っている。

 とはいえ、彼の内面がどうだったかは知らない。レックスにとっては良い叔父さんだったけど、ガノッサの中でレックスは死ねばいいのにとか思っていたとしても、今ならもう驚かないし「ありそう」とレックスも頷くとは思っている。それくらい猫を被るのが上手すぎたのだ。人によっては人間不信になりそうだな、と思うくらいには。


 ミランダの中では、男性全員がクズ野郎だとは思っていないけれど、しかしガノッサのせいで一目惚れですとのたまって近づいてくる男は基本的にクソ野郎、という印象というか認識が彼女の根底に深くふか~く根付いてしまった。


 ごく一部のクソ野郎のせいで男性全般がほんのりと嫌いになる、とかそこまではまだいっていないが、それでも一目惚れとか抜かす奴はもれなくクソ野郎、という風に思ってしまうようにはなってしまったのである。



 例えば。

 もし一目惚れであったとしても、他に惚れた要素をもっと前面に押し出していれば少しくらいは話が違ったかもしれない。


 例えば……そう、例えば、最初にふと視界に映った事で気になったから、一体どんな人物なのか、と少しだけ調べたら趣味が合いそうとか、友人たちと話をしている時に浮かべた笑顔が素敵だったから余計に気になってしまって、だとか。プラスアルファがあれば、ミランダも少しくらいは意識を向けてくれたかもしれない。


 けれども王子の告白は一目惚れです結婚を前提に付き合ってください! だったので。


 もしかしなくたって王子も流石に見た目だけで結婚相手を選ぶとか、ないだろうなとは思う。

 一応それなりにどういった人物であるか、を調べたりはしたと思う。

 けれども、そういう部分を何もかもすっ飛ばしてお前の見た目が好みだから王妃にしたい、とか言ってるも同然にしか受け取れない告白だったのだ。


 ミランダが内心でお前好みの人形でも作って置いとけばーか! とか思ったとしても何も悪くないくらいの、ダメダメな告白だった。


 一目惚れが駄目、というわけではない。


 ただミランダにとって一目惚れは地雷であったのと、あとは王家の人間の告白としてはアウトだった。それだけである。


 これが平民だったなら、そういった告白でも何も問題なかったと思うし、貴族であってもそこまで身分の高い家でなければ、何かの折に一目見てから気になってしまって……という一目惚れからのお付き合いをしていただけませんか? という誘い文句は特におかしな話ではない。


 ミランダは学園一の才女として名を馳せている部分もあるのだから、せめて王子もそういった部分も言葉にして自分の隣に王妃として立つに相応しいのは君だけなんだ! とかなんとか言っておけば良かったものを。

 一目惚れは基本的にどうしたって外見から入る。そもそもその人の中身など初見で何もかもわかるはずがない。見えたらむしろそれは、ちょっと常軌を逸脱しているというか、ヒトなのか本当に? と思われてしまう。気になって、目で追っていくうちに色んな君を見る事になって、そこからどんどん惹かれていったとか、せめてそこから声をかけて知り合いからの学友、からの告白とか段階を踏んでいればまたミランダも違った対応をしたとは思う。


 だが、そんなステップも何もなく直通での告白だったので。


 最初の告白はミランダにバッサリと切って捨てられてしまったのである。


 勢いがありすぎるのもどうだろうか、と王家の人間という点から見ると早計にも程がありすぎるけれど、王子も王子で学園にいる間に婚約者を決めないと、卒業後に他国の誰かしらが輿入れ、となれば交流を深めるにしても結婚後とかになりかねないし、ロクに知らない相手が結婚相手となったなら、上手くやっていけるだろうか……と不安を抱くのも仕方ないとは思う。

 妻になる相手と上手くやれるだろうか、という心配事だけならいいが、その頃には自分が王として国を導かねばならないのだ。そういった重圧だけでも相当だろうとは思うけれど、そこに妻となる相手と上手くやれるかどうか、というものまで付随するとなれば、早い段階で結婚相手を決めたいと思うのも当然だろう。


