7.記憶と過去と
気付いた時にはもう俺は大きな竜の腕の中にいた。
ヴェルと過ごしていくうちに消えていく、とある日々の記憶は今となっては朧げにしか思い出せない。
確か、ヴェルと一緒に住んでいる森に似たような所で生まれた、と思う。
でもなんでこうなっているのかは分からない。
ヴェルのようにしっかりした理由は、俺にはなかったはず。
分からない、分からないけれど、とりあえず今が楽しいから一旦良い。
「ヴェルに会えてよかった」
ある時そう俺がいきなり伝えるとヴェルは困惑していた。
人になると黒髪でアメジストのような瞳を持つ、見た目だけでは華奢なイメージを持たれそうなヴェルは、これでも世界最強と呼ばれているらしい。俺的には頼れるお父さんのイメージが強い。というかそれしかない。
けれど時々感じる博識な部分や機転の利かせ方、魔力の使い方など、俺には一生かかっても真似できそうにない技術が垣間見えた時実感する。
───世界最強なのだと。
けれどやっぱり俺にとっては尊敬できる人、いや竜だった。
頼れる父でもあり、魔法の師。
だから、
……だから。
早く強くなって、ヴェルに頼られるようになった、その時は。
────一緒にこの世界を旅したい。
もちろんこの森での生活も楽しい。けれどもっと色々なものが見たいし、知りたい。
けれど、今のままではきっとヴェルは嫌がるから。だから俺がヴェルの苦しさを分けあえるぐらい、強くなれば。
少しは、森の外に出てくれるんじゃないだろうか。
「全部俺の、勝手かもしれないけど……」
でも、楽しいことは共有したい。
いや、違う。楽しい事はヴェルと一緒にやりたい。
「……でも今は」
まだまだここでやりたいことがいっぱいある。
今は夏だし、川遊びとかに誘って一緒に遊びたい。
何年かかるかなんて分からないけれど、俺が頑張ればきっといつかは叶う日が来る。
でも、どうやって強くなればいいんだろう?とりあえず魔力調整とか練習しといた方がいいのかな。暴走したらまたヴェルに迷惑かけちゃうし。
けれどこう考えてみると分からないことが多すぎる。こんなことでいいのかな。
ちゃんと俺は大人になれるのかな。
「……グリュンは、大丈夫だと思うぞ」
「え、ヴェル!?いつからいたの?」
「いや、今さっき来たばっかりだ」
「そ、そう……?」
うそ、今の、声に出てた?
聞かれてたらどうしよう、なんて、なんて言えばっ……。
しかしそんな俺の考えとは裏腹に思ってもみない言葉が返ってきた。
「グリュンは、ここが好きか?」
「ここ……?あ」
「───俺が、氷漬けにした街だ」
そう俺に言う声は微かに震えているような気がして。
怖い、とか言われると思っているのだろうか。
そんなことあるわけないのに。
「俺、ここ好きだよ。
透き通ってて綺麗だし、陽の光を反射して輝くとことか一番好き。
でも何より、ヴェルの魔力だから綺麗なんだと思う」
「…………」
あれ、俺答え方間違えたかな。
もっと褒めたいけど、これ以上は俺の語彙力がなくて支離滅裂になっちゃうんだけど、それでもいいならまだいっぱいあるよ?
と言いたいけれど、何やら神妙な顔もちで俯いているヴェルに言い出せるはずもなく。
どうしよう、と悩んでいたら突然頭を撫でられた。
「……ヴェル?」
「ありがとうグリュン、俺を、認めてくれて」
「──俺は、最初から認めてるし、信頼してるよ」
「……ふ、そうか」
え、あれ?今……。
「ねぇ笑った!?いまっ、笑ったよね!?」
「必死すぎじゃないか?」
「でも、でも今……!?」
その後俺が詰めまくっても結局認めはしなかった。
でも一瞬笑ったよね?え、俺の見間違いだったのかなぁ。
何にせよ、俺はヴェルと一緒に笑っていたい。
ただ、それだけで良い。