 しかも学園にいる間なら、自分で相手を選べるわけで。

 その選んだ相手が問題のある相手なら流石に周囲も反対するが、そうじゃなければどうにかなってしまうわけで。


 気が急いていた、と言われてしまえばまぁ、わからないでもないのだ。



 だがそれを踏まえた上でミランダはバッサリと告白を切り捨てたのである。


 正直その言葉だけで嫌悪対象レベルまで嫌ってしまったと言っても過言ではない。

 大袈裟すぎないか? と思う者もいるかもしれないが、トラウマのようなものになってしまったのだろう。

 心の傷は人それぞれなので、そんな事で、などと言うわけにもいかない。



 もし当時、ジョゼットとガノッサの一件があった時のミランダの年齢がもう少し上であったなら。思春期を過ぎて成人している年齢になっていたのであれば、もしかしたらそこまでの嫌悪はなかったかもしれない。ガノッサ個人に対する憎しみとか嫌悪とかはあったとして、一目惚れという言葉にまではそこまで憎しみを抱かなかったかもしれない。

 だが、思春期を迎える以前のもっと幼い頃だったのだ。恋だの愛だのといったものがよくわからない年齢のうちにそんな事件がありましたよ、となって、大好きな親戚のお姉さんが大変な目に遭った、となれば。

 一目惚れという事象を嫌うのは仕方のない事であっただろうし、その後ミランダが成長して恋愛といったものを少しずつ理解できるようになった頃には思春期にも突入しているだろう。そうなれば、まぁ、こうなってしまったのも無理はないかな……と一部の大人は思うわけで。



 ミランダの心境も、王子の焦りもどっちも一応わからなくもないかな……といった感じなので周囲も下手に口を挟めなかった。というか、挟んだら余計こじれるとわかっているので誰も何も言えなかった。

 下手に口を挟んだ結果事態が悪化しようものなら、そいつが戦犯であるとばかりに全ての責任を押し付けられかねないとなれば、そんな貧乏くじを自ら引きに行くような奴などいるわけもなく。



 諦めきれなかった王子はそれでも何度もミランダに告白をしていったけれど、最初の時点でミランダからすれば王子はないな、と心の中で確定してしまったからか、取り付く島もないまま日々が過ぎ去って……

 じきに学園を卒業する日が近づいている、というのが現状である。


 一途に熱烈にミランダだけを見ていた王子に周囲も多少は応援している者もいたし、ミランダにも王子の事どう思ってるの? なんて少しでも脈があるかどうかを探ろうとしていた者だっていた。

 けれどミランダは既に将来を見据えているらしく、その未来には王子妃も王妃も含まれてはいなかった。それどころか更に色々な事を学びたいから、と学園を卒業後は他国にある大学に進み、そこで学んだ事を領地で活かしたいと言っていたので。


 脈があるかどうかを探ろうとしていた者たちも察したのである。

 完全に脈なしですね! と。


 そしてそろそろ王子もいい加減諦める方向に心を持っていくしかないな、と思ったあたりで、今更のようにミランダと話し合ったのである。

 王子も一応幼い頃に貴族のとある家同士でちょっとごたついたという話は耳にしていたのだけれど、まぁ幼かったのと当時はミランダの事など知らないので自国ではあっても自分にとっては無関係の貴族家の揉め事。早々に頭の中からそんな話はサクッと消えていたのだ。


 何せ他に覚えなきゃいけない事はたくさんあったし、というのは言い訳になるかもしれないが、興味のない事を逐一全て憶え続けろというのは流石に無理難題が過ぎる。王子の中では不必要な情報だったのだ。その不必要だと断じた部分が、後々の恋を終わらせたわけだが。



 ミランダにとって一目惚れというものが地雷である、というのは、彼女を知る生徒からすれば薄々そんな気はしてたな、という程度の認識で、彼女に近しい友人たちはもう少し詳しい事情を知っている、くらいだった。だから王子が知らないとしても、それは仕方のない事だったのかもしれないが、もう少し早くに知っていたなら、少しは未来が変わったかもしれない。


 多分、というか恐らく、ほぼ確実にミランダの一目惚れが地雷という事実を詳しく知っているのは、学園ではあまり関わりのないレックスである。当事者の家だからと言ってしまえばそうなのだが、だからって王子に訳知り顔で「実は~」なんて言いにいくわけにもいかない。

 誰かに聞かれたのならまだしも、そうでもないのに自分から吹聴するなんてすれば、品性を疑われてしまうので。あと過去の事とはいえ当事者はまだ存命だし、自分の家の醜聞にもなるような話をべらべら話すとか考えなくても問題である。



 自分の告白の仕方が最初の時点からまずかった、と知った王子は、恋の終わりを悟るしかなかった。

 だが、すんなりと諦められるか、となるとそうでもない。

 ミランダが一目惚れというものを嫌悪していなければ、ミランダの中の王子はもう少しだけ印象に残って異性として意識してもらえたかもしれないのだ。


 そう、つまり、告白が上手くいかなかった要因、元凶――

「そのクソ野郎をぶち殺せばいいわけだな?」

 ガノッサを殺したところでミランダの気持ちが王子に向く事はないのだが、それでも王子にとって怒りの矛先が必要だったのである。

 すっぱり恋を諦めるにしても、今の今まで寝ても覚めてもミランダが好きで好きでどうしようもないくらい恋をしたのに、過去のそいつのやらかしのせいで自分の恋が木っ端微塵に砕けたとなれば、しかもそいつはまだ生きているとなれば、怒りが向くのは仕方がない……のかもしれない。


 王子にしてみれば正当な怒りであるけれど、周囲からすれば八つ当たりである。

 それを王子もわかっているのだろう。だが、成人を迎える前に殺せずとも一発くらいはぶん殴りたい、という気持ちがあるからか、ちょっとそいつぶち殺してくる! と言ってきかないのだとか。

 側近たちが止めてはいるし、そのうち親から叱られるかするので実行に移る事はないと思っているけれど。


 しかし若さゆえの行動力を舐めてはいけない。

 もしかしたら密かに王子には暗殺の才能とかあるかもしれないし、どうせ失敗するだろうと高をくくって放置した結果成功してしまう可能性もあり得るのだ。

 いやまぁ、仮に王子に天性の暗殺者としての才能があったところで、ガノッサの妻がいる以上はガノッサは死なないだろうけれども。


 というか、物理的に土下座させられたドラゴンが確かヒト型になって保養地で下男として働いてるから大抵の物騒なお客様は早々にお帰りになってもらってるらしいし。

 今更だがどうしてガノッサの妻になった人の二つ名に魔王がないのかが不思議である。


「うーん、ま、王子が暗殺技能とか持ってるわけじゃないなら大丈夫かな。明らか素人が襲いにいったところで、向こうも一撃で命奪うような返り討ちにはしないだろうし」


 あっけらかんと言うレックスを見て、ダミアンは今更のように思い出す。


 そういやこれ、王子が暗殺技能を持ってるかどうかの話だったな……と。


 流石に王子が直々に自らの恋に終止符を打ちにいくためだけにガノッサを殺したとして――まぁ失敗に終わるだろうけれども――殺害動機というか理由があまりにもあまりなので、まずもって表沙汰にはならないだろう。


 だって今更過ぎるのだ。

 ガノッサと言うクソ野郎を殺さなければならないと思った、とか義憤に駆られたような事を言ったとしても、既にあの一件は両家の間で解決しているし、王子と当事者だったガノッサとジョゼットとは面識も何もない。下手にやらかされたところで、王家の醜聞でしかないので実行に移そうとしたところで側近どころか影までもが止めに入るだろう事は明らかだし、それでも何らかの奇跡がおきて王子がガノッサのところまでいけたとしても。


 彼の妻や、その妻が従えている存在が王子の行動を阻むだろう。


 ダミアンの脳裏には、最終的に頭にでっかいたんこぶをこさえて泣いて叱られている王子の姿がよぎったくらいだ。



 息子があまりにも突拍子もない感じの事を言ったから何かの事件が起きるのかと思ったものの。


 ふたを開けてみれば、事件は間違いなく起きようがなかったのである。



 とはいえ、それでもちょっとだけ心配になったので後日、ダミアンは仕事で城に行った際に国王陛下にこっそりと聞いてみたのだ。


 王子って暗殺技能持ってましたっけ? と。


 そんな事を突然言われた国王の顔はとんでもなく愉快な事になっていたのだけれど。


 まぁそれは、その場にいた者たちだけの秘密である。

 次回短編予告

 多分恐らく異世界恋愛ジャンルだけど濃厚な恋愛描写はない。

 オープニングは白い結婚系。最終的にヒロインは結婚するしハッピーエンドのはず。

 タイトルは『金で買われた令嬢は幸せになるため図太くやらかす』です。

 まぁつまりタイトル通りのお話しだよ☆

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― 新着の感想 ―
一発ぐらいは殴らせてあげたかったw
王に聞くとは…。 持っていると返事されたらどんな顔したでしょうね。
王家の者のなら形式にも拘りましょう、儀礼的に申し込めばまだマシだったろうに
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